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男一人旅 どっぷり快感、竹富島で目覚めた素の自分

 「離島でひとり裸になる」を目的に、週休3日で訪れた沖縄県竹富島。絵はがきのようなビーチで憩い、サンゴを敷き詰めた集落で元気なおばぁと触れ合い、訪れた初日に、あっさり心を裸にされてしまった(前回、「南国の離島、竹富島で身も心も『裸族』」を参照) 。次はいよいよ、身にまとった衣を脱いで、体も裸になる番だ。せっかく手にした3連休なのだ。島の神様も、大目に見てくれるに違いない。

大きなヒップの「ゆうこ」にほれた

竹富島2日目の朝は、水牛車体験からスタート。宿泊した「星のや 竹富島」では、朝一番の水牛車に乗ることができる。集落内の乗り場まで車で送ってもらうと、なるほど、路地はすっかり掃き清められている。毎朝の掃除は、琉球時代から続く風習らしい。それだけでなく、年に2回ほどの大掃除もあるという。

路地の掃除には、いろいろな意味があるようだ。生活の場である島への感謝や、観光客に対するもてなし……。ハブを見つけやすくする目的もあるようで、これはいかにも沖縄の離島らしい。何でも、掃除をさぼると島内放送で、名指しで叱られるのだとか。それはかなり恥ずかしい。けれども、へたに法律などで取り締まるより効果がありそうだ。

さて、わが牛車を引くのは雌水牛の「ゆうこ」、16歳。人間でいえば46~47歳で、ベテランのキャリアウーマンというところ。角の花飾りがキュートだが、10人以上は乗れる牛車を軽々と引っ張る怪力の持ち主でもある。水牛は、農業に従事していたものが、機械化とともに"再就職"をして、現在は牛車のけん引で観光客を楽しませているというわけだ。

まだ、集落に人が出ていない時間に、水牛散歩ができるのは魅力だ

車が動き出すと、引き手のおじぃのガイドが始まる。水牛はとても賢く、ルートは完全に把握しているそうだ。S字やクランクもお手のもので、ちゃんと牛車の内輪差を考えてコーナーを曲がるというから恐れ入る。そんな「ゆうこ」の巨大なお尻に頼もしさを感じつつ、おじぃの島案内に耳を傾ける。

竹富島の家屋は、すべて南向き。屋根には必ず魔よけのシーサーが置かれているが、中央にあったり、右寄りだったり。聞けば、シーサーの位置は仏壇の位置を示すのだという。その真下に仏壇があり、シーサーがそれを守っているのだ。また、各家屋とも、路地からの入り口には「マイヤシ」と呼ばれる塀が立っている。これは目隠しとともに、疫病防止のためという。出入りは、家屋に向かって左側から行うのがルール。右側は神様の通り道だからだ。

どの民家も手入れが行き届いている。正面の石積みがマイヤシ

さらにおじぃは「集落にはまっすぐな路地はありません」と言う。確かにどの路地も奥までは見通せない。これも魔よけのため、わざと曲げてあるらしい。御嶽(おん)や神司(かんつかさ)、疫病防止、魔よけなど、島の人々の生活は、常に神とともにある。

水牛車観光の所要時間は、およそ30分。おじぃは最後に三線(さんしん)を取り出し、民謡の「安里屋(あさどや)ユンタ」を披露。自分はその間、「ゆうこ」の"運転技術"に感嘆させられっぱなしだった。

花飾りでおしゃれした美人の「ゆうこ」にぞっこん

85歳の元気なおじぃは、毎日が多忙

「ゆうこ」に別れを告げ、宿に戻ってきたのは10時過ぎ。部屋に戻る途中、プールのそばを通りかかると、何やら人が集まっている。のぞいてみると、何かをせっせと編むおじぃの姿。聞けば、島いちばんの民具づくりの名人なのだとか。月桃の茎で、ゴザを編んでいる最中なのだという。

これはこの宿で定期的に行われている「手業(てぃわざ)体験」で、宿泊者なら前日までに申し込めば体験できるらしい。実際に参加者たちが、おじぃの指導を受けながらゴザ編みにチャレンジしている。

ものの30分でゴザが完成。おじぃに島の話を聞くのも楽しみのうち

竹富島では昔から、月桃のほか、苧麻(ちょま)や阿檀(あだん)、クロツグなどの葉や茎を乾燥させて、民具が作られてきたという。その伝統は、現在でも受け継がれている。そんな話を聞きながら作業を眺めていると、あっという間にゴザが完成。手に取らせてもらうと、なるほどしっかりした造りで、切り口から月桃のいい香りがする。車のシートに敷くのにちょうど良さそうだ。

おじぃは民宿経営のかたわら、依頼に応じ、こうして出張してくるらしい。素材集めや乾燥、道具作りまで、すべて自分で賄う。「やることがいっぱいで、毎日ホントに忙しいねぇ」と、日焼けした顔で笑うおじぃは、何と85歳。この歳で「毎日が忙しい」というパワーは、どこからくるのだろう。昨日の島の食堂のおばぁといい、竹富島では、お年寄りが実に元気だ。

部屋に戻る途中でふと気付いたが、宿の敷地内の印象は、集落内を歩いている時と変わらない。地面は一面のサンゴの砂で、客室も石垣で囲まれ、路地も折れ曲がっている。建物の造りも同じで、もちろん屋根にはシーサー。

宿泊した離れの1棟1棟に供えられたシーサーは、みな表情が異なる

敷地の奥に高台が見えたので、そこに登り、周囲を眺め下ろしてみた。すると、昨夜、なごみの塔から見たのと同じ景色が広がっていた。まるで、1つの集落のようである。その中の1軒で、気兼ねをせずに裸になる。何となく、自分が島の住人になったような気がした。

