「パリバ・ショック」から5年 新たな危機の芽も
【NQNニューヨーク=滝口朋史】信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)関連証券の市場混乱をきっかけにフランス最大手銀行BNPパリバが傘下ファンドの解約を凍結した「パリバ・ショック」から9日で5年。発端となった米住宅市場は底入れの兆しをみせ、米株式市場ではダウ工業株30種平均が当時の水準をうかがう。政府の財政出動と中央銀行の強力な金融緩和が奏功したかに映るが、むしろ欧州では財政・金融危機が深まっている。危機克服にほど遠いなかで、新たな不安の兆しも見え隠れしている。
8日の米株式市場ではダウ工業株30種平均が4日続伸し、パリバ・ショック当日の水準にあと95ドルに迫った。英FTSE100指数や独DAX指数も当時の水準の6%安まで戻している。4~6月期の全米住宅価格は前年同期比で5年ぶりに上昇。危機から5年を経て、主要国政府・中銀の対策が実を結びつつあるようにみえる。
もっとも欧州債務危機の震源地である南欧に目を転じると景色が一変する。債務整理に追い込まれたギリシャの株価指数は当時から9割近く下落。銀行の資本増強のため欧州連合(EU)に金融支援を要請したスペインは5割あまり、景気後退に陥ったイタリアも株価指数は6割あまり安い水準で低迷する。
危機の火種は銀行から政府に移ったにすぎない。パリバ・ショックを機に、サブプライムローンを含む複雑な証券化商品を運用していたファンドが資金調達難に陥った。傘下ファンドの危機が大手銀に飛び火し、各国政府は公的資金投入や景気刺激策づくりに追われた。その対応で膨らんだ政府債務が現在の欧州債務危機の背景だ。
欧州不安は米国にとって対岸の火事ではない。増税を求める民主党と社会保障費削減を求める共和党の議論は平行線をたどり、11月の大統領選に向けた対立激化で財政再建への道は閉ざされたままだ。来年1月にはブッシュ政権から続いた大型減税の失効や国防予算の強制削減など「財政の崖」が迫っている。
当時の水準を回復しつつある米株価だが、米連邦準備理事会(FRB)による2度の量的金融緩和(QE)がかさ上げした面も大きい。ダウ平均を金価格で除した「ダウ・金倍率」は8日時点で8.2倍。金を物差しにみれば、株価は5年前(19.7倍)の半分に満たない。
FRBは市場から2兆ドル近い金融資産を買い取り、その分ドルが市場にあふれた。紙幣価値が低下するとの警戒感が実物資産である金の高騰を招き、「ダウ・金倍率」を低迷させた。08年12月に始まった米国の実質的なゼロ金利政策は14年終盤まで続く見通しだが、米景気の回復は鈍く、一段の緩和策を模索する動きも広がっている。
強力な金融緩和と欧州で広がる危機は、昨年8月に初めて最上位の格付けを失った米国債への資金流入を促した。米10年債の利回りは5年前の3分の1近い水準まで低下(価格は上昇)、2年債に至っては約16分の1の水準で推移する。昨年初めに保有する米国債をいったん売却した「債券王」、米資産運用大手ピムコのビル・グロス氏が「敗北宣言」し、米国債への再投資を迫られたほどだ。
歴史的な低金利は運用環境を激変させた。カリフォルニア州では年金財政の悪化で6~7月に自治体が相次いで破綻した。「イールド・ハンティング」。余資運用で少しでも高い利回りを得ようとする企業は米国債を離れ、相対的にリスクが高いとされる資産にも手を伸ばし始めている。米グーグルは手元資金の一部で自動車ローン債権などを裏付けにした資産担保証券(ABS)を購入した。米ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)によると企業の金融資産に占めるABSの比率は7月末に3.06%と、1月の0.74%から約4倍に急増した。
ウォール紙によると、金融情報会社マークイットは商業用不動産ローン担保証券(CMBS)を対象とするクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の指数である「CMBX指数」を13年1月から再公表する見通しだ。一時は開店休業状態だったCMBS市場に、参加者が戻ってきている証しだ。
金融危機の封じ込めを目指した未曽有の金融緩和が、かつて危機の火元となった高リスク資産へのマネーの再流入を促す皮肉。超低金利の影で、新たな危機の芽が育ちつつあるのかもしれない。