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アベノミクスで日本はどうなる 夏休み、読書ガイド

 7月の参院選の争点の一つとなったのは、安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」に対する評価。自民党の勝利で自信を深める安倍首相は引き続き経済再生に軸足を置いて政権を運営する構えを見せている。アベノミクスで日本はどこへ向かうのか。改めて考える材料になりそうな新刊本を夏休みの読書用に紹介する。(文中一部敬称略)

大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3本の矢からなるアベノミクス。

安倍政権が最も力を注いできたのは金融政策で、黒田東彦日銀総裁が打ち出した「異次元の金融緩和」は人々にインフレ期待を抱かせ、円安・株高という形で結果を出してきた。ただ、金融緩和の副作用を指摘する声も多く、金融緩和を支持するリフレ派と、反リフレ派との間で論争を繰り広げている。

財政政策と成長戦略のあるべき姿とは

対照的に、第2の矢である財政政策と第3の矢である成長戦略は「論争」の種にはなっていない。

経済学者の間では、「財政政策は短期間で景気を浮揚させるが、波及効果は大きくない。安倍政権は10兆円規模の景気対策を打ち出したが、厳しい財政事情のもとで何度も使える方法ではない」「成長戦略は日本経済の将来を左右する政策だが、規制緩和や、国が成長分野に狙いをつけて支援する産業政策の効果が出るまでには一定の時間がかかる」との見方が大勢だ。前者は「決定済みの政策」、後者は「参院選前に決定した基本戦略のもとでこれから各論を詰める政策」であり、論争の対象ではないとみている論者が多いようだ。

そんな先入観を覆すのが、政策決定に関与している2人の学者の著書。

政府の産業競争力会議のメンバーである竹中平蔵・慶応大教授の『ニッポン再起動』は政府に成長戦略を指南する内容。経済財政担当相を4年半、務めた間には一度も成長戦略をつくっていないという竹中は「政府の仕事は企業がチャレンジするときに足を引っ張らないように余計な規制を外して自由度を高め、効果的に活動できるようにすることだけ」と持論を展開する。

そして、規制改革の突破口として、「国家戦略特区」の創設、官業を民間に開放する「コンセッション」(インフラ運営権の民間売却)を提唱する。戦略特区では東京をイメージし、外国人医師免許での診察、英語で教える小学校解禁などの規制改革が不可欠と強調する。

「成長戦略の第1次提言を参院選後にさらに発展させることが必要。そうすることによってはじめてアベノミクスが完成する」と秋の陣で戦線を拡大し、「抵抗勢力」と戦う姿勢を示す。

政策立案者らが論を競う

第2の矢を引っ張る内閣官房参与の藤井聡・京大教授の著書が『レジリエンス・ジャパン 日本強靱化構想』。

レジリエンスとは強靱さという意味。「世界中が自国の利益を最大化せんと『ナショナリズム』をむき出しにして、輸出によって他国の雇用を奪うのに躍起になっているのが、21世紀の今日の世界の姿」との見方を示したうえで、「冷戦構造が崩壊し、巨大地震のリアルな危機や近隣諸国の軍事的脅威、世界恐慌の脅威が現実に考えられるようになった現在、日本の本当の国家の力量が問われる」と力説する。

「やみくもな構造改革と規制緩和が日本の供給過剰に拍車をかけ、需給ギャップを拡大した」と小泉純一郎政権の経済政策を批判。巨大地震のリスクを繰り返し強調し、老朽化したインフラの更新、道路、新幹線などの大型インフラへの投資を促している。

藤井は「第1の矢も第2の矢も永遠に続けていかなければならない取り組みではない」としながらも「不十分であればデフレは終わらない」とも指摘。防災・減災への投資で数百兆円規模の被害を軽減できるとの見通しを示す。

大きな政府か小さな政府か

大きな政府か小さな政府か。正反対ともいえる意見を持つ2人の論客を抱え込む安倍政権はどこに向かうのか。

アベノミクスを「正体不明」と表現する佐和隆光・滋賀大学長は『日本経済の憂鬱』をアベノミクスの政治経済学的な位置付けを明確にするために執筆したという。

これまでの安倍政権の政策を検証し、「古典的ケインズ主義による財政政策を打ち出し、(規制緩和ではなく)産業政策を成長戦略の中枢にすえる」点で「国家資本主義の再来」であり、「安倍首相がねらう憲法改正とアベノミクスはおなじコインの両面の関係」と断じている。ただ、「アベノミクスの成否については判断をくだすことはあえて避けた。アベノミクスは壮大な社会実験であり、一般に『実験』の結果は予知不可能だからである」と静観する。

