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分かりにくい原発の安全目標 背景に「ゼロリスク文化」

「どれくらい安全なら、原子力発電所は安全といえるのか」。10年以上にわたって議論されてきた原発の「安全目標」が、4月10日の原子力規制委員会でようやく決まった。しかし公表された文書を見ても、安全目標そのものはどこにも書かれていない。10年越しで決めた重要案件にもかかわらず、結論はなかば封印するような異例の幕切れとなった。こうした結末に至った背景には、どんな議論があったのか。

原子力規制委員会の田中委員長

安全目標とは、原子力発電所を利用することに伴うリスクを具体的に定めたものを指す。規制委や事業者が目指すべき目標でもある。規制委は10日、それまで4回の会合にわたって議論してきた安全目標を最終決定した。田中俊一委員長は「安全目標を持たない国は例外的に日本だけ。ようやく国際的レベルに近づいた」と胸を張った。

だが、規制委の文書には肝心の安全目標がどこにも書かれていない。事務局の原子力規制庁がまとめた文書のタイトルは「安全目標に関し前回委員会までに議論された主な事項」。何を決定したのかはこの文書を読んでもわからない。

文書を要約すると、(1)旧原子力安全委員会の報告書は議論の基礎となる(2)セシウム137の放出量が100テラ(テラは1兆)ベクレルを超える事故は原発1基あたり100万年に1回以下に抑える目標を追加すべきだ(3)安全目標は全原発に適用する(4)規制委は安全目標の達成を目指す(5)今後も安全目標の検討を進める――というものだ。

奇妙なのは(2)だ。目標を「追加すべきだ」と書かれているものの、どんな項目に追加したかは定かではない。

こうした文章になった理由について、規制委の関係者は「安全目標をどう定めるか、委員間で意見の隔たりが大きく、文書には残さないことになった」と明かす。その苦労の後が(1)の「議論の基礎となる」という表現に残っている。要するに「旧安全委の報告書にある安全目標をそのまま採用した」という意味だ。

しかし、記者会見で旧安全委の安全目標を採用したのかどうか田中委員長に尋ねたところ、「明示的には採用していない」との答えが返ってきた。一見矛盾するが、「明示的には採用していないが暗黙裏に採用したという趣旨の回答だ」と関係者は解説する。

 それでは2003年12月の旧安全委の報告書では、安全目標をどう定義していたのか。数値目標として、原発事故の被曝(ひばく)による公衆の急性死亡率は年100万分の1程度、がん死亡率も年100万分の1程度に抑えることを挙げた。

各国の安全目標
米国原発事故による急性死亡率やがん死亡率が他の死亡率の0.1%を超えない
英国原発による年間死亡リスクは100万分の1未満
日本セシウム137の放出量が100テラベクレルを超える事故は1基あたり100万年に1回以下

この目標では「人の死」という最も重大なリスクを掲げている。日常生活の中に潜む様々な死亡リスクに比べて、原発による死亡リスクが十分に低くなければ、原発は受け入れられないという発想だ。死亡率を示すことで、国民は原発の利点と死亡率をてんびんにかけ、原発を使うかどうかの判断材料にできる。

海外でも同様の安全目標は多い。米国の安全目標は、原発事故による急性死亡率やがん死亡率が、交通事故など他の死亡率の「0.1%を超えてはならない」とされている。つまり、原発が家の近くにあっても死亡率は0.1%しか増えず、原発に懸念を抱かずに済むほど低いということを示している。

英国でも原発による年間の死亡リスクを「100万分の1未満」と定める。例えば交通事故による日本人の年間死亡リスクは約1万分の1(2001年、厚生労働省調べ)。こうしたリスクに比べて100万分の1は十分に小さく、「我慢できる範囲」だと説明している。

しかし旧安全委の報告書は正式決定されることはなく、お蔵入りになった。専門部会の元委員は「報告書の評判は悪かった」と話す。当時を知る関係者は「国民に安全目標をどう説明するかが課題になった。旧安全委で非公開の専門家会合を開いて何度も議論したが、結論は出ず、報告書の扱いもうやむやになった」と振り返る。

旧安全委で決められなかった理由について、規制委の田中委員長は「10年越しでもできなかった日本独特の文化がある」と指摘する。その文化とは、リスクがゼロという絶対に安全な状態を求める「ゼロリスク文化」だ。原発事故でわずかでも死亡の危険が残るという説明はなかなか受け入れられない。田中委員長も「原発にゼロリスクはない」と指摘する一方で、具体的な死亡率の数値を示すことはできなかった。

規制委が代わりに示したのが、放射性物質放出事故の目標だ。だがこうした事故の確率は、旧安全委の報告書では安全目標ではなく「性能目標」と呼ばれていた。旧安全委の部会で専門委員を務めた平野光将・東京都市大学特任教授は「性能目標は安全目標から逆算して求める。性能目標は安全目標より下位の概念だ」と説明する。旧安全委報告書でも、性能目標を「補助的な目標」と定義している。

 規制委が性能目標だけを公表したのはなぜか。「規制委員の間で議論が分かれて決められなかった。人が死ぬ恐れがあるというリスクを示す必要はないと強く反対した委員がいた」と関係者は漏らす。

必要なのは死亡率の公表ではないか。これに対し、安全目標の議論を主導した更田豊志委員は「リスク評価は万能ではない」と説明する。「原発では電力消費地が利益を得て、事故で避難するのは立地地域だ。原発のコストとベネフィット(利益)の比較に使うほど、安全目標が成熟する日は来ない」

規制委が示した文書の書きぶりは、ゼロリスク文化が根強い日本で安全目標を導入するための苦肉の策なのかもしれない。「原発のリスクはゼロだという安全神話を復活させないために、安全目標の意義がある」と更田委員は強調する。しかし暗黙のうちに採用した安全目標を公表しないのでは、透明性を確保したとはいえない。理解を得にくい内容でも、国民に説明を尽くしていくのが規制委の役割だ。

(科学技術部 川合智之)

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