ポールソン回顧録 第4回「三菱UFJに書簡、モルガン救済支援」

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2010/6/29 7:00
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 リーマン・ブラザーズが経営破綻し、米保険大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が米政府の管理下に入った後、最大の焦点は米証券2位のモルガン・スタンレーに移った。同社株はリーマンショック後の3日間で42%も下落。米財務・金融当局はモルガンの破綻回避策として三菱UFJフィナンシャル・グループによる出資に期待を寄せる。
 ポールソン前米財務長官回顧録の4回目は、モルガン救済に向け、日本の財務省や三菱UFJとやり取りを繰り広げた2008年9月20日から10月13日までの記録から。主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議をとらえ、ポールソン氏は中川昭一財務・金融相(当時)に協力を要請。三菱UFJには書簡を送った。

モルガン・スタンレー、存続危ぶまれる状況に

2008年9月20日(土曜日) わたしは投資銀行の窮状から注意をそらさずにいた。午前中の早い時間から、ニューヨーク連銀総裁のティモシー・ガイトナー(現財務長官)と何回も話をした。わたしには、時間に追われながら電話をしていると、用件だけを駆け足で伝えて「では」と言って切る癖がある。慣れていない人は機械を相手にしているように感じるだろう。あの朝、何度もガイトナーに電話をかけるはめになったのも、いつも性急に話を切り上げすぎていたからだ。

ヘンリー・ポールソン氏(Henry Paulson)1946年フロリダ州生まれ、64歳。ハーバード経営大学院で経営学修士を取得後、米国防総省入り。74年に米ゴールドマン・サックスに入社し、98年に同社の最高経営責任者(CEO)に就任した。2006年7月にゴールドマンCEOから第74代米財務長官に転じ、オバマ政権に引き継ぐ09年1月まで務めた。

ヘンリー・ポールソン氏(Henry Paulson)1946年フロリダ州生まれ、64歳。ハーバード経営大学院で経営学修士を取得後、米国防総省入り。74年に米ゴールドマン・サックスに入社し、98年に同社の最高経営責任者(CEO)に就任した。2006年7月にゴールドマンCEOから第74代米財務長官に転じ、オバマ政権に引き継ぐ09年1月まで務めた。

週末にわたしのもとには、モルガン・スタンレー最高経営責任者(CEO)のジョン・マックから落胆を誘う知らせが何度も届いていた。モルガン・スタンレーは存続がきわめて危ぶまれる状況にあり、マックはすさまじい重圧にさらされていた。だが彼は、身売りだけは何としても避けたいと考えていた。この時点では彼もわたしも、中国投資有限責任公司(CIC)とのディールに暗い見通しを持っていた。それでもわたしは、夜になったら王岐山・中国副首相(金融・貿易担当)に直談判してみると請け合った。

マックはアジアのもうひとつの巨大金融機関、三菱UFJフィナンシャル・グループとも交渉をはじめており、わたしよりも戦略的出資を受ける可能性に楽観的だった。しかし、モルガン・スタンレーの陥った状況を考えると、三菱UFJが果たして迅速に動けるのかどうか、わたしには疑問だった。

「今週末までには解決策を見つけなくてはいけない」わたしはマックに念を押した。

「ハンク、モルガン・スタンレーを売却すべきなのでしょうか」

「モルガン・スタンレーの経営破綻は途方もない帰結を生むはずだ。可能なら売却すべきだと思う」

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