日航、コスト減で手綱ゆるめず 翼改造で10億円節約
日本航空(JAL)が、為替や燃油価格の変動に備える「攻めのコスト削減」を着々と進めている。日本と東南アジアやカナダなどを結ぶ中距離路線を担う、中型機のボーイング767型機を全面刷新。機内の快適性をアップしながらも、機体の改造や座席の軽量化など燃費の大幅削減を達成した。コスト削減は航空料金にも直結するだけに「JALのアグレッシブなコスト削減への力の入れようは並々ならぬもの」(国内航空会社の幹部)と、ライバルは危機感を強める。法的整理が完了し再上場を果たしてから1年余り。LCCの躍進で激戦が繰り広げられる世界の航空市場で、JALは新しい767を携えて躍進をかけた大勝負に打って出る。
燃費向上と快適性アップを同時に達成

「東南アジアなど中距離路線を担う767-300ERは居住性、機能性、サービス性をすべて大きく進化させた。1クラス上の最高品質を感じていただきたい」。11月26日、東京・羽田のJAL格納庫に姿を現した植木義晴社長は、自慢の改良を施した767を背景に誇らしげにこう語った。
「スカイスイート767」と呼ぶビジネスクラスは夜行便でも熟睡できるよう、背もたれが180度まで倒れるフルフラット型を導入した。横1列当たりの席数を従来の横方向に6席を配置するタイプから4席配置にしゆったり感を演出した。エコノミークラスも一新し、前席との間隔を10センチ広げることで窮屈さをなくしている。座席間隔を狭めてでも乗客を詰め込もうとするLCCと差異化し、快適な空の旅をぜひ味わってほしいと訴える。
767は747や777など大型機に比べて一回り小さいことから、787とともに中型機と呼ばれる。実は全日本空輸(ANA)や米系・アジア系大手各社は先んじて767の改良を進めており、10年以上前の座席を使い続けてきたJALは後れをとっていた。それだけに植木社長にとって767の全面刷新はようやく達成できたとの思いが強い。経営再建に一定のめどが立った今こそ新型機で勝負すべきタイミングだと判断した。

新型767はまず1日に成田-バンクーバー線に就航させ、14年1月には成田-クアラルンプール線にも導入する。その後東南アジアを結ぶ中距離路線を中心に新型に置き換え、合計9機を飛ばす計画だ。
今回767で刷新したのは座席だけではない。「主翼の端に装着した小さな翼、ウイングレットにも注目してほしい」。パイロット出身の植木社長が指さした先にある一見目立たない新型パーツこそ、767の大幅な燃費向上を担う虎の子だ。
767を外から眺めると、機体の中央から左右に伸びる主翼の先端が上に向かって大きく曲がりそそり立っているのが分かる。この先端部が、植木社長が言うウイングレットだ。高さは3.4メートル。通常の767にはない新型パーツを取り付けるだけで、「成田とバンクーバーを結ぶ路線なら、年間1億2000万円分以上の燃料を減らせる」(JAL)効果があるという。
主翼の先端の渦を減らすことで推進力がアップ

仕組みはこうだ。一般に飛行機は、主翼が風を切って進む中で揚力を得て浮かび上がる。翼の上面は気流が速く気圧が低くなり、反対に下面は気流が遅く気圧が高くなる。気圧差で下面から上面に空気が移動する流れが起き、主翼を持ち上げる。ただ副作用として、主翼先端部で周囲に渦状の気流が発生し空気抵抗となってしまうことが避けられない。「翼端渦(よくたんうず)」と呼ばれるもので推進力を弱めてしまう悪者だ。
主翼の先端にウイングレットを装着すると翼端渦をある程度抑えられる。渦が小さくなればエンジンの出力を上げなくても推進力を発揮でき、結果的に燃料の消費量を減らすというわけである。
ウイングレットを製造販売する米ボーイング関連会社のアビエーション・パートナーズ・ボーイング(APB)によると、燃費改善効果は5%程度だという。JALが実際にウイングレットを767に装着しテスト運航したところ「所要時間10時間30分のバンクーバー発成田行きで4%の改善効果を得た」(JAL運航技術部性能グループの船曳孝三グループ長)という結果を得た。絵に描いた餅ではないと証明されたことから導入に踏み切った。

