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宇宙データで世界を変える 「ハッカー」2000人の挑戦

宇宙観測データを活用して、人類の課題を解決するサービス開発を――。米航空宇宙局(NASA)や宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの協力を得てこんな世界的なプロジェクトが動き始めた。NASA、JAXAなどが蓄積してきた膨大な宇宙や地球の観測データを使い、日常生活で役に立つソフトなどの実用化を目指す。世界中のハッカー(=開発者)が集い、これまで「縁遠い」「夢の世界」と思われてきた宇宙データを生かして、教育や娯楽、知的生産性を高めるためのツールの開発を競っている。

「床に寝転がって天井を見上げると無重力のような感覚が味わえる。小学校や中学校で使って欲しい」。参加者の一人、犬飼博士さんのチームは、国際宇宙ステーション(ISS)の窓から見える地球の姿をプロジェクターを使って簡単に再現できるシステム「CO-CUPOLA(コ・キューポラ)」を開発した。4月21、22日に日本で開かれたイベントで最優秀賞を受賞した。

NASAが収集したISSの軌道位置をもとに計算したリアルタイムの飛行位置から、地球の姿を表示できるプログラムだ。自宅や学校のプロジェクターをインターネットに接続するだけで、実物大の大きさでISSからの景色を体験できる。「子どもたちに宇宙に興味をもってもらうきっかけとなれば」(犬飼さん)との思いで開発した。

犬飼さんは、普段会社員としてゲームの企画に携わる。「NASA、JAXA、宇宙観測データと聞くだけでかっこいい、ワクワクする。『地球規模の問題を解決』というお題を見て、飛びついた」という。「会社では、日々収益を求められる。一つのことをテーマに『何でもやっていいよ』と言われて初めて、革新的なアイデアを生み出すことができた」と今回のイベントの醍醐味(だいごみ)を語る。

犬飼さんが参加したのは、全世界15カ所以上の都市で並行して開催されたアプリ開発コンテスト「International  Space Apps Challenge」だ。米国政府が進める「オープンガバメントパートナーシップ」(政府のオープン化)の一環だ。

「政府が保有するデータを世界中の科学者や市民が協力して活用、地上や宇宙空間での課題解決に使ってもらおう」というのが大きな狙いだ。開発テーマは、「ソフトウエア」「オープンハードウエア」「市民科学」「データ可視化」の4つ。日本のほか、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ブラジル、ケニア、インドネシアのほか、南極大陸やISSを同時中継しながら開発を進める。日本でのイベントは「International  Space Apps Challe Tokyo運営委員会」や東京大学空間情報科学研究センター(CSIS)が運営に携わった。「インドネシアの参加者、議論の活発さに驚かされる」と運営委員の古橋大地さん。東京会場では、約50人の開発者ら、全世界では2000人以上の参加となった。

 各会場には、ISSで活動する宇宙飛行士から激励のメッセージも届けられた。「宇宙データを使った世界規模の開発イベントは初めて」(JAXA広報部長の寺田弘慈さん)という。

同イベントの成果は多彩だ。NASAなどが収集した惑星の形状などをいつも肌身離さず身につけていたい、というニーズに応えるために開発されたのは、「Artistic Data Materialization(アーティスティック・データ・マティリアライゼーション)」。

チームのリーダーは多摩美術大学で教授を務める久保田晃弘さん。自分の生まれた日の地球、太陽、月の3点の座標など天体情報をもとに3次元プリンターや工作機械を使い、アクセサリーや日用品をつくることができる。久保田さんは、「誕生日や記念日、子どもの誕生日に惑星の位置を配置するなど、用途が広がっていけば」と期待する。「美大では、ソフトウエア開発ができる人を探すのは難しい。自分のアイデアを形にできてうれしい」と満足げだ。

「暗いところでは、星の写真を撮るのは難しいのでは」「その処理は負荷がかかるのでサーバー側で処理した方がいいのでは」「パワーポイントでの見せ方考えます」…。「世界中の人と夜空や星への思いを共有する」というアイデアをもとに、初めて顔を合わせたメンバーが早速、議論を始めた。リーダーの山本光穂さんは、普段はカーナビ向けの地図情報サービスの研究・開発を担当する。

「土日も削って参加するのは、宇宙という一つのテーマを与えられ、社会に役立つアプリを開発でき、純粋に楽しいから。仕事で使っている技術もこのご時世、すぐに陳腐化してしまう。常に最新の技術に触れていたい」と山本さんは話す。同グループの山口貴之さんも「普段、業務で担当している分野とは全く別の領域の人から最先端の技術を学ぶことができる」と参加した。

 2日間かけ、同チームが開発したウェブアプリ「LinkAStar(リンカスター)」は、iPhone(アイフォーン)やアンドロイド端末やウェブブラウザーに対応。AR(拡張現実)技術を使い、端末を夜空にかざし約9000個の星から、「チェックイン」したい星を選択。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上で世界中の人と書き込んだメッセージを共有することができる。英・ハーバード大の天文台が作った星表データを基に開発した。山本さんは、「今後は星の数を増やしたり、お薦めの星を表示するなど継続して改良していきたい」と意気込む。

そのほか、小惑星イトカワや月面の撮影データを使い、実際に惑星や月面を歩いているような体験ができるソフトや、地球の磁力線を通して地球の裏側にいる人とつながることができるウェブサービスなどが発表された。

「宇宙観測などのビッグデータを使えば、今回のようなサービスに加え、温暖化や食糧問題など、地球規模の問題を解決することができる」と話すのは、イベントの審査員を務めた慶應義塾大学システム・デザインマネジメント研究科の神武直彦准教授。同じく審査員で元宇宙飛行士の山崎直子さんも「膨大にある宇宙観測データも使われてこそ。橋渡しの役割をしてくださったことに感動した」と講評した。

ただ、イベントを通じ、「NASAやJAXAが公開しているデータそのものでは使いにくい」という声も聞かれた。同イベントに開発者として参加したJAXAの山本幸生さんの本業は、宇宙の観測データの収集。「これまでは、広く活用してもらいたい、と思っていても一般のエンジニアがどのように使いたいと思っているか分からなかった」と話す。山本さんも、民間企業に勤める開発者らとチームを組み、自分が生まれた時点で放たれた光が宇宙空間でどこにいるのかを表示してくれるサービスの開発に参加した。短期間のイベントによって生まれた人的交流も貴重な収穫だ。

このイベントでは、「ギットハブ」とよばれるSNSの要素を含む設計仕様が公開されたソースコード管理・共有サービスが使われた。誰が、どの時点でどのようなソースコードを書き加えたかなどが一目で分かる。今回のイベントも完成したコードは、「全世界に仕様を公開する」というのが原則だ。イベントの運営責任者の関治之さんは「次のイノベーションの芽につながるアプリが生まれれば」と期待する。

星にメッセージを書き込み、共有できるウェブサービス「LinkAStar」、3次元プリンターで宇宙の観測データなどを加工してアクセサリーを作ることができるソフト「Artistic Data Materialization」が日本代表として5月の世界大会に進む。これまで、莫大な費用と時間をかけ、蓄積されてきた宇宙観測データ。今回のような活動は、宇宙が人々の生活に少しずつ身近となっていくきっかけとなりそうだ。

(電子報道部・杉原梓)

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