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グーグル仕掛けるメーカーの終焉、欲しいスマホは自作

日経エレクトロニクス
Android(アンドロイド)の開発でスマートフォン(スマホ)の普及に貢献してきた米Google(グーグル)が、既存のスマホ業界を激変させる可能性を持つ、野心的なプロジェクトを立ち上げた。あたかもLEGO(レゴ)ブロックのように部品を組み替えて、所望のスマホを実現する「Project Ara(プロジェクト・アラ)」」だ。このプロジェクトが成功すれば、自分好みのスマホをすぐに手に入れられるようになるばかりか、端末メーカーや通信事業者が中心だったスマホ業界の生態系が一変する。

スマートフォン(スマホ)メーカーの存在意義を消す――。そんな大胆な計画が出現した。米グーグル(Google)が2014年4月に公表した「Project Ara」だ。

Project Araは、ブロックのようにモジュール(装置を構成する機能を持つ部品の集まり)を組み替えて所望のスマホを実現することを目指すプロジェクト。プロセッサーやストレージ、センサー、無線通信、2次電池(バッテリー)など、スマホの構成要素を「モジュール」として分解することで実現する。

「endoskeleton(エンドスケルトン)」と呼ばれる枠付きのきょう体にモジュールを装着してスマホを完成させる(図1)。しかも、ユーザーはモジュールを用途や状況に応じて自由に交換できる。例えば、出張の日はバッテリーモジュールを2個装着したり、旅行の日は高性能なカメラモジュールを装着したり、といった具合だ。

図1 Project Araの登場で、スマホの構成要素がモジュールとして分解され、複数のアプリと各モジュールという組み合わせになる。多くの企業がさまざまなモジュールを作るので、Project Araの世界が広がれば、スマホの種類はほぼ無限になる。これはスマホメーカーの"死"を意味する

これまでのスマホでは、メーカーや通信事業者が搭載すべき機能を定義し、これを製品に仕立ててユーザーに提供してきた。Project Araでは、この機能の選択権がユーザーに委ねられる。つまり、既存のスマホのハードウエアビジネスを取り巻く環境を一変させる可能性を秘める。

欲しいときに欲しい機能

グーグルがProject Araを立ち上げた狙いは、大きく2つに集約される。1つは、ハードウエア開発の速度や効率をソフトウエア並みに向上させること。これにより、「ユーザーは、新技術を早期に利用できる」(Project Araを担当するGoogle Advanced Technology and Projects(ATAP)部門でDeputyを務めるKaigham J.Gabriel氏)。

これまで、ユーザーがスマホ向けに開発された新技術を利用するには、スマホをまるごと買い替える必要があった。通信事業者との契約もからむので、スマホを買い替える期間は、おおむね2年が当たり前だった。ところが、モジュール単位で機能を追加・変更できるProject Araであれば、ユーザーが欲しいと思ったときに、スマホに新技術をすぐに適用できる。

もう1つの狙いは、世界のすみずみまでインターネット端末を行き渡らせるようにすること。ネット広告事業を屋台骨とするグーグルにとって、インターネットの利用者が増えるほど、広告事業が伸びるからだ。

50ドル以下の無線LANスマホ実現へ

これらの目的を達するため、Project Araで考えだしたのが、1000を超える多数のモジュールメーカーの参加を促すことである。参入企業を増やすことによる競争原理で、モジュールの単価を下げ、安価なスマホを実現し、誰でもスマホを手に入れられるようにする。

目指すのは、100米ドル以下のスマホだ。まずは移動通信機能を省いた、50米ドル以下の無線LANモデルの実現を狙う。

価格を下げるだけでなく、さまざまな特徴を備えたスマホを実現し、世界中の人々のそれぞれの要求や趣味・趣向に合ったスマホを提供できる枠組みを準備する狙いもある。

ハードの開発環境を無償に

モジュール開発の速度・効率向上とモジュール開発者の増加のために、グーグルは大きく2つの方策を講じる(図2)。1つは、モジュールメーカーに対して無償の開発環境を提供すること。モジュールの仕様と外観設計図などを記載した「Module Developers Kit(MDK:モジュール・デベロッパーズ・キット)」と、モジュールの開発ツール「META tools(メタ・ツールズ)」をグーグルが提供する。

