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バスや街角も侵食 ネット広告2兆円市場への挑戦

ネット広告がリアルの場に躍り出ようとしている。電子看板(デジタルサイネージ)を交通機関の車内や駅などに設置し、企業から集めたウェブサイト向けの広告を配信基盤から送信。ネット広告の強みを生かし、近くにいる消費者の特徴を推測して効果が高い広告を表示できるのが特徴だ。2013年に国内市場規模が初めて1兆円を突破したとされるネット広告。その影響力はもはやパソコンやスマートフォン(スマホ)の画面内にとどまらず、交通広告など既存の広告媒体をものみ込もうとしている。テレビ広告と並ぶ2兆円市場への挑戦が始まった。

ネット広告と同じものをバス車内でも掲示

つくば駅のバスターミナルに停車中の関東鉄道のバス

1月22日の昼下がり。茨城県つくば市のつくば駅前に、1台のバスが到着した。外見は至って普通だが、一歩車内に足を踏み入れると変わった光景に乗客が目を丸くした。窓の上に液晶ディスプレーが整然と並び、次々と表示する広告が更新される。

「2LDK、敷金・礼金1カ月、賃料7万5000円」「『デニムスキニーサロペット』がタイムセール! 通常価格の50%OFF4988円」――。筑波大学の停留所に着くと学生が見ることを当て込んで、不動産の賃貸物件の広告が表示された。一方駅前に近づくと、乗降客の多くが買い物に訪れるとみてジーンズショップのセール情報に切り替わる。

仕掛けたのはサイバーエージェント子会社でネット広告を手掛けるマイクロアド(東京・渋谷)。同社はDSPと呼ぶネット広告配信システムで、月間で扱う広告が420億件超と国内最大規模を誇る。豊富な広告在庫をより幅広い媒体に掲載することが広告主の満足度向上につながると判断。今回実験的にバスに通信回線経由でネット広告を配信することを決めた。茨城県内を中心にバスを運行する関東鉄道(茨城県土浦市)と協力し、つくば市内を走る路線バス車内に合計24台のデジタルサイネージを設置した。画面の大きさは13型だ。

今回の実験を指揮したマイクロアドの滝本岳取締役。不動産物件の間取りや特定商品の価格など、従来の紙の広告では掲載できなかった情報も表示することが可能に

「学生や主婦など、停留所ごとに乗客の興味や関心に合わせて広告を配信できるのが売り文句だ」。マイクロアドの滝本岳取締役はこう胸を張る。バスが走る区間は大学や研究所、医療機関などに加え、国内外の観光客から人気を集める筑波山もある。バス広告は価値が高いというのがマイクロアドの見立てであり、実験場所として白羽の矢を立てた理由だ。

バスの窓の上に掲示される広告は業界内で「まど上」と呼ばれ、長らくバス内広告の主流だった。広告料は1週間の掲載でおおむね3万~7万円と安く、病院や墓地など、地域の広告主がスポットの存在を知らせるために出稿することが多い。デジタルサイネージの導入によって、ネット広告を手掛ける大手企業も観光客目当てに広告を出稿しやすくなる。

今回の実験では不動産情報サイト「ホームズ」を運営するネクストや衣料品通販のスタートトゥデイ、ジーンズショップのライトオンなどが広告主として参加した。加えて居酒屋や精肉店など地元商店も参加し、大手企業と入り交じって可能性を検証した。つくば駅構内に店を構える土産物店「つくばの良い品店」の沼尻和浩店長は「駅に近づくと表示してもらえるので、土産物屋を探す観光客に店の存在をアピールしやすく魅力的」と話す。

バス会社にはこれまでにもスーパーから「車内に特売告知のチラシを置いてほしい」といった声が寄せられていた。一定期間同じものを掲示しなければならない紙の広告では、こうした広告主の要望に機動的に応えることができなかった。デジタルサイネージとネット広告を組み合わせれば、媒体側の自由度が高まる。デジタルサイネージなら場所や時間帯に応じて配信内容も刻々と変えられる。

