雇用・賃金に波及期待 日銀、強気の景気判断
日銀の黒田東彦総裁は5日の金融政策決定会合後に記者会見し、日本経済に「前向きな循環メカニズムが働いてきている」と語った。企業が投資を増やしたり、家計の所得が改善したりする動きが始まっているとの認識を表明。景気回復の強さを踏まえ、来年4月に消費税率を上げても「(景気が)腰折れするとは思っていない」と述べ、脱デフレと増税は両立できると強調した。
「企業、家計の両方で所得から支出へという前向きの循環メカニズムが働いてきている」
日銀は5日、景気判断を2カ月ぶりに上方修正した。「緩やかに回復している」との表現は、2008年秋のリーマン・ショック後では最も強気な景気判断だ。
今回の景気回復は、株高・円安による企業や個人の心理面の改善が先行したが、ここにきて改善の動きが実体経済に波及し始めている。
「明確に設備投資が出てきた」。黒田総裁が評価したのが、設備投資が3四半期ぶりに増えた4~6月期の法人企業統計。日本の働き手が全体として稼ぎ出す名目雇用者報酬も4~6月期に08年1~3月期以来の伸びをみせた。消費者心理の改善が個人消費を引っ張ってきたが、今後は「雇用や所得環境の改善の動きが支える」と期待を込めた。
ただ、円安などで日用品値上げが相次ぐなか、個人の実質的な購買力の低下を懸念する声が上がる。賃金も増えているのは残業代や賞与で、基本給など所定内給与は7月も14カ月連続で減った。日本総合研究所の下田裕介氏は「物価上昇に比べ賃金の伸びは限られる。消費者心理の悪化が心配だ」と懸念する。
「4月に見ていたよりも外需が少し弱い」
日銀が先行きのリスク要因として警戒するのが海外経済だ。米国の量的金融緩和の縮小観測や緊迫するシリア情勢などで、新興国は投資資金が逃げ出し、経済が動揺する懸念がくすぶる。
SMBC日興証券の岩下真理氏は、「欧州経済の本格復調はなお遠く、欧州向け輸出の多いアジア経済は伸び悩みが予想される。日本のアジア向け輸出も思ったほど伸びないのではないか」と語る。実際、7月の実質輸出はアジア向け中心に2カ月ぶりに減少。輸出の足踏みを印象づけた。
「国債急落なら実体経済困難に」
5日の記者会見では、4月に予定される消費税率上げの質問も相次いだ。予定通りの増税に異論が出ているためだ。
景気回復の強さが確認できたこともあって、黒田総裁は予定通り増税しても「前向きな循環は維持される」と強調。増税に伴う駆け込み需要の反動が出る14年度も、1.3%の実質成長率を維持できるとした。
逆に、増税を先送りした場合は財政の信認が失われ、国債価格が大幅に下落する恐れがあると指摘。「実体経済について非常に困難な状況に陥る」と述べ、予定通り増税が望ましいとの考えをにじませた。
デフレ脱却に向け微妙な時期だけに安倍政権内では増税への懸念は絶えない。「2%の目標実現に対し下方リスクが顕在化すれば、当然適切な対応をとる」。黒田総裁は景気の落ち込みが想定を超えた場合の追加緩和の検討に含みをもたせて、予定通りの増税を政府に求めたとの見方も出ている。
日銀の強気な景気見通しに押され、市場の追加緩和観測はひとまず後退している。日本経済研究センターの民間エコノミスト調査によると、4月の大胆緩和直後は追加緩和は「10月」との回答が全体の4割を占めた。しかし8月の最新調査では「10月」は約2割に減り、「来年の4月」と並んでいる。