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一歩誤れば監視社会、センサーのデータどう扱う

ビッグデータ活用の勘所(1)

 世の中に大量に散らばった各種のセンサが出力するデータ(センサ・データ)を集めることで、人や物の動きをインターネットの中で"再構成"する動きが進んでいる。いわゆるビッグデータの登場である。これを解析することで、新たなサービス産業が生まれると予測されている。しかし、ビッグデータの中核を成すセンサ・データの扱い方を少しでも誤ると、すぐに深刻なプライバシー問題を引き起こす危険性がある。センサ・データをオープンに使えるようにしながら、利用者のプライバシーをしっかりと守る仕組みの構築が始まった。

現実世界をインターネット上に転写せよ――。今、現実世界で起こっていることを各種のセンサによってデータ化し、インターネットのサーバーに収集する動きが加速している。その立役者はスマートフォン。利用者とともに移動し、GPS(全地球測位システム)やマイクロホン、カメラ、NFC(Near Field Communication)など多様なセンサを内蔵するという特徴があるためだ。センサが収集する利用者の行動に関するデータなどを、通信機能を使ってサーバーに自動送信する。

スマートフォンだけではない。今後は家電機器のスマート化の流れに乗って、テレビやカーナビなどの情報機器だけでなく、体温計や血圧計などの健康器具、冷蔵庫や洗濯機、エアコンといった身の回りにあるさまざまな製品がネットワークにつながる(図1)。こうした機器が吐き出す「生活の記録(ログ)」をサーバーに集めることができれば、屋内外を問わず、人の動きをより鮮明にインターネット・サービス側で判断できるようになる。

図1 現実世界の転写が進む  家電や健康器具など多様な機器がインターネットに接続されることで、インターネット上にユーザーの生活ログが蓄積され、インターネットからの新しいサービスが提供可能になる。

こうした大量のセンサ・データの流入・蓄積は、インターネット・サービスの競争環境を一気に変える可能性を秘めている。

現在、インターネット・サービスはWebページの検索やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)といった文字ベースのものが主流だ。文字以外のセンサ・データを活用するビジネスは、まだ手探り状態だが、データの量の豊富さや多様さは文字データと比較にならない。このため、大きなビジネスチャンスを秘めている。

家電メーカーにチャンス到来

実はセンサ・データを活用したビジネスの開発競争で、有利な立場にあるのが家電メーカーだ。センサ・データを自社のサーバーに集める仕組みをあらかじめ機器に組み込んで出荷し、ユーザーに提供できるからだ。自社で機器を提供していない企業がセンサ・データを集めようとすると、自社サーバーにセンサ・データを送る仕組みを機器メーカーやユーザーにわざわざ入れてもらわなくてはならず、データ集めに苦労する。

この重要性に気付いている米Google社は家電機器の情報を、Android搭載機器を使ってサーバーに吸い上げる「Android@Home」という構想を、2011年に打ち出している。

センサ活用に乗り出すシャープ

こうした新たな舞台での闘いを制しようと、日本の家電メーカーが動き始めた。シャープは2012年6月に市場投入した掃除ロボット「COCOROBO」の上位モデルに、マイクやカメラなどのセンサと、無線LANによる通信機能を盛り込んだ。

出荷開始時点ではCOCOROBOの機能は限定的で、本体のソフトウエアによる音声認識ができたり、本体のカメラ映像をスマートフォンから確認できたりする程度だ。しかし、今後はソフトウエアのバージョンアップに伴って徐々に本領を発揮していく。具体的には、マイクから得た音声やカメラからの映像をサーバー側で解析することで、現在のユーザーの状況を把握し、適切なサービスをサーバーから提供する計画を持っている(図2)。

図2 シャープのCOCOROBO構想  家電機器とインターネットのサーバーを連携させることで、家電に新しい付加価値をもたらす。例えば、家電に付属するマイクの音やカメラの映像を解析することで、生活者の動きを捉える。高齢者の見守りや、防犯サービスなどを展開するとみられる。

複数のセンサ・データが連携へ

シャープは、ここから先の将来構想を明らかにしていない。しかし、自社製品による顧客の囲い込みを強めるために、COCOROBOから集まるセンサ・データと他の自社製家電機器から集まるデータを組み合わせた新たなサービスを構築すると考えるのが自然だ。

例えば、液晶テレビ「AQUOS」から利用者の番組視聴ログを収集し、野球好きだと判断すれば、COCOROBOから「阪神-巨人戦が今から始まるよ」といった情報を音声で通知する。さらに、体重計が取得するデータをサーバーに収集しておき、体重が増え気味のときには、利用者が一人の時を狙ってCOCOROBOが「最近、ちょっと太り気味だよ」と、そっとアドバイスすることも考えられる。このようにセンサ・データを集めるほど、サービスの幅は広がっていく。

統計データにも大きな価値

センサ・データの収集は、そのデータを生み出す機器の利用者以外の第三者にとっても大きな価値がある。複数の利用者のログを集めて、統計データとして活用するケースだ。

例えば、センサ・データから推定した家族構成を地域ごとに集計していけば、どの地域に単身世帯が多いかなどを把握できる。こうしたデータはスーパーマーケットや飲食店などの出店計画の策定に利用できるほか、災害時の避難計画の策定など行政でも活用できる。