わずか4%だが航空機の世界ではこれは驚異的な燃費向上だ。バンクーバー-成田間なら航空機用のジェット燃料3.2キロリットル分、現在の燃油相場で換算すると約19万円が片道のフライトで浮く計算になる。所要時間8時間55分の復路の効果と合算すると1往復で35万円。年間では1億2700万円に及ぶ。9機で採用すれば「ちりも積もれば山となる」で、単純計算で合計10億円以上の効果が見込める。
ただウイングレットの導入コストは、部品価格と装着・点検コストなどを合わせて数億円程度とみられ決して安くはない。翼の大型化に伴う揚力増に耐えるよう補強材も組み込まねばならず、改造は簡単ではない。ウイングレットと補強材による重量増は1.3トンにもなることから、ある程度航続距離が長くないと費用対効果も出にくい。「短距離線では燃費向上効果は1~2%止まり」(船曳グループ長)。JALは767-300ERを全32機保有するが、中距離路線用の9機に絞ってウイングレットを装着するのはこうした理由による。
もう一つの燃費向上策が、座席の軽量化だ。新しい767のエコノミークラスの客室に入ると、赤とダークグレーのツートンカラーの座席が目に飛び込んでくる。実はこの色に秘密が隠されている。よく見ると、航空機の座席に多い銀色に光る金属部品があまり見当たらない。開発を担当した子会社のJALエンジニアリング技術企画室客室仕様開発グループの片岡達アシスタントマネージャーは「軽量化のため金属を徹底的に減らした」と明かす。
エコノミー座席は強化プラスチックで大幅軽量に

座席背面のカバーには炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を採用。従来は金属製で複数に分かれていた部品をプラスチックで一体成型した点にポイントがある。「薄く成型でき接合部のネジも不要。部品点数を極限まで削減できた」(片岡アシスタントマネージャー)。ほかにもポリカーボネート樹脂や帆布を多用し、座席の骨組みなどを除き金属部品を大幅に減らしている。
1席当たりの重量は約21キログラムで従来よりわずかに軽くなった。ただこれはディスプレーの大型化やUSB端子、電源端子などの追加を含んでおり、座席単体でみれば大幅に軽くなっている。総座席数を減らしたおかげもあり、エコノミークラス全体では従来機より16%も軽量化を達成できた。
実はエコノミークラスと対照的にビジネスクラスは重量が大幅に増えてしまった。半個室構造や電動シートの採用などで、1席当たりの重量は100キログラム。従来より2~3倍も重くなったようだ。そのハンデを打ち消すべくエコノミークラスの軽量化を重視した側面もある。

以前のJALでは767は光の当たらない日陰の存在。国際線では2階建ての747や777など、ファーストクラスを備えた大型機が花形だったからだ。しかしこの10年強で成田や羽田の発着枠が大幅に増えたことで、燃費の良い中型機を大都市から中都市まで飛ばし、乗客が選びやすいダイヤを組むのが容易になった。767の戦略的な重要性が増している。
経営再建の過程でJALは、損益分岐点の高い747を計画を前倒しして11年3月までに全機退役させた。747の後継として購入を計画していた777も一部キャンセル。次世代のエース機材として期待していた787もボーイングからの納入が遅れたうえ、発火事故でしばらく運航停止の憂き目にあった。必然的に767の出番が増える機会が増えている。
好調決算の裏にコスト削減効果あり

JALの4~9月期決算では、国際線の旅客収入が前年同期比5.7%増と好調。「東南アジア線でまんべんなく日本行きの乗客が増え、円安と相まって収益を押し上げた」(斉藤典和常務執行役員)。東南アジア各国の経済成長に伴い、各地の富裕層が日本を訪れる機会が増加したのが大きいとする。東南アジアでは早くからLCCが台頭しているが、競争激化で座席などの装備も少しずつ改善し始めている。価格重視の顧客ニーズに応えつつ、快適さでLCCに圧倒的な差を見せつける意味で、東南アジア線での出番が多い767の改良は各国の乗客に大きなアピールポイントなりそうだ。
ANAが通期の営業利益予想を500億円下方修正した翌日の10月31日、JALは通期営業利益を150億円上方修正。このうち50億円は「部門別採算により各部門で地道にコスト削減を重ねた」(斉藤常務)結果という。それだけでは満足せず、畳みかけるように燃費を向上させた新767で手を打つ。経営再建が完了し稲盛和夫名誉会長が経営の第一線から退いても、筋肉質の企業体を作り上げようとまい進するJAL。コスト削減への挑戦はまだまだ続く。
(電子報道部 金子寛人)
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