2019年8月25日(日)

靖国参拝で狭まる外交の選択肢 首相、保守色強める

2013/12/27付
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靖国神社を参拝した安倍首相(26日、東京・九段北)

靖国神社を参拝した安倍首相(26日、東京・九段北)

安倍晋三首相は就任から丸1年の26日、靖国神社の参拝に踏み切った。知っていたのは菅義偉官房長官らごく一部だけで、与党への連絡も当日朝だった。第1次政権での参拝見送りを「痛恨の極み」と繰り返してきた首相は、保守色を強めつつある。中国や韓国との早期の関係改善は望めないと判断し、外交の選択肢が狭まるのを承知で「宿願」を果たした。

■与党へ直前連絡

「きょう参拝します」。首相周辺から靖国神社に連絡が入ったのは26日午前7時ごろ。首相が自民党の石破茂幹事長や公明党の山口那津男代表らに電話したのは参拝直前だった。山口代表は「賛同できない」と自重を促したが、首相は「ご賛同いただけないとは思いますが、関係国との改善に努めます」と押し切った。

参拝を終えた首相は、記者団に「二度と戦争の惨禍で人々が苦しむことのない時代をつくるという誓いを伝えるためにこの日を選んだ」と説明した。国内外の戦没者をまつる「鎮霊社」も併せて参拝。首相自ら談話の内容を詰めて日本語と英語で発表するなど、一定の配慮をうかがわせた。

菅長官ら側近の間でも「経済を最優先すべきだ」との慎重論が根強かったにもかかわらず、首相が年内参拝に踏み切ったのは、中国や韓国への不信感も一因になった。

靖国問題をめぐる経緯
1975年
8月
三木武夫首相が現職首相で初めて終戦記念日に「私人」として参拝。中国、韓国から目立った反発はなし
78年
10月
東京裁判のA級戦犯14人を合祀(ごうし)。翌年に判明
85年
8月
中曽根康弘首相が終戦記念日に公式参拝。中韓が反発
96年
7月
橋本龍太郎首相が自身の誕生日に参拝。中韓が批判
2001年
8月
小泉純一郎首相が終戦記念日から2日前倒しで参拝。06年の退任まで毎年参拝し、中韓との関係が冷却化
06年
9月
第1次安倍政権が発足。安倍首相は参拝について「行くか行かないか言及しない」と明言せず。就任直後に中韓を訪問し、関係改善に道筋
13年
8月
安倍首相が終戦記念日に玉串料を奉納
12月安倍首相が在任中に初めて参拝

昨年末の就任以降、首相は一貫して「対話のドアは常にオープンだ」と呼びかけた。春と秋の例大祭は真榊(まさかき)と呼ばれる供物、終戦記念日は玉串料を納めて参拝は見送ったが、歴史認識や領土問題をめぐる対立は先鋭化。政府関係者は「失うものはない状態だ。行っても行かなくても変わらない」と語る。

■不信感を口に

25日に官邸を訪ねた自民党の河村建夫選挙対策委員長が「首脳会談ができるよう努力しているけどなかなか難しい」と水を向けると、首相は南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に参加する自衛隊の韓国軍への銃弾の無償供与に触れて「弾薬を提供したのにひどいですよね」と不信感を口にした。

首相に参拝を促してきた衛藤晟一首相補佐官は26日午後、電話で「お疲れさまでした。大変でしたね」と伝えた。首相は「どうもありがとうございました」と応じ、懸案を果たした達成感がにじんだ。

中韓両国の反発はある程度、織り込み済みだった。一方で在京の米国大使館による「失望」を示す声明は波紋を広げた。小泉純一郎首相の参拝時も失望との厳しい表現は使わなかった。

首相は26日午後、自民党のインターネット番組で米側の反応について「しっかりと説明していくことで誤解を解いていきたい」と強調した。

日本側には沖縄県の米軍普天間基地の移設に前進が見られたことで、一定の理解は得られるとの期待もある。ただ米側は中韓との摩擦を憂慮してかねて慎重な対応を求めてきた。与野党には日米関係に影を落とす展開を懸念する声が根強い。

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