SARVH対東芝の補償金訴訟、27日に判決へ
これまでの経緯を振り返る
私的録画補償金管理協会(SARVH)が東芝を相手取って起こしている、私的録画補償金をめぐる民事訴訟〔平成21年(ワ)第40387号〕について、東京地方裁判所は2010年12月27日に判決を言い渡す。アナログチューナー非搭載のDVDレコーダーに対し補償金を課金すべきか否かについて、初の司法判断が出ることになる。
補償金をめぐっては、制度の維持・拡大を主張する権利者側と、現行制度の廃止を主張するメーカー側との間で長年にわたり論争が続いており、判決内容によっては、今後の補償金制度の方向性にも影響を与える可能性がある。
デジタル専用機は対象機器に該当するか、メーカーの協力義務の強制力は
今回の訴訟は、SARVHが2009年11月に東京地裁に提起したもの。東芝が2009年2月に発売したDVDレコーダー「RD-E303」「RD-G503K」「RD-G503W」の2機種3モデルについて、私的録画補償金を支払うよう求める訴えである。争点は主に2つ。(1)アナログチューナーを搭載しない、デジタルチューナーのみのDVDレコーダーでの録画は補償金の対象となるか否か、(2)対象機器である場合に、メーカーは協力義務により補償金を支払うべきか否か――といった点である。
(1)に関する東芝の立場は、地デジの複製について補償金が必要か否かは文化審議会で結論が出ていない状態にあるというもの。そうした法的根拠が不明確な状態のままで、ユーザーから補償金相当額を徴収することはできないとの主張だ。一方のSARVHは、アナログ非搭載のDVDレコーダーが補償金の対象か否かを2009年9月に文化庁著作権課に問い合わせ、対象であるとの回答を得ており、これを基に補償金が必要と主張している。また、現行の著作権法では録画機器がDVDであれば対象であると解釈され、放送波がアナログかデジタルかに左右されないとの立場を取っている。
(2)については、日本の著作権法では支払義務者を対象機器のユーザーと定めている。メーカーに対しては著作権法第104条の5において、補償金徴収の協力義務規定を設けており、機器の販売時に、販売価格に上乗せする形で補償金を徴収して、それを半年ごとにまとめてSARVH(私的録音補償金の場合は私的録音補償金管理協会=sarah)に支払うよう規定している。この第104条の5をどう解釈するかが争点となっている。
第2回の口頭弁論において東芝側代理人は「第104条の5は義務を有すると解釈するものではなく、間接的な協力によって補償金の運営が円滑に進むよう規定したものと考えている。当社は実質かつ任意に補償金の徴収に協力している」と主張し、協力義務規定に強制力はないとの立場を示した。これに対しSARVH側代理人は「我々は義務だと思っている」と語り、東芝が義務を負いながら徴収を怠った責任を法的に問えると主張している。
激論の歴史は30年以上、ダビング10実施の裏で矛盾が噴出
私的複製と補償金をめぐる歴史は、権利者側とメーカー側との争いの歴史でもある。補償金が最初に議題として挙げられたのは、1977年に始まった著作権審議会 第5小委員会。当時はカセットデッキやカセットテープが主流だったころ。当時の私的複製といえば、ラジオ番組を録音する「エアチェック」や、貸しレコード店で借りてきたレコードからカセットテープへの録音などが主であった。
昭和から平成に替わり、1991年になると、DAT(デジタルオーディオテープ)やMD(ミニディスク)といったデジタル方式の録音機器が台頭。個人でも無劣化の複製が簡単かつ大量にできる時代になり、増加傾向の私的複製に対処すべく著作権審議会 第10小委員会で補償金導入の方針が決まった。法改正を経て、1993年に私的録音補償金制度がスタート。私的録画補償金制度も1999年に始まっている。