島の中心部の集落と見まがうほど、島の伝統を受け継いだ星のや 竹富島の敷地内

「裸族」になって島時間を堪能

部屋に戻り、大きなソファでくつろぐ。客室は集落内の民家と同じく南向きで、窓を全開にすれば海からの風が吹いてくる。サンゴのかけらを敷き詰めた中庭の向こうには、マイヤシが立っているため、道行く宿泊客から見られることもない。

ひと汗かいたので、部屋に据えられたバスタブに湯を張り、汗を流すことにした。部屋の窓は全開のままだ。風呂から上がり、一糸まとわぬ姿のまま、再びソファにもたれる。湯上がりの体に、南国の風が心地良い。裸を目的に来たにもかかわらず、「裸って、こんなに気持良かったか……」と思うほどのたまらない快感。

いつもならこんなときテレビをつける。が、ここにはテレビがない。しかも、不思議に見たい欲求がわいてこない。何もすることがない。いや、ここでは何もしなくていいのだ。これを求めてきたのだから。陽の当たる中庭で、ブーゲンビリアの花が揺れている。時折迷い込んだかのように、蝶(ちょう)が飛んでいる。音といえば、たまに聞こえる鳥のさえずりぐらい。吹き込む風に身を委ねながら、思う存分にぼーっとする。

昼食を取った後、再びバスタイムを楽しむ。本来は、あまり長湯をするほうではないのだが、宿のラウンジで入手してきた泡盛をお供に、どのぐらいつかっていただろう。世間でよく言う「何もしないぜいたく」とは、このことか。

フローリングのリビングルームの延長上の空間に置かれたバスタブは、至福の時間を提供してくれる

誰にも気兼ねすることなく、ソファに寝そべり、音楽を聞き、お気に入りの小説を開き、泡盛を飲み、そして、うたた寝。そんなことを繰り返し、自分のためだけの「島時間」が緩やかに流れていく……。

宿のラウンジから借りてきた本で午後のひとときを過ごす

陽が傾き、風が少し涼しくなってきたかな……と思い始めた頃、夕食が運ばれてきた。実は、この宿を選んだもうひとつの理由が、部屋食ができることだった。さすがに、家族連れやカップルが多いリゾートホテルのレストランで、一人ポツンと食事をするのは、少々寂しい気がしたのである。

ルームサービスで石垣牛のハンバーグ定食と島の季節野菜を注文。写真は琉球畳の部屋

夕涼みを兼ねた食事を済ませると、虫の声をBGMに読書タイム。意外なほどに熱中し、気付けばもう夜中近く。もしやと思って庭に出てみると、都会では見ることのかなわない満天の星空だ。深呼吸しながら空を眺めているうち、いいことを思いついた。ここのプールは温水で、24時間入れるのだ。さっそく無人のプールに飛び込む。水面を漂いながらの星空観察など、この歳になって初めである。ああ、この時間、永遠に続かないものか。

さらば竹富――"丸裸"にしてくれてありがとう

週休3日の離島の旅も、いよいよ最終日。鳥の声で目を覚まし、泊まった離れの中庭に出て大きく伸びをする。石垣空港16時15分発の羽田行きANA92便に乗るには、14時45分の竹富島発フェリーで間に合う。チェックアウトは12時。まだ半日、島時間を楽しめる。

石積みの塀に囲まれた離れの中庭。相棒はハイビスカスと蝶と葉ずれの音

確か、「よんなー深呼吸」という、予約なしで参加できる朝のプログラムメニューがあったっけ。要するに、ストレッチ運動である。せっかくだから、プールサイドで行われていた30分のストレッチに参加。ちょっと体を伸ばすだけで節々が痛むことを情けなく思いつつ、それでもだましだまし、軽く汗を流す。そのまま朝食に行き、部屋に戻る。

この日の、よんなー深呼吸はプールサイドで。ビーチで行われることもあるという

もう、服を脱がずにはいられない。またもや「裸族」でバスタイム。羞恥心など、もはやゼロである。そのためなのか、ふと思いつく。普段旅行に行くと妻が必ずやる「スパ」。この宿にも「島時間スパ」なるものがある。これまで、「男がスパなんぞ」と思っていたため興味も湧かなかったが、ちょっと体験してみようか……。

そこでフロントに電話をしてみたが、あいにくと埋まっているという。残念。だが、スパを体験してみたくなった心境の変化には、自分でも正直驚いた。これも心が裸になった証拠、素の自分なのかもしれない。次回、女房と旅行に行くときは、「おい、スパに行くか」と言ってみるか。

チェックアウトをし、集落まで送ってもらう。日曜でもあるため、さすがに観光客が多い。この中でどれほどの人が、本来の竹富島を味わうのだろうと思いながら、初日にお世話になった食堂「たるりや」のおばぁにあいさつをして港に向かった。

石垣空港に着いたのは15時30分。搭乗ゲートへ向かいながら、そういえば島に滞在中、仕事のことなどほとんど頭に浮かばなかったことに気付く。それでいい。いやむしろ、そうあるべきなのだ。

島に来る前とくらべて、荷物は土産物で重くなっているが、心はとても軽くなっている。離島で自分を解放したから、というだけではない。ほんの1日休みを加えただけで、これほどの充実時間を過ごせたこと、体験できたこと自体がうれしいのだ。週末に1日休みを追加するというこの技、次はどこで使ってやろうか――。

(ライター 笹沢隆徳、写真 土屋明)

[JAGZY 2013年6月17日付の記事を基に再構成]

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