スマートフォンでルール激変 日本勢巻き返しの糸口は
「ガラケー」はなぜ負けたのか(4)
スマートフォン(高機能携帯電話)ではハードウエアの心臓部でも大きな変革が起きていた。主役は半導体メーカーの米クアルコム。「Android(アンドロイド)」で基本ソフト(OS)の勢力図を根底から変えた米グーグルと強固な関係を築き、モデム機能を搭載した半導体で市場を席巻しつつある。それはパソコンで米マイクロソフトの「ウィンドウズ」と米インテルのMPU(超小型演算処理装置)が世界標準を握った「ウィンテル」の再来でもある。新しいルールが広がるなか、出遅れた日本勢が巻き返す糸口はあるのだろうか。
グーグルとタッグ スマートフォンで地位確立

「気づいたときにはスマートフォンがクアルコム1色になっていた」(関係者)――。クアルコムが開発した携帯電話向けの高速CPU(中央演算処理装置)「Snapdragon(スナップドラゴン)」が世界のスマートフォン市場を席巻している。日本の携帯電話会社3社が夏モデルとして発表した新型スマートフォン18機種のうち、13機種でスナップドラゴンの搭載が決まっている。
転機は「アンドロイドOS」の登場だ。同OSの最新版で稼働するようチップセットをチューニングし、「各メーカーが独自に作り込む手間を省くことで採用された」(クアルコムジャパン)のだ。LTEなど最新の通信方式に対応した「モデム機能」もチップに統合し、小型・省電力というスマートフォンに必須の条件を満たした。
クアルコムは2000年から商用サービスが始まった通信方式「CDMA2000」用のモデムチップを開発・製造するなど無線通信用半導体の技術蓄積が厚く、無線通信技術にかかわる特許を数多く持つ。グーグルとは世界初のアンドロイド端末「T-Mobile G1」(台湾HTC製)にチップセットを供給するなど親密な関係を築いてきた。
急速に進むハードのコモディティー化
スナップドラゴンに搭載された「モデム機能」とは携帯電話に内蔵する通信処理機能のこと。平たく言えば、電話機やコンピューターを回線につないで音声や画像などのデータをやりとりする中核の技術だ。「かつてはどの端末メーカーも独自にモデムを作っていた」(端末メーカー幹部)。「HSPA+」や「LTE」などの通信方式でも携帯電話がスムーズにつながるのは、モデム部分と端末の各機能がうまく連携するからだ。
「2001年に始まった第3世代携帯電話サービスの前は、エンジニアが標準化機関『3GPP』の仕様書を読み解いてモデムを実装していた」(端末メーカー幹部)。技術者はモデムの「つながりやすさ」を競い合い、優れたモデムの開発がメーカー間の競争の優劣を決めていた。それができない企業は携帯電話市場には参入できないほど、高いハードルだった。
ノキアの携帯電話用OS「シンビアン」を開発していた英シンビアンにも、シンビアン搭載の端末を通信会社のネットワークにつなぐための専門エンジニアがいた。携帯電話は電話がかかってきた瞬間に応答するなど高度なリアルタイム処理が求められる。「特殊な技能を持つエンジニアは世界を見渡しても10人くらいしかいなかった」(関係者)という。
こうした技術は、いつのまにかスナップドラゴンなどチップセットの中に納められて端末メーカーに供給されるようになった。スマートフォンの市場でハードのコモディティー(汎用品)化が急速に進んでいったのだ。
業界標準の座をつかんだ一握りの企業は大きな利益を享受できるが、それ以外のプレーヤーは「薄利多売」のビジネスを余儀なくされる。パソコンなど多くのIT(情報技術)で起きた状況が今も繰り返されようとしている。
iモードを研究し尽くしたアップルとグーグル
日本のNTTドコモは99年にサービスを始めた「iモード」で一つの生態系(エコシステム)を構築した。通信会社が主導して、通話、データ通信、コンテンツ(情報の内容)配信を含む電子商取引、課金といった一連の機能を作り上げたのだ。
それは通信会社と端末メーカー、コンテンツプロバイダーが共存して高度な通信サービスを実現した世界初の事業モデルだった。ドコモはこの環境を海外に輸出しようとして、世界の通信会社や端末メーカーと提携したが、端末・ネットワーク性能の違いなどが足かせとなり頓挫した。

