中国、「トービン税検討」でさざ波
人民元高牽制「狼少年」とは限らず
【NQN香港=長尾久嗣】人民元の上昇が続くなか、中国の金融政策当局者が国際金融取引に課税する案に言及し、さざ波を広げている。中国共産党は昨年11月の「3中全会」で人民元の自由化方針を確認しており、市場では元の先高観が根強い。これに伴って投機資金の流入加速も確実視されるなか、当局者があえて元取引への課税という"劇薬"に触れ、投機筋をけん制したと受け止められている。
中国国家外貨管理局の局長で中国人民銀行(中央銀行)副総裁を兼務する易鋼氏は今月初、共産党の理論誌「求是」で国際金融取引税の導入を今後の検討課題として挙げた。「中国当局者が外為取引の課税案に言及したのはこれが初めて」(香港の邦銀関係者)という。
易氏は元取引で「市場がより決定的な役割を担う必要がある」と3中全会が打ち出した市場経済の拡大方針を踏襲する一方、元取引の自由化を進めた場合は「現在の資本規制では不十分になる」との考えを示し、新たな規制の導入をちらつかせた。
金融取引への課税は投機筋の排除を狙う当局がすがる「最後の手段」とされる。1970年代に米エール大学のジェームズ・トービン教授が考案した「トービン税」として名高い。具体例としては、資本流入によるインフレを抑制するため、チリが91年に導入して一定の成果をおさめたことがある。もっとも、止まらぬ通貨バーツの上昇に業を煮やしたタイ中央銀行が2006年、1年未満の短期取引に10%もの取引税を課した際は株価が暴落。わずか1日で規制の大幅緩和に追い込まれた。当局側のリスクは大きい。
ただ、投機筋の打撃も甚大なため、けん制手段として折に触れて重用されている。11年には欧州連合(EU)の欧州委員会が14年の導入方針を表明。この際、バローゾ欧州委員長はストラスブールの欧州議会で「これは公正さの問題だ」と投機筋を激しく非難した。米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ夫妻らが設立した世界最大の慈善団体「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」も11年、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議にトービン税導入を勧める報告書を提出している。
易鋼氏の論文はこうした流れを引き継ぐものといえる。人民元は足元で上昇基調にあり、きょうは1ドル=6.0415元まで上昇。連日で05年7月の元切り上げ後の最高値を更新した。昨年12月の輸出が前年同月比で低い伸びにとどまるなど輸出環境に不透明感が増すなか、当局が一方的な元高に神経をとがらせるのもうなずける。
易氏は昨年6月に「人民元取引の変動幅がもうすぐ拡大される」と発言した。その後は音無しだけに、市場ではトービン税をめぐる易氏の論文にも「まずはお手並み拝見」と静観する向きが多い。ただ、クレディ・アグリコルのダリウス・コバルチェック氏は「重要なのは人民銀が投機筋の機先を制して国内市場を守る決意を固めていること」と指摘。「年内に何らかの取引規制策が発表される確率は3分の2」と予想する。中国当局は「オオカミ少年」とは限らない。
関連キーワード