消費者の属性を推測するのはお手の

停留所には大型デジタルサイネージを設置。タッチパネルで自由に操作し店舗や観光情報を収集できる。スマートフォンでクーポンを取得することも可能

ネット広告では、ターゲティングと呼ばれる手法でネット閲覧履歴から消費者の属性を推測する。ウェブサイトにアクセスしてきた人物が興味を持ちそうな広告を在庫の中から瞬時に導き出して表示する仕組みだ。

リアルな場に設けたデジタルサイネージで同じ手法を取り入れ場所や時間から近くにいそうな消費者の属性をざっくり導くのは、ネット広告会社にとってはお手の物。滝本取締役は「利用者が限られているバスだからこそ、より効果的な広告が打てる」とみる。

紙の広告では難しい効果測定を実施して広告主にフィードバックできるのもネット広告ならでは。「売上高の2~3割を広告費に回してもいいと答えた地元の飲食店経営者は少なくなかった」(滝本取締役)という。

実験では、停留所にもタッチパネル式のデジタルサイネージを用意した。バスの車内と同様の広告を場所や時間に応じて配信したほか、スマホをかざすとその場で割引クーポンなどを取得できる工夫も施した。

参加する店舗はタブレットを用い、簡単に広告に載せる内容を変えることができる。「タイムセール」「雨の日セール」など時間限定の情報を配信するのに便利だ

広告料金は今後詰めるが、地元の商店でも気軽に広告を出せる水準を検討する方針。「1日5時間だけ」「雨の日だけ」「商品が売れ残ったので今すぐ」など、紙の広告ではできなかった形にも積極的に取り組む考えだ。導入コストはバス1台当たり20万円、停留所は10万円を想定。今後京都市や名古屋市でも実験を進める。

デジタルサイネージの基盤は着々と交通機関に浸透している。いち早く取り組んだのは鉄道。例えばJR東日本は、広告子会社のジェイアール東日本企画(東京・渋谷)が開発した「トレインチャンネル」を新型の通勤電車内に導入。ドアの上に15~17型のデジタルサイネージを設置し飲料や家電、製薬など幅広い業種の広告を放映している。

山手線や中央快速線、京浜東北線など6路線(特急含む)で計約2万1000枚を展開。12年度の売上高は前年度比2割増の約63億円となり好調だ。最近は天気予報と連動し、洗濯物が乾きにくい日は部屋干し用洗剤の広告を掲示するなど、シーンに応じた出稿希望が増えているという。

東京メトロでも銀座線上野駅と丸ノ内線新宿駅にデジタルサイネージを設置した。20年の東京五輪開催をにらんだもので、ホーム上や改札付近などで乗り換えルートや観光情報などを表示し始めた。岡山県のバス会社両備ホールディングス(岡山市)も、デジタルサイネージの広告から乗客のスマホにクーポンを配信するといった実験をスタートさせている。

ネット広告がデジタルサイネージの価値を高める

両備ホールディングスの実験ではディスプレーを進行方向に向けて設置。紙の広告も掲載している

JRや東京メトロはまだ交通広告の延長の取り組みにすぎないが、つくば市のようにデジタルサイネージをネット広告の配信基盤と直結すれば媒体価値は一気に高まる。結果として広告主側からの注目度も高まる。利用者が鉄道ほど多くなくコスト負担がネックで導入に二の足を踏むバス会社もデジタルサイネージを導入する機運が高まる可能性がある。

マイクロアドは12年8月に、東京の渋谷や有楽町などの街頭にある大型ビジョンにネット広告を配信する実験も行っている。旅行情報サイトや下着メーカーなどがネット用に用意した広告を朝、昼、夕の時間帯に合わせて配信。一定の手応えを感じたことが次の段階へ進めることを後押しし、バスを使った実験へと結びついた。

ネット広告の世界では動画やアニメーションを多用したリッチな表示を実現する技術が次々開発され、広告展開の軸足をテレビに置いてきた大手企業の関心を呼ぶ。リッチな広告がネットで一般的になれば、同じ広告素材をネットとテレビを串刺しにして露出させようとするはず。ネット広告の配信基盤を通じてリアルな場にも配信すれば、今までに以上に消費者の目に付く。リアルを侵食しつつあるネット広告はさらに存在意義を強めるはずで、成長の勢いは当分止まりそうない。

(電子整理部 鈴木洋介)

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