だが、iモードのモデルを徹底的に研究していた企業があった。米アップルとグーグルである。まずアップルはスマートフォンの先駆けである「iPhone」と音楽配信サービス「iTunes」を武器に、ハードとソフト、サービスの「垂直統合モデル」を確立。グーグルはアンドロイドOSによるオープン化戦略で、世界の端末メーカーの心をつかんだ。グーグルのオープン化戦略で大きな役割を果たしたのが、スマートフォン端末開発のハードルを下げたクアルコムだった。
スマートフォンの基幹技術で米国勢が主導権を握るなか、世界最大の携帯電話メーカーであるノキアも後退。一方、台湾HTC、中国華為技術(ファーウエイ)など低コストの労働力を持つ新興勢力がシェアを伸ばし始めた。
端末メーカーが他社と差異化できるポイントは、端末に搭載するアプリ、機器の使い勝手や操作性、デザインなど。早くも消耗戦の様相を呈している。
「ガラスマ」で狭小市場に閉じこもる危険
携帯電話業界では従来型の機種からスマートフォンへの移行が進み、「スマートフォンなしではシェア上位に入れない」傾向が顕著になっている。10年に世界シェア4位に入ったリサーチ・イン・モーション(RIM、カナダ)と5位のアップルは独自路線で強みを発揮。RIMは強固なセキュリティー機能を持つ「BlackBerry」で企業から支持を得た。
日本勢に反転攻勢のチャンスは巡ってくるのだろうか。
携帯業界では「ガラスマ」という言葉がよく聞かれる。「ガラパゴス・スマートフォン」を略したもので、日本の携帯電話(ガラケー)で定着した機能を搭載したスマートフォンという意味だ。ただし日本独自の進化を遂げて袋小路に入ろうとしている端末戦略のことを指す場合もある。「端末がスマートフォンに変わっただけで、ガラパゴス携帯と同じことをやっているのではないか」。そんな危機感も含んでいる。

5月中旬、ドコモとKDDIの新製品発表会では、「おサイフケータイ」「赤外線通信」「ワンセグ」などの機能を搭載したスマートフォンが続々と登場した。KDDIの田中孝司社長は「グローバルフォンとガラスマの区別をなくしたい」と会見で発言。日本発の技術を世界に発信する意気込みを示した。
だが、日本の消費者が満足するような仕様を突き詰めるほど端末の機能が増え、海外では売れない高価な端末を作ってしまう危険性もある。それでは「ガラケー」の繰り返しになってしまう。
国内の狭小市場に閉じこもらない戦略はある。野村総合研究所情報・通信コンサルティング部の北俊一・上席コンサルタントは「プラットフォームは世界共通を採用し、各国で求められる特殊機能を付加するような開発・製造の体制を作ればよい」と提案する。例えばソニー・エリクソン。製造工程の途中までは世界共通だが、国ごとにカスタマイズ可能な製造ラインを構築している。
「決済」「セキュリティー」など独自技術を世界に発信
野村総研の北氏とともに「ガラパゴス携帯電話」という言葉を唱えたA.T.カーニーの吉川尚宏氏は「従来モデルを踏襲したままでは生き残れないのは明白」と指摘、世界市場を視野に入れた標準技術の確立を目指すべきだという。
「おサイフケータイ」は、日本にとどまらず世界規模での事業モデルとして展開できる潜在能力があり、「一つの産業になり得たはずだ」(同)という。今後、そうした可能性がある分野として吉川氏はセキュリティーを挙げる。
これまで安心・安全が大前提だった携帯電話と異なり、パソコンの進化形の一種ともいえるスマートフォンでは、セキュリティー機能の需要は格段に高まる。日本の携帯電話業界が作り込んできた高度な安全性の仕組みを、スマートフォンにも実装できれば世界で通用するモデルになる。例えばユーザー認証の方式でも、ソフトや半導体に機能を盛り込み、スマートフォンに移植することが考えられる。日本の総合電機メーカーには、「クラウドとの連携」や「センサー技術との組み合わせ」など新しいソリューション事業を立ち上げる力があるはずだ。
今年、スマートフォンの出荷台数は携帯電話全体の半数に届く可能性がある。「ガラケー」での教訓をベースに、どうすれば新しいビジネスのルールを築けるか。進化のスピードが速まるなか、日本勢に残された時間は少ない。