「緑の回廊」でボルネオの野生生物を守る サラヤ社長
編集委員 滝 順一

今年10月に名古屋市で開かれる生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)。議題の一つは絶滅の懸念が指摘される希少な生物種の保護だ。手洗い消毒液や洗剤を製造するサラヤ(大阪市、更家悠介社長)はマレーシアの熱帯林や野生生物保護のため、英蘭系の日用品大手ユニリーバなどと肩を並べて活躍している。製品の「ヤシノミ洗剤」の原料であるパーム油を持続的に利用していくため、更家社長は「生物多様性保護とビジネスを両立させたい」と話す。
――ボルネオの野生生物保護を支援しています。始めたきっかけは。
「2004年に民放のテレビ番組の取材を受けたのが始まりだ。ボルネオでは、アブラヤシのプランテーション(大農園)の拡大に伴い、ボルネオゾウがすむ森林が減って、ゾウと人間社会の衝突が頻発している。小動物を捕らえるために人間が仕掛けたわなに子象がかかり、鼻や足にロープが食い込んで傷ついている。そんな現実を紹介する番組で、アブラヤシからとれるパーム油を利用する企業の経営者としてインタビューを受けた」

「私はその時まで、ボルネオの状況をよく知らなかった。取材を受けた後に、現地調査をしてくれる人をボルネオに送ったら、深刻な事態はその通りだった。ボルネオ北東部のキナバタンガン川下流域(マレーシア)には、ゾウやオランウータン、テングザルなど貴重な野生生物が生息する。保護区や保存林はあるものの、1990年代からの農園拡大で、森が分断され、動物が安全に移動できない。人間の生活圏に入り込み害獣として駆除されるなどして、個体数が減っていると知った」
「パーム油を用いた洗剤は環境に優しいと主張してきた当社としては、見過ごしにはできないと思った。同じ年の12月にクアラルンプールで開かれた、持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)に参加し、分断された森をつなぐ『緑の回廊』を提案した。また、マレーシアのサバ州野生生物局と協力して、ロープがからみついた子象2頭を救助した。その様子はテレビ番組でも放映された」
――「緑の回廊」づくりは何を目指しているのですか。

「農園によって分断された森林をつなげるのが回廊だ。保護区・保存林の間にある土地を確保するため、使っていない土地があれば所有者に寄付を求め、応じてもらえなければ購入する。不法占拠されている土地もあるので、州政府に働きかけて返還を促している」
「07年からヤシノミ洗剤の売り上げの1%を回廊づくりに投じ、8ヘクタールほどの土地を買い、サバ州認定の環境団体であるボルネオ保全トラスト(BCT)に信託した。回廊づくりは現在、BCTが中心となって進めている。また、オランウータンが川をわたって森の間を移動できるよう、手作りのつり橋をかけるプロジェクトにも取り組んでいる」
――土地を不法占拠するほど、ボルネオでの農園拡大への圧力は強いのですか。
「パーム油への需要が年々高まっているからだ。中国やインドなど新興国市場で食用や洗剤用などの需要が急拡大してきたのに加え、バイオディーゼル燃料の原料にもなり、今や石油価格と連動して値動きするエネルギー商品でもある。つくればもうかるので、土地利用とか環境とかにお構いなしに農園が拡大してきた」
――ほかの植物油脂では代替できないのですか。

「パーム油は世界で年間4000万トン以上が消費されており、植物油脂のトップだ。2位は大豆の約3700万トン、3位はナタネ油の約2000万トンと続く。パーム油が優れているのは生産性が高い点にある。1ヘクタール当たりで収穫できるパーム油は約3.7トンで、大豆の0.38トン、ナタネの0.76トンを大きく引き離す」
「消費の約85%は食用で、マーガリンやカップめん、チョコレートなどに使われ、非食用では化粧品やせっけん・洗剤、キャンドルなどに使われる。低コストであるため代替はむずかしい」
――さきほど言及されたRSPOとはどんな組織ですか。
「パーム油の生産者、流通業者、パーム油を使った製品のメーカー、自然保護団体、金融機関などが集まって、自然環境の保全とパーム油の供給を両立させていく方策を話し合っている。森林や水資源の保全、農薬使用の抑制など自然環境に配慮した農園経営の基準をつくり、基準に適合した農園で生産したパーム油を認証する。ユニリーバなど欧米企業のほか、日本でも大手の食品・洗剤メーカーが参加している」
――環境に配慮し持続可能な利用になる収穫基準を決め、認証する考え方は、森林や水産物でも始まっています。パーム油の認証の状況は。
「まだ供給が始まったばかりで、これから本格化するところだ。当社も認証されたパーム油を調達するメドはたったが、コストが高いので、どのように商品化するかを考えており、来年あたりには市場に出したい」
――生物多様性保護への貢献とビジネスをどう両立させるのですか。
「売り上げの1%をボルネオに使うのなら社員に還元すべきだとの声も最初は社内にあった。わかってもらうには、保護の必要性を肌で感じ取ってもらうことだと考え、研修として現地を訪れる機会をつくっている。ボルネオと日本は遠いように感じるが、地球環境の価値を従業員や顧客の人たちみなと分かち合うことが、企業の持続的な成長にも必要だと考える」
「企業としての社会的な使命とビジネスを両立させて利益を生む、新しいビジネスを考える必要がある。水処理やエネルギー関連事業など新規分野開拓に知恵を絞り、企業としての成長にもつなげていく」
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〈取材を終えて〉 生物多様性をめぐっても、気候変動の場合と同様に、環境問題だけでは割り切れない国家間・企業間の戦略や綱引きがある。
例えば、自然環境への負担を減らしながらパーム油の生産を続ける「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」の取り組みは、環境保全と経済を両立させる先進的な試みといえるが、環境団体の中には開発を正当化する手段にすぎないとの批判があることは注意しておく必要がある。
同時に、認証制度の活用で製品の競争力を高めようとする企業の思惑もそこにはある。RSPOの旗を振るのは欧州企業だ。国際標準化機構(ISO)の環境標準づくりなどでも欧州は世界を先導した歴史がある。
サラヤが、一見したところ利潤につながりそうもない多様性保護に早くから貢献し、パーム油生産国での存在感を高めていることは高く評価できる。中長期で見れば、環境保全をテコにした欧州企業の差別化戦略に対抗し、成長機会をみつけていけるに違いない。