香港からの「刺客」、高級寿司店の味を半額以下で
香港の寿司チェーン「板前寿司」が2014年5月27日、新業態「板前寿司 離れ」を、東京・西新宿にオープン。高級寿司店の味と雰囲気を半額以下で楽しめるのがウリだという。

板前寿司は香港の実業家リッキー・チェン氏が創業し、2007年に日本に"逆上陸"した外資系寿司チェーン。東京・築地市場の新春恒例の初セリで有名寿司チェーン「すしざんまい」と激しい競り合いを繰り広げたことで知名度を上げ、高級店レベルの寿司をカジュアルに低価格で提供し、人気となっている。
その板前寿司がなぜ今、高級業態を出店するのか。本当に半額以下の料金で、高級寿司店の味と雰囲気を味わえるのか。早速、オープン間もない店に足を運んでみた。


メニューは「おまかせ」2種類のみ
「板前寿司 離れ」の場所は西新宿1丁目。回転寿司など庶民的な飲食店が多い通りで、同店が入っているビルも1階が吉野家、2階がギョーザ専門店だ。建物の外観から高級感は感じられず、ロケーションも赤坂や銀座、六本木にある既存店のほうが高級感がある。
エレベーターで4階まで上がり、店に入ると中央に白木のL型カウンターがあり、それを取り囲むようにテーブル席やソファ席を配置。テーブル間はかなり近く、手狭な印象だ。
カウンターに座った瞬間、何か違和感があった。よく見ると、寿司店なのに冷蔵ケースがないのだ。カウンターの目の前が調理場で、カウンターとほぼ同じ高さにまな板がしつらえられていて、まるで割烹(かっぽう)料理店のよう。冷蔵ケースは使わず、提供するネタを桐(きり)の箱に入れ客に見せるという。




手が届きそうな距離で板前さんが次々に料理を仕上げていき、聞けば気さくに料理の説明をしてくれる。確かに格段に高級イメージが強く、1万~2万円くらいの料理が出る割烹のような雰囲気を楽しめそうだ(カウンターに座れればだが)。
品書きを見て、さらに驚いた。あるのは板長おまかせの2コースのみなのだ(7000円の「旬のお任せコース」と3500円の「旬のお任せにぎり」)。共通するのはつまみ、にぎり9貫と玉子、巻物、お椀で、7000円のコースにはさらに刺し身、焼き物、香の物がつく。7000円のコースを頼んでビールを2~3杯飲めば、1万円前後というところだろう。






9貫出たにぎりの一つひとつには、つまんでそのまま食べられるような仕事がしてある。客の手を煩わせないための心配りを感じるだけでなく、寿司の新しい魅力を発見でき、これで7000円ならコストパフォーマンスはかなりいいと感じた。
一方、素朴な疑問が湧いたのは3500円のコースだ。「お寿司を食べたい」と思ったとき、7000円の予算の客と3500円の予算の客では、選ぶ店が違うのではないだろうか。高級感を狙うなら、同じ7000円の価格帯で、内容が異なるコースにしたほうがいいように思うのだが……。
また、庶民的な飲食店が多い西新宿のこの場所で、なぜ高級業態を出店しようと考えたのだろうか。




"高級カジュアル寿司"でミシュランを狙うのか?
その理由について板前寿司の月木隼人氏は、「今回が初のターミナル駅への出店で、乗降客数世界一の新宿を選んだ。膨大な数の人が行き交うため、リピーターをつかむのが難しいと考え、周囲をきめ細かくマーケティングした」と語る。
そこで分かったのが、西新宿は価格競争が厳しく、ランチが650円、ディナーが3500円程度の価格帯の店が多い一方、専門性が高く、少し高くてもゆっくりくつろげる店が少ないこと。専門性なら寿司に優位性があると考え、既存店の"離れ"というコンセプトで高級業態にし、究極の満足感を追求する店にしたという。
既存店の平均客単価は2650円前後だが、同店は最も高い6000円前後を見込んでいる。「この店は板前寿司が次のステージに行くためのテスト店。グループの最高級店として、ミシュランを狙うのも面白いと考えている」(月木氏)。
板前寿司を利用するのは、回転寿司では満足できず、かといって高級寿司店はハードルが高すぎると考えている層。3500円のコースはそうした客に挑戦する勇気を与えるための"お試し価格"なのだそうだ。「『3500円でここまでおいしいものが食べられるのか』と驚いていただくことが狙い」と月木氏。
東京・築地市場の新春恒例の初セリで、「素材に金を惜しまない」というブランディングにも成功した板前寿司。その勢いに乗り、次は"高級カジュアル寿司"を武器に、ターミナル駅での寿司戦争に挑む。

(ライター 桑原恵美子)
[日経トレンディネット 2014年6月2日付の記事を基に再構成]