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「可能性ゼロではない」口癖が生んだ誤解 注水中断

原発事故対応、官邸と原子力安全委員長の溝

東京電力福島第1原子力発電所1号機への海水の注入が東日本大震災翌日の3月12日に一時中断した問題が波紋を広げている。中断の理由は核分裂反応が再び始まる再臨界への不安だったとされる。しかし専門家の間では「再臨界は技術的な可能性としては考えられるものの、臨界が継続する危険はあり得ない」(二ノ方寿・東京工業大学教授)との意見が大勢だ。

衆院東日本大震災復興特別委に臨んだ菅首相(右)と原子力安全委員会の班目春樹委員長(23日)=共同

班目春樹・原子力安全委員長は菅直人首相らに問われ、「再臨界の可能性はゼロではない」と答えたとされる。「だいたいそういう時、口癖として『可能性はゼロではない』と言うんです」と班目委員長は打ち明ける。

可能性はほとんどなくても、理論的に少しでも起こりうるなら「ゼロ」ではない――。研究者によくある考え方と言えなくもないが、独特の言い回しが周囲の誤解を生んだ面があるようだ。

そもそも海水注入は原発事故で緊急時に定められた手段だった。東電の元副社長、服部拓也・日本原子力産業協会理事長は「手順書で『真水が無くなれば海水を入れるしかない』と決められている」と説明する。海水注入は原子炉をさびつかせる恐れがあるが、それでも1号機は注水による冷却を急ぐ必要があった。

二ノ方教授によると「(地震で原子炉の稼働が停止後)当初の数日間は燃料の発熱が大きく、注水が中断すると毎時1000度単位で温度が上がる」という。燃料棒を覆う酸化ジルコニウムは融点がセ氏1800度。これを超えると被覆管が溶け始め、水に触れると水素が発生して水素爆発の恐れが高まる。

米国のスリーマイル島原発事故では高温で溶けた被覆管がウラン燃料を化学的に溶かし、圧力容器の底に溶け落ちたという。同じようなことが起き、溶けた燃料が圧力容器を突き抜けて格納容器まで損傷すれば大量の放射性物質の放出につながりかねない。二ノ方教授は「注水で仮に再臨界が一時的に起きても事故の進み方は変わらない。その心配よりも冷却を優先する必要があった」と強調する。

奈良林直・北海道大学教授も「原子力安全委員会が、むしろ海水注入を指示すべきだった」と指摘する。「それができなかったとしたら、東電と首相官邸、経済産業省原子力安全・保安院、原子力安全委員会が正しい情報を共有できていなかったからではないか」とみる。

当時は水素爆発も発生。「官邸などに電話がつながりにくく災害優先電話の数も限られていた」と東電関係者は明かす。混乱の中でのやりとりが情報の不正確な伝達や誤解を生んだようだ。

班目氏は自らの発言がここまで大きな問題を引き起こすとは考えなかったかもしれない。しかし2010年4月に東京大学教授から原子力安全委員長に就任し、もはや普通の研究者の立場ではない。国の原子力安全のお目付け役を担う安全委のトップとして、専門的知識を分かりやすく伝えることが求められる。

同時に首相周辺にも、専門家の発言の真意を読み取る「科学リテラシー」がもう少しあれば事態は違った展開になっていたかもしれない。

(科学技術部 川合智之)

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