ものづくりデジタル革命、生産者・消費者の垣根消える
昨年10月「フリー」の著者で有名な元ワイアード編集長のクリス・アンダーソン氏による「Makers: The New Industrial Revolution」が出版され、「メイカーズ革命」や「メイカーズムーブメント」が脚光を浴びている。メイカーズという言葉は、一般的には生産・製造者をさすが、ここでは新しい生産・製造業の動きとして2種類の定義が紹介されている。
一つは企業の枠を超えたオープンイノベーション。企業や個人がデザインや技術を公開し、インターネットを通じて原料を調達したり、国境を越えた製品開発や生産体制を構築したりする動きだ。大手から中小ベンチャーまで米国では2000年ごろから広がり始めた。
(1)「メイカーズ」が製造業を中心としたものづくりの姿を変える。
(2)量産に不向きな日本の匠技術が開花する可能性が高まる。
(3)ソーシャルネットワークの浸透が技術的イノベーションを後押しする。
アップルが米国本社でデザインし製造は海外。しかも製品に妥協はない。また著者が携わる3Dロボテックス社では、ウェブ上でパーツを集め、スマートフォンのセンサーを活用し、3Dプリンターなどでプロトタイプを作る。生産は中国だ。1万個規模は大手が参入しにくい市場であり、大きな収益を上げられる可能性がある。

もう一つは個人が安価な3Dプリンターやレーザーカッターなどでモノ作りする「パーソナルファブリケーション」(個人製造)やDTF(デスクトップファブリケーション)だ。これは02年にMITビット・アンド・アトムズセンターのニール・ガーシェンフェルド所長が、デジタルとDTFが社会でどのように活用できるかの実験に始まる。
当時高級だった3Dプリンターやレーザーカッターなどを一般公開するファブラボ(FABLAB)をきっかけに、現在では世界40カ国以上に広がる。10年からは日本でも鎌倉、つくば、渋谷などで市民工房「FABLAB」が運営されている。
メイカーズの動きは製造業にパラダイムシフトを迫る。「第三の波」の著者であるアルビン・トフラー氏は90年代初め、日本は産業革命に依存した大量生産・大量消費に依存しており、やがて行き詰まるだろうと予言していた。今の日本の製造業の空洞化や技術流出の問題を、メイカーズムーブメントは変える力を秘める。
もともと日本は各地方に匠(たくみ)と呼ばれる最先端技術をもつ職人がいた。ただそれらは量産に向かないものが多かった。だが3Dプリンターの普及が、少量生産やカスタマイズ生産による匠を開花させる可能性を生む。デフレや雇用問題の新しい解決策も提示できそうだ。

さらに技術的イノベーションだけでなく、ソーシャルネットワークの浸透による、コミュニティーも見逃せない。重要なのはインターネット上でのオープンイノベーション活動や、賛同するコミュニティーの育成だ。マーケティングだけでなく、商品開発もネット上で進め、そこから多様化した派生品がいくつも生まれる。その商品はネット上で流通販売する。消費者と生産者の垣根がなくなり、生産消費者が社会を支えていく時代が訪れる。
これは生命の進化の過程に似ている。商品、技術、デザインなども、オープンイノベーションの海で遺伝子のように、交配や突然変異の相互作用をしながら市場で評価される。この繰り返しにより多様化した社会、コミュニティー、個人にとって欲しい商品へと進化していく新しい形のファブリケーションエコシステムに近づく。社内の知見や技術だけで、市場を独占しようとしても、数億人の知見や技術で作りだすソリューションと比べたら、天才でもいない限り対抗できない時代が来るのかもしれない。(三淵啓自)
[日経MJ2013年1月25日付]