佐々木実の『市場と権力』は竹中平蔵の足跡をたどるノンフィクションで、米国の経済学者や政府関係者らとのパイプをつくりながら日本の政権中枢に食い込んでいった竹中氏の行動を検証している。

「経済学をビジネスに結びつけて多額の収入を稼いできた」と竹中氏を非難し、小泉政権の「構造改革」の負の側面に目を向ける著書だが、通読すると小泉構造改革とアベノミクスの共通点と相違点が浮き彫りになる。

著者は、小泉政権の経済政策を「日銀による金融緩和で為替相場を円安に導き、輸出企業を後押しする政策を踏み台に改革を次々に進めていく手法」と総括し、アベノミクスは小泉構造改革と酷似していると評する。

ただ、大規模な公共事業の実施を掲げる点では異なり、「竹中氏は財政政策への傾斜が構造改革の妨げになるのではと懸念し、アベノミクスを小泉政権型に引き戻し、日本を再び『構造改革』の軌道の上に乗せようとしている」とみる。「市場主義」と「国家資本主義」の両面を併せ持つアベノミクスが売り物の安倍政権は微妙なバランスの上に成り立っているようだ。

経済再生へ奮起促す

そんな安倍政権に「しっかりした構造改革が必要」とエールを送るのが小島明の『「日本経済」はどこへ行くのか』。

日本経済が低迷した20年を振り返り、バブル経済が崩壊した後、日本を様々な「ホームメードの危機」が襲い、世界で始まった制度改革の大競争の動きに乗り遅れたと分析する。だからこそ、金融・財政政策による景気浮揚の効果で時間を稼いでいるうちに構造改革を進め、経済・社会の基礎体力を強めるよう求めている。

「1960~70年代に石油ショックと公害危機を政府、企業、個人が一体となって危機感を持って対応し、見事に克服できたことを改めて想起したい。アベノミクスは日本経済再生への最後のチャンス」と奮起を促す。

歴史的な検証を踏まえアベノミクスに迫る

八代尚宏・国際基督教大客員教授の『日本経済論・入門』は戦後の経済復興、高度経済成長、バブル崩壊から現在まで日本経済の歩みを検証。1973年と91年に大幅に経済成長率が低下した要因を探る。

70年代の危機は「石油ショック、欧米の生産技術水準との格差是正などが要因とされる場合が多いが、72年に発足した田中角栄政権による大都市への投資規制や財政移転を主体とした政府の直接介入がそれまでの日本経済の好循環メカニズムを抑制する大きな要因となった」。

不良債権の累積による金融市場の機能不全や円高・長期デフレ」などが長期低迷の要因とされがちな90年代以降は「生産性が最も高い製造業が海外に移転し、不況対策で大規模な公共事業が実施され、生産性が低い建設業などに労働力が移動した。銀行が、経営不振の企業に追い貸しをし、企業の退出が進まなかった。過去の制度・慣行をそのまま維持し、必要な改革を先送りする企業や政府の『政策の不作為』が(長期低迷の)重要な要因」という。

アベノミクスに対しては、「戦後に発展した日本の経済社会システムは急速な経済成長を達成した大きな原動力となった。しかし、その成功体験が90年代以降の経済活動のグローバリゼーション、情報化革命、人口の少子・高齢化という大きな変化に対応した改革を妨げてきた」との認識をもとに、「成長戦略がアベノミクス成功のカギ。将来の成長可能性が高いにもかかわらず、自由な発展を妨げている制度や規制の改革に重点を置く必要がある」と注文。医療・介護や保育サービス、都市の再開発事業の規制改革を具体的に提案している。

リフレ政策の効果に疑問符

ここで再びアベノミクスの金融政策に話題を戻そう。

岩本沙弓・大阪経済大客員教授の『経済は「お金の流れ」でよくわかる』、池尾和人・慶応大教授+21世紀政策研究所編『金融依存の経済はどこへ向かうのか』はいずれもリフレ政策の効果に疑問符をつける内容。