補償金をめぐる現在の議論の端緒となったのは、2005年のいわゆる「iPod課金」。HDD内蔵の携帯音楽プレーヤーに対する課金をめぐり、権利者側とメーカー側が鋭く対立。メーカー側は、デジタル機器とインターネットの普及により個々の複製行為を正確に把握可能になるとして、DRM(デジタル著作権管理)と契約をベースにして複製の対価を支払う新制度を創設し、"どんぶり勘定"の補償金は廃止すべきだと主張した。
こうした議論を経て2006年以降、文化審議会で補償金制度そのものの抜本的な見直しが始まった。私的録音録画ついて、中長期的に補償金制度を縮小・廃止し、DRMと契約ベースでの対価支払いに順次移行するという、いわゆる「20XX年モデル」が文化庁から提案された。権利者側・メーカー側ともそうした方向性には理解を示したものの、当面の補償金制度のあり方で対立が解けず、結局2008年末に抜本見直しは棚上げとされ、現在に至っている。
同じころ、情報通信審議会では地デジのコピー制御方式の見直しに関する議論が進められていた。複製を作ることができるのは1回まで、以降はムーブのみという「コピーワンス」では厳しすぎるとして、複製を9回まで認める「ダビング10」とする方針が固まった。ただし権利者側はダビング10を認める条件に、コピー制限の緩和により増加する複製への対価として、現行の補償金制度を維持することを挙げた。しかし文化審議会での補償金見直しは難航。当初2008年6月2日としていたダビング10の実施日を、無期限延期する事態となった。
同年8月8日からの北京五輪までにダビング10が実施できない恐れが出てきたことから、関係省庁が急きょ打開策を協議。同年6月の経済産業相・文部科学相会談で、ダビング10を実施する代わりに、ブルーレイ・ディスク(BD)を補償金の対象に含めるという政治決着を図り、これによりダビング10は五輪前の同年7月4日にスタートすることができた。
しかし、このことが新たな火種を生む。今回問題となっている、アナログ非搭載機の扱いだ。デジタル放送の録画に対する補償の必要性については、「複製されている以上は補償すべきだ」とする権利者側と「複製の可否をコントロールできるのだから補償は不要」とするメーカー側の間で、深い溝があった。ところが経産相・文科相会談では、当時アナログチューナー非搭載のBD/DVDレコーダーがなかったため、「BDを(補償金の対象機器として)政令に追加したとしても、関係者の意見の相違が顕在化することはない」と判断。緊急の課題であったダビング10実施を優先するため、議論を煮詰めないまま見切り発車したのである。
東芝がアナログ非搭載のDVDレコーダー「RD-E303」「RD-G503K」「RD-G503W」の2機種3モデルを発表したのは、翌2009年の1月22日、発売は同年2月1日である。政治決着で先送りしたはずの矛盾は、1年も経たずに再び噴出してしまった。
難しい対応迫られるSARVH、地デジ完全移行で"兵糧攻め"の可能性も
今回の判決は、一連の補償金をめぐる論争の中で初めての司法判断となるため、関係者の注目が集まっている。一方、一審の地裁判決であることから、今回の判決で確定とはならず控訴される可能性も高い。
しかし、SARVHにとって訴訟は時間との戦いでもある。東芝に続き、パナソニックやソニーもアナログチューナー非搭載のBD/DVDレコーダーを発売しており、これらの製品の分は補償金を支払っていない。現時点ではアナログチューナーを搭載した製品を販売するメーカーも多いが、2011年7月のアナログ停波以降は、市販のBD/DVDレコーダーがすべてアナログ非搭載機に切り替わっていく。その際に判決が確定しておらず、各メーカーが東芝と同様の対応を取れば、SARVHは仮に一審で勝訴しても収入が途絶えるという"兵糧攻め"に遭うことが考えられる。
実際、口頭弁論ではSARVH側代理人が「被告は主張を細切れにしようとしているのではないか」といらだちを見せ、東芝側が引き延ばし戦術を取ってくることを警戒していた。あくまで筋を通して戦い抜くか、それとも早期決着の道を模索するか。難しい対応を迫られそうだ。

(日経パソコン 金子寛人)
[PC Online 2010年12月24日掲載]
関連企業・業界