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「超記憶」を持つ人々 出来事と日付を正確に

日経サイエンス

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1977年3月21日に何があったかを聞かれて「女優の田中絹代が死んだ日」と即座に思い出せる人はまれだろう。だが、米の30代女性、ジル・プライスさんは77年8月16日に何があったかを聞くと「エルビス・プレスリーが死んだ日です」と即答する。

「非常に優れた自伝的記憶」

記憶力を調査した米カリフォルニア大学アーバイン校の神経科学者、J・L・マッガウ教授らによると、プライスさんは何十年も前の特定の日のできごとを正確に記憶している。79年5月25日はシカゴで飛行機が墜落した日、91年5月3日はテレビドラマ『ダラス』の最終回の放映日、といった具合だ。

何十年も前のどの一日の出来事も、まるで昨日のことのようにありありと記憶している人が存在する(イラスト:中村知史)

また、ある出来事が起きた日付も、極めて正確に覚えている。調査の中で歌手のビング・クロスビーが死んだ日を聞くと「1977年10月14日」と答え、「11歳の時、サッカーの試合のため母親に車で送ってもらっている途中、クロスビーがスペインのゴルフコースで死んだというニュースをラジオで聞いた」と説明した。プライスさんは「私は日付を聞くと、その日が見えるのです」と話した。

マッガウ教授はこれまでに、プライスさんのような特殊な記憶力を持つ人を米国で約50人見いだし、その記憶力の源泉を調査している。

彼らは学習能力が高いのではなく、むしろ学習したことを保持する能力が高いことがわかってきた。私たちは通常、ある日に起きた出来事を、数日は詳しく覚えている。だが1週間もたつと記憶は薄れ、その日の朝に何を食べたかも思い出せなくなる。ところが彼らは数十年単位で記憶を保持し、まるで昨日のことのように思い出せる。

特に丸暗記が得意なわけではなく、円周率を何千桁も記憶できるわけでもない。その記憶力は努力して得たものでもなく、生まれつきの能力だ。記憶できるのはじかに体験したことに限られ、特定の日付に結び付いている。調査では、特定の日の天気など、ごくありふれた日常的なことも尋ねたが、正答率は非常に高かった。

マッガウ教授らは、このタイプの記憶力を「非常に優れた自伝的記憶(HSAM)」と名付けた。

複数の脳領域が通常と異なる

この人並み外れた自伝的記憶をもつ人の脳を磁気共鳴画像装置(MRI)で調べたところ、複数の脳領域が通常と異なっていることがわかった。1つは、側頭葉と前頭葉をつなぐ神経線維束(鉤状束=こうじょうそく)の接続がよく、情報の伝達効率が高いとみられることだ。この鉤状束が損傷すると、自伝的記憶が損なわれるとの報告もある。

もっともこうした構造が人並み外れた記憶力をもたらしているのか、それともいつも高度な記憶力を使っているために脳に変化が生じたのかはまだわからない。もし何らかの遺伝的要素があれば、いずれ関連遺伝子が見つかるだろう。今後、脳による情報の蓄積とその再生の仕組みについて、新たな知見が得られるかもしれないと、マッガウ教授らは期待している。

(詳細は25日発売の日経サイエンス9月号に掲載)

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