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中江有里さん 過去の自分、日常の恐怖を明日の活力に

変わりどきは、読書どき(4)

夏の猛暑、ゲリラ豪雨、何度もやってきた台風、竜巻…。今年は例年以上に、天候に翻弄されることが多い気がします。

人間が宇宙へ行ける時代になって久しいですが、人を宇宙へと運ぶロケットを飛ばすタイミングはお天気次第。

どれだけのテクノロジーが発達しても、自然にはかなわない。だから自然の声には耳を傾けようということでしょう。「晴耕雨読」の言葉通り、晴れた日は田畑を耕し、雨の日は読書する。

バリバリ働くだけじゃなく、ゆっくりと過ごすのも人間の自然の形。普段の疲れを取るため湯船に浸かるように読んで欲しい2冊をご紹介します。

大島満寿美著『三月』(光文社 1500円+税)

大島満寿美著『三月』(光文社 1500円+税)

登場人物は6人の女性。学生時代の仲間だった彼女らは、現在バラバラの人生を歩んでいます。卒業からおよそ20年経ったある日、当時の男友達の死を通じて、連絡を取り合うようになります。6人がまるでリレーするように次の人に連絡し、それぞれの過去が明らかになっていく。やがて海外にいる一人を除いて、ひさしぶりに集まることに。

学生時代の友達は、実に貴重な仲間です。年齢もほぼ同じ、自分がまだ何者でもなく、ただの学生だったころから知っている仲間。そして卒業後にどんな道をたどっているかが気になる仲間。今の自分を推し量る際、ひとつの比較対象となる相手。

結婚、仕事、容姿、住まい、今の自分を取り巻く全て、それらを若き日から知る相手の現在と、今の自分を比較するのは、仲間の人生が自分の歩まなかったもうひとつの人生みたいなものだから。

読みながら、人間は今の自分が「なぜここにいるのか」そして「なぜ生きているのか」という謎を解くために生きているのかもしれない、そんな風に感じました。

彼女らの会話は、昔となんら変わりません。学生時代の仲間と話すと、多くの人が当時の自分に戻ってしまうように。

読後、友達に会いたくなりました。

藤野可織著『爪と目』(新潮社 1200円+税)

第149回芥川賞受賞作品は、怖さがひたひたと忍び寄る小説。冒頭を引用してみます。

藤野可織著『爪と目』(新潮社 1200円+税)

「はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は『君とは結婚できない』と言った。あなたは驚いて『はあ』と返した」

「『あなた』とは? 『父』とは誰のこと?」と混乱されるかもしれません。本作は二人称で描かれていて、少し読み進めると、主観は3歳の女児で、20代になった「わたし」であることが明らかになります。つまり「父」は女児の父。「あなた」は父の愛人で、のちに女児の継母になる人。

企みに満ちた語り口、冷淡で少し意地悪な視点が怖さを倍増させていきます。

たとえばこんな描写。

「あなたの容姿は、取り立ててすぐれたものではなかった。多少愛嬌があるといった程度だったが、(中略)あなたには、男性が自分に向けるほんのほのかな性的関心も、鋭敏に感知する才能があった」

「あなた」の心の奥底を見通す「わたし」の語りは静かであればあるほど恐ろしい。女が女を見る時の目の厳しさが浮かび上がってきます。

ふと、子どもの頃の実験を思い出しました。ビーカーに「恐怖」という水を少しずつ注ぐと、どんどん水が溜まっていきます。ビーカーに水がいっぱいになっても、なぜか水はこぼれない。水面が引っ張り合う表面張力が働いているから。今にもこぼれそうなビーカーに、そろりとコインとすべらせます。コインを入れるのは、表面張力が破られる瞬間が見たいから。はやる心を抑えながらコインを足すように、ページをめくる。

最後に待ち受ける恐怖を味わったあと、もう一度最初から読み直しました。なるほど、これは伏線だったのか……。何度も読みたくなりました。

過去の自分、日常の恐怖、じっくり読んで浸かって、明日の活力になりますように。

中江有里
1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。 2002年「納豆ウドン」で第23回BKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。 NHK-BS「週刊ブックレビュー」で長年、司会を務めた。 近著に小説「ティンホイッスル」(角川書店)。 現在、NHK「ひるまえほっと」「中江有里のブックレビュー」に出演、 関西テレビ「スーパーニュースアンカー」、フジテレビ系「とくダネ!」にコメンテーターとして出演中。新聞や雑誌に読書エッセイを連載中。
[nikkei WOMAN Online2013年10月1日付記事を基に再構成]

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