/

社会のジレンマを量子力学で解消?

進む「量子ゲーム理論」研究

日経サイエンス

社会は逆説に満ちている。選挙結果は有権者の選択以上に制度設計に左右され、個々の利益を追求した結果しばしば全員が損をする。経済学者や数学者らは、こうした「どん詰まり」の状況が避けられないことを証明している。だが20世紀に生まれた物理学、量子力学が、そんな窮地から救い出してくれるかもしれない。

例えば「囚人のジレンマ」と呼ばれる逆説的な状況を考えよう。2人の容疑者が捕まり、尋問を受けている。ともに黙秘すれば証拠不十分で釈放され、ともに自白すれば収監される。だが1人が自白してもう1人が黙秘すると、自白した方は釈放され、黙秘した方はより重い刑を受ける。相手がどう出ても自白した方が有利になるので、結局2人とも自白することになる。人が合理的に行動する限り、「両方が黙秘する」という双方にとって望ましい結果は得られない。

ところが実際の人間は、必ずしも合理的な行動を取らない。心理学の実験によれば、むしろ非合理的な協調行動を取る確率が高い。さらに奇妙なことに、こうした人間の不思議な意思決定は、量子力学の枠組みを使うとうまく説明できる。

量子力学においては「自白する」と「黙秘する」だけでなく、「自白と黙秘をある確率で混ぜ合わせる」、「2人の選択肢を連動させる」といった新たな選択や条件付けが可能になる。ドイツのポツダム大学のJ.アイザート博士(現ベルリン自由大学)らは、これによってジレンマが解消され、双方ともにより有利な結果が得られることを示した。

量子力学はこれまでも、それまでになかった計算操作を行う量子コンピューターや、絶対破れない量子暗号などの新技術を生み出してきた。だが、これらの技術と人間の意思決定には、決定的に違う点がある。量子技術は光子や電子などミクロな物体を用いており、量子的な現象がはっきりと起きる。だが人間の頭脳はマクロな物体で、量子力学的な現象が起きるとは考えにくい。ならば実験の結果が量子力学の式でうまく説明できるのは、単なる偶然なのだろうか。

即断するのは早計だ。量子力学は、あるものを測定したときに何がどれくらいの確率で見えるかを語る一種の確率論だ。しかもその確率は、測定する人がどんな情報を持っているかによって変わる。一方、ジレンマの本質は「相手の選択がわからないまま自分の選択を決める」という点にあり、もし情報が何らかの形で得られれば、選択は変化する。

情報の獲得によって確率的な予測が変化する──そんな確率を記述する「主観的な確率論」が、量子力学現象や人間の意思決定の共通の基盤となっている可能性があると、研究者らはみている。現代物理学と、人間の意思を語る枠組みには、隠れた共通項があるのかもしれない。

(詳細は25日発売の日経サイエンス3月号に掲載)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連キーワード

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン