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無駄なやつは一人もいない

本田宗一郎のDNA(後編)

 ホンダでエアバッグを開発した小林三郎氏(現在は中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授、元・ホンダ 経営企画部長)が、ホンダ流のアプローチを紹介しつつイノベーションの本質に迫る本連載。今回は、14回にわたって続けてきた本連載の最終回である。前回に引き続き、イノベーションや技術、そして会社は何のために必要なのかについて、本田宗一郎氏の言葉やそれを受け継ぐ仕掛けとの関連の中で考える。(日経ものづくり編集部)

ホンダは、3つの喜びと人間尊重を基本理念・哲学にしているが、哲学だけでイノベーションが実現できるわけではない。本連載の前回で述べた通り、「行動(技術)なき理念(哲学)は無価値」なのだ。

図1 ホンダ流イノベーションの見取り図

そこでホンダは、理念・哲学を実際の行動に結び付ける、「企業文化」と幾つもの「仕掛け」を培ってきた(図1)。人間尊重はホンダの企業文化として、3つの喜びは目指すべき目標として、ホンダ社員の体に染み付いている。

こうした企業文化や仕掛けが、イノベーションを強力に後押しするのだ。例えば本連載でも以前に紹介した「絶対価値」や、本質的な目標を簡潔に表現する「A00(エーゼロゼロ)」、3日3晩の合宿で1つのテーマについて徹底的に議論する「ワイガヤ」といった仕掛け、熟慮を経ていない発言に対して徹底的に叱りつける文化や学歴無用のフラットな組織という企業文化が、いわば加速装置のような役割を果たしてイノベーションを推し進める。こうした企業文化と仕掛けがホンダ独特の「熱気と混乱」を生んでいるのだ。

もちろん企業文化や仕掛けと、哲学は、強く呼応し合っている。ワイガヤは自律、信頼、平等を前提とする人間尊重なしには成り立たないし、A00は3つの喜びを基本として考えなければならない。

こうした哲学に立脚してイノベーションを加速するホンダ流は、実体験を通じて形成された。ただ、仕掛けづくりに関しては、3代目社長の久米是志さんの存在が大きかったと思う。

A00を導入したのは久米さんだし、ワイガヤを始める際にも久米さんが深く関わったといわれている。もともとおやじ(本田宗一郎のこと)は、「技術の前に哲学がなきゃ駄目だ」とか「素人に分かりやすく説明できないようじゃ、おまえは分かっていない」ということを常に社員に話していた。時には「おまえたちはこれが本当にお客様の価値だと思っているのか」と涙を流しながら殴りつけることもあった。

久米さんたちはそうやって直接鍛えられたが、おやじが第一線から遠ざかっていった時期、どうすればいいかを真剣に悩み、熟慮に熟慮を重ねたのだと思う。おやじは天才だから、普通の人間には同じことはできない。そして、何とかしておやじのDNAを引き継ごうとしてたどり着いたのがA00であり、ワイガヤだったのではあるまいか。

高い志と強い想い

実はもう一つ、ホンダ流イノベーションの必須条件がある。技術者が高い志と強い想いを持つことだ。ホンダでは、技術者個人の自由と裁量に任されている領域が広い。技術者のやる気がなくなったら、いくら本質に根差した哲学があり、イノベーションの加速装置を備えていても全く役に立たない。すべてが一瞬にして崩れ去ってしまう。そのため、技術者を叱咤(しった)激励して、やる気を引き出す必要がある。

ホンダでエアバッグを開発した小林三郎氏(現在は中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授、元・ホンダ 経営企画部長)。 (写真:栗原克己)

この役割は、経営陣が担わなければならない。これこそ、まさに人づくりなのである。財務体質が改善すれば企業が良くなったように見えるが、あくまでも短期的なものだ。中長期的に会社を良くし、競争力を高めるには人づくりしかない。だから、経営者や役員は、人づくりのために時間の3~4割を使う必要がある。今のホンダにそれができているか。筆者はホンダを離れて6年以上たつが、気に掛かるところである。

たくさんのおやじのスピーチが印象に残っているが、「無駄なやつは一人もいない」と関係する話をよく覚えている。こんな内容だ。

「うちはバイクとクルマを造っているが、人によって向き不向きがあるはず。この分野で全員が100%の能力を発揮できるわけじゃない。輝くダイヤになるやつもいるけど、石のままのやつもいるだろう。だけど俺にとっては石もダイヤも同じくらい大事なんだ。だからみんな、一生懸命ベストを尽くしてくれ。ところで、今日はあんまりダイヤがいないなぁ(笑)。でも大体な、おまえら。人にぶつけるときは石の方が便利なんだぞ」。そこで、みんながドッと沸いた。あ、おやじは心底そう思っているんだなと分かったからだ。

そして、みんなベストを尽くした。

【今回のバカヤロー!】 「目的は利益だ」

最近は米国流の経営がすごい勢いで広まっていて、利益を第一に考える経営者が増えている。中には「我が社の目的は収益を上げること」と言い切る経営者もいる始末。果たしてそうだろうか。

ホンダは、利益を結果と考える。我々がすべきことは新しい価値を生み出し、それを顧客に提供して喜んでもらうこと。その結果、バイクやクルマが売れて収益を上げられるのである。では、利益第一と考えるのと利益は結果と考えるのでは何が違うのか。最大の違いは、利益第一にすると、顧客をだますという悪魔の誘惑にさらされることだ。

もちろん、利益第一と考えている企業のすべてが顧客をだましているわけではない。そんな企業は多くないことも承知している。しかし、無視できるほど少数の例外でもない。業績が悪化して、当面回復が見込めないとき、悪魔がささやき始める。高級料亭による前の客の料理の使い回し、老舗の和菓子店による製造日の改ざん、食品メーカーによる産地・原料偽装などが相次いで発覚したのはわずか4~5年前のことだ。

顧客をだますことが経営者の直接の指示によるとは限らない。経営者が利益至上主義を打ち出すと、部下はトップの顔色を見るから会社全体が利益至上主義に染まっていく。さらに現場の判断で、顧客をだますまではいかないまでも、都合の悪い情報にはわざと触れなかったり、責任や損失を他の部署や取引先に押し付けたりと、さまざまな"利益拡大"のテクニックが駆使されることになる。こうした情報は上には流れないので、経営者は自身の利益重視の経営が功を奏して経営改革が成功したと勘違いする。

しかし、そんなことは長くは続かない。ある日、一気に付けが回ってくる。「目的は利益」と言っている経営者のおまえ、バカヤローだ。

(連載終わり)

小林三郎(こばやし・さぶろう)
 中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授。1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。2012年7月30日に「ホンダ イノベーションの神髄」(日経BP社)を上梓。

[日経ものづくり2010年7月号の記事を基に再構成]

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