さらにセンサを通して、これまでは分からなかった家庭内での人の動きや機器の使用状況を知ることができれば、省エネ方法のアドバイスなどの新サービスを実現できる。家電メーカーにとっても、新しい機器やサービスの開発に役立てることができそうだ。

表裏一体のプライバシー問題

このように現実世界の動きをセンシングし、それに関するデータを活用できれば、便利なサービスを生みだしたり、社会の効率化に寄与したりする。データ量が膨大になるほどきめ細かいサービスの提供が可能になる。しかし半面、それは個人のプライバシーの侵害につながる危険性を秘めている。最悪のケースが"監視社会"の実現だ。

想定される問題は大きく三つある。第1が、個人に関わるセンサ・データが丸裸にされ、第三者に特定の個人の動きが把握されてしまう問題だ。データを収集された側が「監視されている」という不安を感じる以外にも、後追い(ストーキング)や留守宅を狙った盗難など、直接的な被害を受ける可能性がある。

第2がデータの解析によって、個人にとって隠したい事実が、外部に露呈してしまう問題である。人は家族と過ごしている時や会社にいる時など、その状況に応じて異なる人格を無意識に演じている。家族に、そして会社の同僚に知られたくない事実があるかもしれない。ところが個人ログを解析すると、隠していた人格や事実があらわになり、他人に知られてしまうというリスクが生じる。

たとえ他人に漏洩せずとも、趣味や思想、宗教、病気といったセンシティブな情報が、本人の知らないところでサービス提供者側によって解析できてしまうと、それが分かった時点で利用者としては不快を覚えるだろう。

第3が、データ解析によってインターネット上で本人とは違う人物像が勝手に形成されてしまう問題である。本人にとっては不快なだけでなく、言われのない中傷や社会的不利益を被る可能性がある。容易に想定されるのは、女性なのに男性と誤って解析され男性向けのダイレクトメールが届くといったケースである。極端な例では、善良な市民であるにもかかわらず、犯罪者やテロリストとして誤認識されるケースさえある。

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センサ・データ活用は行動ターゲティング広告に学べ

センサ・データの収集と活用の先駆的な事例として「Web行動ターゲティング広告」がある。行動ターゲティング広告とは、Web閲覧者の興味や嗜好を分析して、最適と思われる広告を提供するもの。多くのニュース・サイトやブログ・サイトでWebページの隅に広告バナーが表示されているが、こうした部分に行動ターゲティング広告が埋め込まれている。

行動ターゲティング広告には一般にWebブラウザーが備えるクッキーという仕組みが使われる。クッキーはサーバーのドメイン(例:aaa.co.jp)ごとにWebブラウザーに渡されるテキスト・データである。一度ログインすると、次回アクセスした際に、そのログイン状態が維持されるサイトがあるが、ここで使われるのがクッキーである。

図A Webページに埋め込んだ画像でWeb閲覧履歴を取得  さまざまなサイトに行動ターゲティング事業者のサーバーからダウンロードする画像を埋め込んでおくことで、クッキーを使ってWeb閲覧履歴を取得できる。

具体的には、ユーザーがログインに成功した際に、WebサーバーからWebブラウザーに対してユニークなデータを含んだクッキーを送信する。Webブラウザーはこれをハードディスク装置などに記録しておく。このユーザーが再度同じWebサーバーにアクセスした場合、Webブラウザーは前回受け取ったクッキーに設定されたユニークなデータを送る。Webサーバー側では、このユニークなデータを基にリクエストしてきたユーザーを判定し、そのユーザー専用のWebページを返すわけだ。

行動ターゲティング広告は、この仕組みを使う。さまざまなWebサイトの広告枠を購入し、そのページに広告業者のサイトから送信される画像を埋め込んでおく(図A)。Web閲覧者が次々に別のサイトに移動しても、同じ広告業者のサーバーから画像が送られる。Webブラウザーが初めて広告業者のサーバーにアクセスしてきた際に、ユニークなデータをクッキーとして渡しておけば、以後、別のページで画像が読み込まれるたびにユニークなデータが広告業者のサーバーに送られる。これを使えば、そのWebブラウザーがどのようなWebページを閲覧したかを追跡できる。広告業者のサーバーでは、ページとその内容を関連付けたデータベースを持っている。ページの閲覧履歴からユーザーがどのような興味を持っているかを解析できるので、その傾向に最も合致した広告を送り出せるわけだ。

クッキー・データと個人情報は、一般には直接結び付いていないため、クッキーにヒモ付いた履歴情報はプライバシーを侵害するデータではないとされている。その一方で、細かく解析すればユーザーを特定できる可能性があることから、米国の広告業界ではクッキーの登録を拒否(オプトアウト)できるようにするルールが作られている。

クッキーを使ってWeb閲覧履歴を調べる仕組みは、ある匿名IDに結び付いた購買履歴や位置情報、テレビ視聴のログを追跡するのと、基本的には違いがない。そのため、行動ターゲティング広告がどのように規制されるかは、さまざまなセンサ・データ活用の規制と深く関連している。常に注目しておく必要がありそうだ。

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(次回は8月13日に掲載)

(日経エレクトロニクス 中道理・河合基伸)

[日経エレクトロニクス2012年5月28日号の記事を基に再構成]

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