クジラの祖先、なぜ水中生活に?
隠れ場所がいつしか住みかに
クジラの祖先はどんな動物だったでしょうか。陸上生活をしていた哺乳(ほにゅう)動物の仲間が、なぜ海に帰ったのでしょうか。最近の発見を手掛かりに、科学者はナゾに迫ろうとしていますが、わからないこともまだまだあります。

Q クジラや、他の哺乳動物のゲノム(遺伝情報)を調べて比べたら、クジラに最も近い陸上動物はカバだという話を聞いたことがあるけど。
A そう。遺伝情報の研究では、今地球上にいる動物の中ではカバが最もクジラに近いことがわかった。でも、化石を調べると、海に帰る前のクジラの祖先は、見た目はカバとはまったく似ていないんだ。
Q どんな動物なの。
A 現在わかっている限りで、クジラの祖先とみられる最も古い動物は「パキケトゥス」という名で、長い尾がある犬によく似た動物だったんだ。
Q 変な名前だね。
A パキスタンで発掘されたから、こんな名前なんだけど、約5千万年前に生きていたらしい。同じころにいた「インドヒウス」は、クジラの直接の祖先ではないけど、クジラと同じ祖先から分かれた動物と考えられている。こちらはもっと小型で、体長50センチほど、東南アジアなどにすむ「マメジカ」に似ていたらしい。
Q インドヒウスはインドで見つかったに違いない。
A その通り。
Q でも、そんなに形が違うのに、なぜクジラの祖先に近いと言えるの。
A 耳の骨が似ているんだ。国立科学博物館の甲能直樹さんの話では、パキケトゥスなどの耳の構造は空気の振動をとらえていたのはなく、水中で頭蓋骨(ずがいこつ)に伝わる振動を感じていたらしい。これがクジラとそっくりなんだ。
Q でも脚はあったんでしょう。
A 脚はシカやイノシシとそっくりで、ひづめがあり、駆けっこは早かったと思う。甲能さんたちの推理では、クジラの祖先たちは、強い肉食動物に食べられてしまうようなおとなしい動物で、水辺に住み、水中を隠れ場所にしていたのではないか。大形の肉食動物に狙われると一目散で水中に逃げ込み姿を隠したに違いない。
Q 水陸両用だったわけ?
A 脚の骨が陸上の哺乳動物に比べて重く、水中を歩くときに重りに似た働きをしていた可能性もあるそうだ。彼らは隠れ家として水中を使うだけでなく、いつしか積極的に水の中に生活を広げていったんだ。水の中には怖いやつはいない。そんな発想の転換がクジラの誕生につながったと考えられる。
Q ふしぎなのは、なぜパキスタンとか、インドとかで化石が見つかるの。
A 新たなナゾだね。なぜインド亜大陸でクジラが生まれたのか。5千万年前に、そこにはテチス海という陸地に囲まれた海があったことはわかっている。クジラの祖先たちを海に誘う、特別な自然条件があったのかもしれない。
(編集委員 滝 順一)