図2 Project Araでは、グーグルがモジュール仕様および外観設計図である「MDK」と開発ツールをモジュールメーカーに提供する(a)。メーカーは、これらを使いつつ、部品を組み立ててモジュールを作り、専用マーケットを通じて販売する。モジュールを搭載する「endoskeleton」は、グーグルからユーザーに対して提供されるもようだ。モジュールの外装は、3Dプリンターで製造し、それをユーザーに提供する。そのための3Dプリンターを米3D Systemsが開発中だ(b)。(図:(b)は3D Systems社の説明動画をキャプチャーしたもの)

META toolsは、市販のツールで作成した回路の設計データやCAD(コンピューターによる設計)データ、機構データ、価格などの各種データを取り込み、総合的に扱うことができる。

これにより、モジュール開発者は、さまざまな開発者が作ったデータを再利用して、モジュールを設計できる。META toolsには、検証ツールもあり、モジュールの設計データを基にして、製造前に完成品のEMC(電磁環境両立性)や熱解析、信号品質、コストなどを検証できる。

META toolsによって、ハードウエアの試作品をほとんど作ることなくモジュールの設計をソフトウエアで完了できる。このため、これまでアプリケーションソフトウエア(アプリ)を開発してきた手元にハードウエアの試作環境を持たないソフトウエア技術者も、モジュール設計に踏み出すことが容易になる。

ソフトウエア技術者がモジュール設計に参加できることで、開発者の裾野がぐんと広がる。製造に関しては、META toolsで設計したデータを製造請負企業(EMS)に送付するだけでモジュールを作れるようにする構想だ。

モジュール用のマーケットを用意

もう1つの方策は、モジュールの販売マーケットを用意すること。これは、「現在のアプリマーケットに似たもの」(グーグルのGabriel氏)になる。メーカーは各種の認証試験をパスすれば、マーケットでモジュールを販売でき、ユーザーはマーケットを通じてモジュールを自由に購入できるようになる。

モジュールの外装に当たる「シェル」に関しては、3D(3次元)プリンターで製造してユーザーに提供する。3Dプリンターによって、さまざまな外観デザインや表面形状、材質のシェルを提供できるようにする。

例えば、ユーザーが撮影した写真を基に作った外観デザインや、凹凸のある表面形状、木のような質感を備えた材質などを実現できるようになる見込みだ。

障壁を壊す

もっとも、グーグルがProject Araを主導する目的は、「ハードウエア開発の効率や速度をソフトウエア並みにする」「すべての人に情報端末を行き渡らせる」という2つだけではなさそうだ。グーグル自身が「提供したい」と考えているハードウエアを活用したサービスを、素早く展開できるようにする狙いもある。

これまで、センサーや通信など新しい機能を追加しないと実現できないサービスをグーグルが始めるには、スマホメーカーや通信事業者を説得し、彼らの協力を得ることが不可欠だった。どんなにグーグルが望んでも、サービスに必要な機能が実装されたスマホが少なければ、サービスは普及しない。

2011年9月に発表した「Google Wallet(グーグル・ウォレット)」は、まさにグーグルの前にスマホメーカーおよび通信事業者の壁が立ちはだかった事例だ。Google Walletは開始当初、実店舗でのNFC(近距離無線通信)の利用を前提にした日本のおサイフケータイのような決済やクーポンなどのサービスを目指していた。

このサービスでは端末内にグーグルが用意する暗号チップ(セキュアエレメント)を搭載することが前提だったが、グーグルが思うように同社仕様のセキュアエレメント搭載端末は増えなかった。

そのため、Google Walletは現在、ネット上での決済を簡略化する料金支払いサービスを主としている。スマホやタブレット端末での決済はむしろ、「Square(スクエア)」のような、クレジットカードのリーダーになる端末を利用するサービスの方が普及している。

一方で、Project Araに基づいた端末であればスマホメーカーや通信事業者と交渉することなく、対応モジュールを提供するだけでサービスを開始できる。後はユーザーに選んでもらえるかどうかで、普及するかしないかが決まる。

