東日本と阪神、震災の記憶つなぐ催し(震災取材ブログ)
@神戸

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2013/2/8 7:00
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発生から18年が経過した阪神大震災の被災地・神戸では、震災の記憶を語り継ぐ息の長い取り組みが続く。この冬も、東日本大震災の被災者らを招いて体験を語り合い、心の傷が癒えるまで寄り添っていこうとする阪神の被災者たちの姿が目立った。

阪神大震災の追悼行事「1・17のつどい」の前夜、阪神大震災と東日本大震災の被災者が交流した。左手前は東日本の被災地から里帰りした「希望の灯り」(1月16日夜、神戸市中央区)

阪神大震災の追悼行事「1・17のつどい」の前夜、阪神大震災と東日本大震災の被災者が交流した。左手前は東日本の被災地から里帰りした「希望の灯り」(1月16日夜、神戸市中央区)

神戸市中央区の公園「東遊園地」の一角に設けられた交流テント。阪神大震災が起きた1月17日を翌日に控えた16日夜、阪神大震災や東日本大震災の被災者や遺族ら約100人が交流会のために集まった。テーマは「喪失と悲嘆…あらたなる再生をめざして」。東遊園地にともるガス灯を管理するNPO法人「1.17希望の灯(あか)り」(同市兵庫区)が主催した。

岩手県陸前高田市、同県大槌町、福島県南相馬市にガス灯から分灯された「希望の灯り」も持ち寄られた。参加者は、東日本の被災地から届いた3つの灯りに見守られながら、震災や津波などによって家族や知人を失った悲しみをどう乗り越え、再生への道を歩んできたかを語り合った。

「一番復興が遅れた人間です」。そう切り出したのは神戸市長田区で被災し、当時28歳の妻と6カ月の長女を亡くした松田浩さん(52)。松田さんは発生から十数年もの間、東遊園地での追悼行事「1.17のつどい」に参列できず、犠牲者の名前が刻まれた銘板が並ぶ「慰霊と復興のモニュメント」にも足を踏み入れられなかったと打ち明けた。

自宅を焼失して何もかも失い、友人や知人から亡くなった2人の写真を譲ってもらったこと。最愛の2人を亡くした現実を受け入れられず、同情されるのがつらくて仕事もやめたこと。そんな自分を救ってくれたのは同じ被災者との交流だったこと。

松田さんは「同じ思いを抱えている人がたくさんいることに気づけた」と振り返り、「東日本の被災者の方々には焦らないでと伝えたい。生きることで震災を伝えられる。生きているだけでいいと、いつか気づくことができると思うから」と静かに語った。

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