2019年8月19日(月)

政客列伝 椎名悦三郎(1898~1979)

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川島派を継承、自民党副総裁に 「飄逸とした仕事師」椎名悦三郎(5)
政客列伝 特別編集委員・安藤俊裕

(3/4ページ)
2012/9/2 7:00
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同年8月、田中首相は椎名悦三郎を自民党副総裁に起用した。大野伴睦、川島正次郎に続く第3代の副総裁である。日中国交正常化を決断した田中首相は副総裁就任要請と同時に、首相訪中に先立って椎名が政府特使として台湾を訪問するよう要請した。椎名は台湾特使を引き受けたが、これは気の重い仕事であった。大平外相は日中国交が正常化されれば、日華平和条約は破棄され、日台間の国交は断絶になると明言していた。

1966年(昭和41年)1月
外相として戦後初のソ連訪問、コスイギン首相、グロムイコ外相と会談、日ソ航空協定に調印
同年8月
内閣改造で外相留任
同年12月
自民党総務会長に
1967年(昭和42年)11月
第2次佐藤内閣で通産相に
1970年(昭和45年)11月
川島正次郎副総裁急死、交友クラブ(椎名派)会長となる
1972年(昭和47年)8月
自民党副総裁に
同年9月
田中首相の要請で政府特使として台湾訪問、日中国交回復の政府方針伝える
1974年(昭和49年)9月
田中首相の要請で政府特使として韓国訪問、日韓関係打開へ朴大統領と会談

これに台湾は激しく反発し、険悪な空気が流れていた。田中首相も台湾の動向を気にしていた。日本は終戦直後、蒋介石総統の寛大な措置で多くの将兵が無事に大陸から帰還できたことに大きな恩義があった。自民党内にも台湾切り捨て反対の声が渦巻いていた。日中国交正常化は時代の大きな流れであったが、できるだけ台湾に礼を尽くし、経済・文化関係や人的交流は従来通り維持したいというのが、田中首相や椎名副総裁の意向であった。

椎名副総裁は台湾出発前に大平外相と会い、日中交渉では台湾にできるだけ配慮するよう求めたが、大平の対応は冷淡だった。昭和47年9月17日、椎名副総裁は首相特使として16人の自民党議員を引き連れて台湾を訪問した。台北空港には「椎名かえれ」などのプラカードを持ったデモ隊が押しかけた。空港から宿舎に向かう途中では椎名らが乗った車に石や卵が投げつけられた。18、19両日、椎名は蒋経国行政院長、沈昌煥外交部長ら台湾高官と相次いで会談した。日中国交正常化に踏み切らざるを得ない日本の事情と台湾とは引き続き経済・文化・人的交流を維持したい日本の方針を伝えたが、台湾側は中国と国交を結び台湾を切り捨てる日本政府の態度に怒りと恨みをぶちまけた。

それを椎名は沈痛な表情でひたすら黙って聞いていた。このとき、蒋介石総統は病床に伏していた。田中首相の蒋介石宛て親書を蒋経国に託したが、蒋介石の田中宛て返書もやはり厳しい内容だった。台北滞在中、台湾側主催のレセプション、午さん会、晩さん会はいっさいなく、椎名一行は宿舎のレストランで食事を済ませた。台湾側の厳しい空気を嫌というほど肌で感じて椎名一行は9月19日夕、帰国した。台湾訪問について椎名は後に「あの時は、ただ忍の一字だった」と述べている。

日米首脳会談のため羽田空港からハワイに出発する田中首相(右)を見送る椎名副総裁(中央)ら=毎日新聞社提供

日米首脳会談のため羽田空港からハワイに出発する田中首相(右)を見送る椎名副総裁(中央)ら=毎日新聞社提供

椎名が台湾から帰国した10日後、田中首相と大平外相は北京で周恩来首相と会談して日中国交正常化で合意し、文書に調印した。そして大平外相は日華条約破棄、日台国交断絶を正式に宣言した。日台関係はその後も紆余曲折があったが、椎名副総裁や灘尾日華議員懇談会会長らの努力によって経済・文化・人的交流関係は維持された。

1974年(昭和49年)8月15日、韓国のソウルで驚愕の事件が起きた。光復節の式典で朴正熙大統領が狙撃され、大統領は無事だったが、陸英修大統領夫人が死亡した。犯人は在日韓国人の文世光。犯行に使われた拳銃は日本の警察から盗み出し、日本の不正旅券で韓国に入国した。続々と明らかになる事実に田中首相らは顔色を失った。日本の警察の失態は否定しようがなかった。

韓国政府は犯行の背後に朝鮮総連の工作があるとして、総連の徹底的取り締まりを日本に強く求めた。韓国世論が激昂し、反日デモが繰り返された。事態を重視した田中首相は19日の陸英修女史の国民葬に出席し、日本政府として深い弔意を表し、朴大統領と会談して「事件の背後関係の究明に日本も全面的に協力する」と表明した。

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