実際、Project Ara関係者からは、「ユーザーは従来ほど、通信事業者やスマホメーカーの都合に合わせる必要がなくなる」という言葉がたびたび出てくる。この主語を「ユーザー」からグーグルに置き換えることもできるわけだ。

モジュール交換で専用端末に変身

Project Araの登場で、影響を受けるのはスマホ業界だけにとどまらない。特定用途に向けた専用端末の世界が大きく変わる(図3)。モジュールを交換するだけで、専用端末を容易に実現できるようになるからである。

図3 Project Araのモジュールを交換するだけで、用途に応じた専用端末を容易に実現できるようになる。例えば、ゲーム機やヘルスケア端末、店舗管理用端末などである。これまでは、製造コストを回収できる用途でしか専用端末を作れなかった

例えば、ゲームソフトメーカーが、自社が提供するゲームをプレーできるようにする専用モジュールを提供すれば、Project Araのスマホが専用ゲーム機に変わる。業務用途では、生体センサーを搭載したモジュールを装着すればヘルスケア端末に、RFIDリーダーを搭載したモジュールを装着すれば店舗管理用端末になる。

つまり、大きな資本がなければ開発できなかった専用端末を、モジュールと対応アプリのみで実現できるようになるのだ。

モジュールの種類や流通量が増えれば、スマホ以外にも活用が広がる可能性がある。例えば、ロボットやウエアラブル端末向けの部品にもなり得る(図4)。MDKにない勝手な形状のendoskeletonも登場してくる可能性もある。

図4 Project Araのモジュールは、技術的にはスマホだけでなく、自動車やロボット、ウエアラブル端末に取り付けて利用することもできる。endoskeletonも現在の形にとどまることはないだろう

状況に応じて、スマホから特定のモジュールを取り外し、他の機器に取り付けて利用するような使い方も広がるだろう。プロジェクターやテレビにストレージモジュールを取り付けてストレージに格納された映像データを大画面で視聴したり、車載情報機器に移動通信モジュールを取り付けてインターネットに接続したりする、といった使い方だ。

実際、グーグルのGabriel氏は「現在はスマホへの適用に重きを置いている」と前置きしつつも、「IoT(Internet of Things)やウエアラブル機器など、さまざまなアプリケーションに適用できる潜在力がAraモジュールにはある」としている。

ものづくりが変わる

Project Araは、機器の製造や機器に適用するエレクトロニクス技術に大きな影響を与えそうだ。製造に関しては、前述のようにスマホの製造工程が変わる。

次に、META toolsによって、ハードウエアの設計に必要な開発ツール群が無料になる。これにより、モジュールのみならず、さまざまなハードウエアを作るための技術的な障壁やコストが下がる。ハードウエア設計に乗り出す人が現在より大幅に増える。

続いて、実製造への3Dプリンターの適用がこれまで以上に促される。Project Araではモジュールの外装だけなく、外装に内蔵する無線通信用のアンテナを、導電性材料を使って3Dプリンターで作る計画もある。その3Dプリンターを、業界最大手の米3D Systemsが開発中だ。

詳細は不明だが、3Dプリンターに複数のヘッドを搭載し、ベルトコンベアーで製作物を流しながら製造する。これまで必要だった、製造物を取り出す作業や材料が固まるまでの待ち時間を省略して、生産効率の向上を図る。

3D Systemsはこの仕組みで、射出成形並みのスループットを実現できるとする。この3Dプリンターが完成すれば、Project Araだけなく、他分野の製造現場向けにも販売されることになるだろう。

Project Araが新技術育てる

Project Araが及ぼす技術面への影響とは、新技術をはぐくむ苗床になることだ。例えば、特性が優れた新しいセンサーの市場拡大と低価格化を促す。「既にスマホの競争軸は、カメラやモーションセンサーなどのセンサー類になっている。モジュールレベルで新しいセンサーを導入できるProject Araは、この動きをさらに加速させる」(ある半導体技術者)。

Project Araは、機器やモジュール、部品の接続インターフェースの進化も促しそうだ。その牽引役と目されているのが、endoskeletonとモジュールの接続に利用する非接触型の高速インターフェースである。

このインターフェースのコネクターでは、電源やグラウンド用の端子は接触型だが、データ通信の差動伝送用端子は接触させない。非接触ながら、差動伝送対1対当たりで10Gビット/秒以上の高速通信を可能にするという。

