2019年1月20日(日)

佐藤元首相、繊維でも密約 官僚知らず交渉頓挫

2010/11/26付
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米国が日本に包括的な輸出自主規制を求めた1969年以降の日米繊維交渉をめぐり、当時の佐藤栄作首相とニクソン大統領が同年11月の会談時に年内決着でひそかに大筋合意し、その内容を日本の官僚が当初把握せず交渉が頓挫した経過が26日、開示外交文書などで明らかになった。

この「密約」履行の遅れが日米関係の険悪化を招き「ニクソン訪中」と金ドル交換停止という2つの「ニクソンショック」につながったとの見方がある。繊維交渉は71年、日本の米提案受諾で決着するが、沖縄への核再持ち込みの秘密合意同様、佐藤氏が繊維でも密室外交を展開、米側の対日不信を増幅させた舞台裏が浮かび上がった。

また70年に入り、包括規制をめぐる首脳間の「密約」を下田武三駐米大使がキッシンジャー大統領補佐官から伝達された経緯を示唆する文書が見つかった。大使はこの後、包括規制反対から、首脳合意に基づく早期の交渉妥結へ方向転換した。

26日開示の外交文書や信夫隆司日大教授が独自の開示請求で入手した文書によると、69年11月の首脳会談後に始まった日米交渉で、米側は包括的な輸出規制を要求。下田大使は12月19日「到底受諾できない。大きなショックだ」との公電を送り、米提案を拒むよう愛知揆一外相に進言した。

70年2月に入り、日本側は「自主規制は関係業界の納得なくしては絶対になし得ない」として、2国間ではなく関係輸出国を巻き込んだ多国間合意の選択肢を提起。ジョンソン国務次官は「全然受け入れ得ない」(同月14日付の下田大使公電)とし、首脳会談の経緯を「完全に無視」する日本側を厳しく非難した。

手詰まり状態が続く中、3月13日にはキッシンジャー補佐官が大使に「首脳会談の経緯があるにもかかわらず、いまどきかかる文書(日本側提案)に接することは心外」(同日付の大使公電)と伝達。2日後、大使は外相あての公電で「国家の対外約束中、政府首脳が自ら行った約束ほど重要なものはない」と、日本側の強硬姿勢を改めるよう助言した。

大使の突然の方向転換は、13日の補佐官との会談で日本側が「密約」の内容を知らされた可能性を強く示唆している。

米公文書や首相の密使だった若泉敬氏の回顧録によると、キッシンジャー、若泉両氏は69年11月の首脳会談に先立ち、日米が包括輸出規制で年内合意する方針を示した秘密文書を作成していた。〔共同〕

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