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タイ洪水で首都バンコクも浸水、治水は機能しているか

大規模な洪水被害が続くタイでは、10月28日にタイ湾の大潮を迎え浸水域がさらに広がっている。首都バンコクでも道路など一部が冠水し、北部のドンムアン空港はほぼ全域が浸水した。日本の河川と違い、数カ月にわたってじわじわと広がっている洪水被害は、どんなメカニズムで起こっているのか。ダムや堤防による治水計画は機能しているのか。専門家の意見や文献を参照しながら分析する。

タイを南北に流れるチャオプラヤ川は、アユタヤやバンコクを経由しながらタイ湾に注いでいる。流域面積が約16万km2の巨大河川だ。日本の河川との大きな違いは勾配にあり、それが今回の洪水被害を長期化させている原因の一つだ。

タイの洪水被害を調査している国土交通省水管理・国土保全局の井上智夫水利技術調整官は「チャオプラヤ川の河口から約200kmまでの下流部では、河川勾配が6万分の1から5万分の1。日本の河川の河口部で5000分の1から1万分の1の勾配なので、勾配はまるで違う。非常にゆっくり流れる特徴がある」と説明する。日本の河川では2日~3日で上流から雨水などが海に達するが、チャオプラヤ川では9日~10日掛かると言われている。

タイでは今年5月ごろから数カ月にわたって記録的な降雨があった。気象庁の発表によれば、6月~9月までの4カ月降水量は、タイ北部のチェンマイで921mm(平年比134%)、バンコクで1251mm(平年比140%)など、インドシナ半島のほとんどの地点で平年比120%から180%を記録した。タイ政府が「50年に1度」と呼ぶ降水量だ。

バンコクから約200km上流の都市チャイナートには、チャオプラヤダムという巨大なダムがある。そのほかにも、上下流の支川に複数のダムがある。治水の専門家であり、タイの被害状況の調査を進める東京大学総括プロジェクト機構「水の知」(サントリー)総括寄付講座の中村晋一郎特任助教は、ダムからの放水量に注目する。

上限値以上の放流を続けるダム

「これらのダムは、主に農業用に使われているようだ。雨季に水を蓄え、それを乾季に放水する役割だ。この数カ月の放水量を調べてみると、総貯水量の限界に近づいたことで、チャオプラヤダムは9月1日に放水量の上限である2200m3/秒以上の放水を開始している。ほかのダムも9月~10月に満水になっている。それ以降は洪水調節の役割を十分に果たしているとは言えない」と中村特任助教は話す。

チャオプラヤダム下流のナコンサワン地区でのチャオプラヤ川の計画流量は3000~4000m3/秒、アユタヤ上流部では1300m3/秒しかない。国交省の井上調整官によれば、「必然的に氾濫する構造」になっている。そのため、タイでは毎年のようにチャオプラヤ川が氾濫している。記録的な降雨量が河川に流入して、中流域だけでなく、より下流のアユタヤやバンコクにまで押し寄せているというのが、今年の洪水被害の特徴と言える。

ダムの洪水調節に疑問を投げかける現地報道もある。井上調整官は「2010年は乾燥が激しく、水が足りなかったようだ。それを受けて今年は水を多く貯めていた可能性はある。ただし、貯水量のデータが手に入っていないので推測でしかない。現地に派遣している職員にデータの入手を指示している」と話す。

日本が技術協力したバンコクの治水は機能したか

洪水被害はチャオプラヤ川下流部の首都バンコクにまで及んでいる。10月29日時点で観光地の一つである左岸の王宮周辺も冠水した。バンコク首都圏の洪水対策を詳しく見ていく。

バンコクの洪水防御計画は、1980年代に国際協力事業団(JICA、現在の国際協力機構)の技術協力によって立案された。JICAの「タイ国バンコク市都市排水対策計画調査マスタープラン報告書」(1984年度)、「タイ国チャオプラヤ川流域洪水対策総合計画調査最終報告書」(1999年度)によれば、80年代から実施したバンコクの主な洪水対策は以下のようなものだ。

水路を改修したキングスダイクと呼ばれる堤防をバンコクを囲むように造る。そのうえで、キングスダイクの外側をグリーンベルトゾーンとして保全し、遊水機能を持たせる。ポンプ場を建設し、中心部に降った雨を排水する。基本的な思想としては、北部上流域からの洪水の流入を防ぐことを念頭に置いている。東側へ洪水をそらすことでバンコクを守る計画だ。

一方で、今回の洪水被害は既にキングスダイクの内側まで及んでいる。東京大学の中村特任助教は、「キングスダイクの整備がすべて終わっていたのか確認が必要だ。現地の報道などを見ると、一部の未整備区間から浸水した可能性がある」と話す。

中村特任助教は、治水上の別の問題も指摘する。「バンコク中心部をキングスダイクで囲み、東側へ洪水をそらす計画なのに、東側のキングスダイクの外側に国際空港が建設され、周辺に工場が立地してしまっている。そらそうとする先に重要な施設があるので、別の治水策が必要になっている」。

JICAは99年度の「タイ国チャオプラヤ川流域洪水対策総合計画調査最終報告書」で、バンコクのさらなる洪水対策として、ダムの操作ルールの改善やキングスダイクのかさ上げ、放水路の建設などを示している。しかし、「排水施設の増強などは進められているようだが、かさ上げや放水路の建設は進んでいない」(国交省の井上調整官)。

中村特任助教は、東京大学生産技術研究所沖大幹研究室のメンバーと10月28日からタイの洪水被害の現地調査に入った。日経コンストラクションでは、中村特任助教の協力を得て、被害状況の現地ルポをケンプラッツに掲載する予定だ。沖大幹研究室のウェブサイトでは、現地調査や文献調査によるレポートを掲載している。

(日経コンストラクション 島津翔)

[ケンプラッツ2011年10月31日掲載]

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