こうした非接触型の高速インターフェースが商用製品に搭載されるのは、「おそらく初めて」(ある部品メーカーのコネクター担当者)。非接触型は接触型に比べて、端子の磨耗がなくコネクターの寿命を延ばしやすい利点があるので、「携帯機器を中心に、Micro-USBのような既存の接触型のコネクターを置き換えていくかもしれない」(同コネクター担当者)とみる。

この他、Project Araによってこれまでなかなか普及しなかった、携帯機器内のデータ伝送の標準規格「MIPI(Mobile Industry Processor Interface)」の物理層「M-PHY」のスマホへの採用を促進する可能性がある。

M-PHYの仕様は2011年に策定されたものの、これまではほとんど利用されておらず、まだ「D-PHY」という規格が使われ続けている。Project Araでは、M-PHYをモジュール内のインターフェースIC(集積回路)と、スイッチICを接続するためのインターフェースとして利用するので、Project Araが「M-PHYの最初のキラーアプリ」(仕様策定団体であるMIPI Allianceの関係者)になる。

スマホ市場の敗者復活のきっかけに

ここまで述べてきたシナリオは全て、Project Araに対応したendoskeletonやモジュールが広く普及することが前提になっている。もちろん、市場がProject Araに反応しない可能性は否定できない。

ただし、現行のスマホのハードウエア市場は、寡占化が進みつつある。この状況を打開すべく、"負け組"メーカーがモジュール作りに乗り出す可能性は高い。大手メーカーに採用してもらえなかったセンサーメーカーなどが起死回生を狙ってモジュール作りを始めることも十分に考えられる。こうした中から、1つでも魅力的なモジュールと、それを使ったサービスが登場すれば、一気に情勢は変わるだろう。

ある移動通信事業者の幹部は、「Project Araなんて非現実的だと切り捨てるのは簡単だ。しかし、Androidのときもそうだったように大きな潮流となる可能性がある」と語る。

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【Project Ara関係者に聞く】 5年間利用できるスマホを狙った

グーグル アドバンストテクノロジー アンド プロジェクツ デュプティーのK J.ガブリエル氏(写真:グーグル)

Project Araは、グーグルのAdvanced Technology and Projects 部門(ATAP)のプロジェクトの1つである。ATAPのプロジェクトの特徴は、外部の技術者と協力しながら研究開発を進めることだ。

ATAPのメンバーはプロジェクトのマネジメント役になり、目標の達成を目指す。DARPA(米国防高等研究計画局)の研究開発体制に近い。例えば、米NewDealDesignや米NK Labs、米X5 Systemsなど複数の企業と協力し、Project Araの要素技術を開発している。

Project Araで導入する新しい技術は、挑戦のしがいがあるものばかりだ。その代表例が、モジュールとendoskeletonの接続に適用した非接触型のインターフェースである。

ユーザーには、同一のendoskeletonをなるべく長い期間、例えば約5年間使い続けてほしい。そこで非接触型を選んだ。非接触型であれば、長期間利用時の接触不良の心配がないからだ。

非接触型インターフェースの物理層にMIPIの「M-PHY」を利用したのも、5年間の利用期間を意識してのことだ。M-PHYは高速だ。endoskeletonを5年間使い続けてもらった場合、その間にディスプレーやカメラの性能が向上すれば、必要なデータ伝送速度は高まる。M-PHYのデータ伝送速度は現状で5Gビット/秒以上、将来的には10Gビット/秒超を実現できる拡張性を備えており、こうした高速化の要求に応えられる。

Project Araは当面、スマホに集中する。ここで成功すれば、ウエアラブル機器やIoT、ヘルスケア機器などの用途にもモジュールを展開していきたい。(談)

[注]本記事の全文は以下のURL、もしくは下の日経BPの関連記事「全員開発者の時代」のリンク先にて、無料でお読みいただけます。URLは、http://techon.nikkeibp.co.jp/NED/s/14/?n_cid=nbpne_ds00022

(日経エレクトロニクス 根津禎・中道理)

[日経エレクトロニクス2014年7月7日号の記事を基に再構成]

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