世界経済の大きな流れを視野に入れ、歴史的な経緯も踏まえて金融緩和政策の効果と限界をわかりやすく説明している。リフレ政策の危険性や副作用を論じた著書は数多く出版されているが、全体像をつかみやすい著書という視点からこの2冊を選んだ。

「米オバマ政権の最終年度に当たる2016年に『シェールガス・バブル』が弾ける可能性がある」とみる岩本は「目先のマネーゲームに走るよりも、日本の本質的な経済力を高める分野への資本の投下こそなされるべきだ」と強調。

池尾は「実物的な投資機会の発見は企業家の仕事。その種となる基幹技術を開発・発展させるのは科学者や技術者の仕事である。それらの仕事を成し遂げることに伴うリスクの負担に金融の働きは活(い)かされるべきものである」とし、足元の10年間は金融が肥大化して本来の役割を果たせなかったという。

両者の見方はほぼ一致している。

日本はどう振る舞うべきか

アベノミクスとは何か。アベノミクスで日本はどうなるのか。

経済理論の基本に立ち返って頭を整理したい読者にお薦めするのは『経済学者に聞いたら、ニュースの本当のところが見えてきた』。日本経済新聞に連載した「ニュースを読み解くやさしい経済学」に加筆・編集した著書で、経済学者が税金、貿易、物価など分野別に、ニュースの読み方を経済理論を駆使しながら解説している。

例えば、「政府」の項目では、「市場が適正に供給できない、ないしは市場がそもそも存在しない分野に政府が『市場をつくる』役割を担うことが考えられ始めました」と2012年のノーベル経済学賞のテーマともなった「マーケットデザイン」の考え方を紹介し、「市場か政府か」という二元論を乗り越える可能性を示している。

アベノミクス理解にはグローバルな視点も大切だ

グローバル化が進む世界経済の歴史を、1492年(コロンブスの米国航路到達とイベリア半島における国土回復運動の達成)から説き起こすのが、中尾茂夫・明治学院大教授の『入門 世界の経済』。

500年の歴史を振り返る著書だが、教科書のような表現の硬さはなく、読み物として十分、楽しめる。グローバル経済の中で日本はこれからどう振る舞っていくべきなのかを、考えさせる一冊だ。

ただ、「かつて華々しく喧伝(けんでん)されたアメリカ・モデルも、メッキが剥げてしまった感は否めない」と米国発の市場主義と経済格差の拡大を痛烈に批判し、「貿易も物流も、さらには人の移動も圧倒的にアジアシフトが進みつつあるなかで、日米関係に重きを置くことしかなくて、日本は生き残れるだろうか」という著者の認識と主張には賛否両論があるだろう。

最後に、大著に挑戦したい方にはぴったりの著書をご紹介する。

ダロン・アセモグル・米マサチューセッツ工科大教授らによる『国家はなぜ衰退するのか』だ。過去300年の世界の国々の歴史を検証し、豊かな国と貧しい国に分かれていく過程を描き出している。

ある国が貧しいか裕福かを決めるのに重要な役割を果たすのは経済、政治の制度。政治権力や経済的な成果の帰属が一部の人々に集中する「収奪型」国家は発展できないか、発展しても持続性がない。多くの人々が政治に参加し、経済的な成果の分配に恵まれる国は技術革新が続き、発展が継続すると説く。

日本への言及もある。「日本における徳川家の統治は絶対主義的で収奪的だったが、有力な藩主に対する支配力はわずかしかなく、挑戦を受けやすかった」「明治維新に続き、日本における革新的な制度改革の歩みが始まった」「封建制の廃止、国内の移住や商取引に関する制限の撤廃、土地に関する財産権の導入、経済インフラの構築などさまざまな改革が、日本がアジア最大の産業革命の受益者になれた決定的要因」と結論づけている。

それでは、現在の日本は、国の発展を持続できる「制度」を備えているのだろうか。経済学者らが自著で提案する経済政策や制度改革は、日本経済をどう変えるのか。安倍政権が次の一歩を踏み出す前に、「正体不明」とも指摘されるアベノミクスを巡る議論をもう一度、点検しておきたい。(編集委員 前田裕之)

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