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ビッグデータを支える「センサー」に落とし穴、今こそ知恵絞る時

ネット業界で今、旬のキーワードの一つが「ビッグデータ」だ。世界的に強烈な勢いで増え続けるウェブやミニブログの情報をはじめ、それに付随したユーザーの位置情報や取引の履歴、機器の稼働状況などの集合体で、従来型のデータベース管理システムでは扱えないほど巨大で複雑なデータ群のことを指す。このビッグデータをうまく使うことで、これまでになかったような高付加価値のサービスを生み出せるのではないかと期待されている。

このビッグデータは、スマートシティやスマートグリッドの進展にも影響を与える。例えば全国各地の気温や湿度のデータ、スマートメーターから得られる電力使用状況のデータ、消費者の外出状況の把握などによって電力需給の調整をするといった応用が考えられる。大胆に言えば、スマートシティはビッグデータの塊なのである。

ここで立ちはだかるのが、データ収集手段としてのセンサーの問題だ。上記の例でも分かるように、ビッグデータを活用するにはスマートメーターのような適切なセンサーをあらかじめ配置しておく必要がある。しかし、IT(情報技術)の利活用が必ずしも進んでいない分野においてはセンサーの配置自体が進んでいない。今からセンサーを大量配置するには多額のコストがかかるのでビッグデータを活用できず、効率化が進まないので産業として弱くなっていくという負のループを描きかねない。こうした分野をどう改革していくのか。知恵を絞っての挑戦が始まった。

農業のクラウドサービスが続々

センサー活用の動きが盛り上がっている分野の一つが農業だ。2012年7月に入り、農業を対象にしたクラウドコンピューティング・サービスの発表が相次いだ(表1)。コアの「環境・農業ICTソリューション」や富士通の「Akisai(アキサイ)」だ。NECも同サービスの展開で全国農業協同組合連合会(JA全農)やネポンと3者で協業することを発表している。

表1 7月に発表された、農業を対象にしたクラウドコンピューティング・サービスの例
サービス名ベンダー名M2Mインフラ名概要
農業ICTクラウドサービスNECCONNEXIVE2012年5月に開始した農業ICTクラウドサービスで、施設園芸資材を販売するネポンや全国農業協同組合連合会(JA全農)と、事業戦略策定やサービス開発、プロモーションについて3者が協業する
Akisai(アキサイ)富士通FGCP/S5米・野菜などの露地栽培、施設園芸、畜産における農業経営の効率化を図るサービス。「農業生産管理SaaS」やイノベーション支援から開始
環境・農業ICTソリューションコアReviveTallyクラウド環境を日本IBMの「IBM SmarterCloud Enterprise(SCE)」に切り替えたのと同時に開始。センサーで測定した温度、湿度、照度をWebブラウザーから閲覧可能にする

農業分野はこれまで、ITの利活用があまり進展していなかった。ここに来て相次ぎ登場しているサービスは、いずれも農業分野でデータに基づく改善策や新しい農業手法などを導き出し、生産性や農産物の品質、事業体としての収益性などを高めることをウリにする(図1)。データ収集・活用のために、センサーデータを取り扱う「M2M(マシン・ツー・マシン)クラウド」を基盤として用いる。

図1 富士通の農業クラウド「Akisai」のデモの様子。奥にみえるのが農業用センサー

ここでM2Mとは、多様な機器同士をネットワークで接続して人手を介さずにデータを交換することで、機器の状態を把握したり、逆に制御したりする仕組み(およびそうした考え方の総称)のこと。携帯電話網や無線LANといった無線ネットワークが普及・低廉化したことで従来に増して使いやすくなっている。

農業分野においてセンサーで取得しようとしているデータには、温度や湿度はもちろん、日照量、雨量、土壌の温度、水温、肥料の多寡を知るための土壌の電気伝導度までさまざまである。温室栽培の場合は、室内の二酸化炭素(CO2)濃度や、温室内の環境を整えるための機器の稼働状況なども対象に加わる。

これらのデータを取得・蓄積しながら、並行して、いつどんな肥料をどれぐらい与えたか、どんな作業を実施したかといったデータと組み合わせて分析する。これによって、その作物の栽培について土壌の温度や水温をどの程度に保てばよいのか、どんな条件の時にタネをまけばよいのか、投入エネルギーをどう減らせるかといった最適条件が得られる。

これによって農家それぞれが独自の経験や勘に頼っていた作業の一部が、いわゆる"見える化"できる。生産効率が高まり、果物の糖度を高めてブランド商品化をうながすことも可能になるという。作業手順が規定できれば、未経験者の就農も容易になる。実際、ITの導入を進めた農業法人では、若年層の就業が増えているとする。

「センサーだらけ」にするわけにも…

センサー活用が進むもう一つの分野がヘルスケア業界だ。体重計や血圧計、歩数計などをネット対応にすることで、日々の数値の変化をクラウド上で管理・確認したり、他者データと比較することで生活改善策を考えたりといったことが可能になる。最近では睡眠時の眠りの深さや脈拍数などを測定する「睡眠計」もネット対応になっている。

ビッグデータやM2Mの考え方が広がり始めた今後は、「こんなデータがほしい」「あんなデータが見たい」といったニーズも明確になり、それに合わせて各データに対応した専用センサーの開発も進むはずだ。

しかし用途を絞り込んだセンサーは、精度を高めやすい、設置環境に最適化できるなどの利点があるものの、センサー自体のコストが高くなりがちだ。これをそれぞれのデータの種別ごとに設置していくとなると、初期導入時のコスト負担を大きく押し上げてしまいかねない。前述した農業クラウドにしても、サービスを利用する月額利用料のみを見ると数万円と安価だが、センサー類を設置しようとするとコストは一気に跳ね上がる。

一方、センサーの設置は不可欠ではないが、センサーを使用しないとなると、パソコンやタブレット端末、あるいはスマートフォンなどを使って人手でデータを入力しなければならない。多種多様なデータを大量に取得することは難しくなる。

データの多重活用や「見なしデータ」でコスト低減

センサーを設置したいがコストはそれほど出せない――。このトレードオフを解決するための手法の一つが「見なしデータ」の活用である。見なしデータとは、ほしいデータそのものではないが、換算によって近似値が得られるデータのことである。

例えば、エアコンの制御のために部屋の中にいる大まかな人数を知りたいとする。部屋への人の出入りを直接に計ろうとすれば、ドアにセンサーを置いて入退室者数を数えたり、あるいは座席にセンサーを付けて着席者数を把握するといったことが考えられるが、仕掛けが複雑だったり多数のセンサーが必要だったりする。

これに対し、省エネと快適さを両立する制御方法を研究する慶応義塾大学理工学部の西宏章准教授は、「CO2濃度を測れば、室内の人数をほぼ把握できる」という。この方法なら、部屋にCO2測定センサーを1つ設置すれば済む。設置コストも設置後の保守コストも抑えられる。農業クラウドの中で説明した土壌の電気伝導度についても、肥料の量が適切かどうかを間接的に測定している見なしデータを取得している例といえる。

図2 睡眠計の例。写真はオムロンヘルスケア製の「HSL-101」(出所:オムロンヘルスケア)

ほかにもセンサーのコストの軽減策はある。取得したデータを多重活用することだ。1つのセンサーで取得したデータを、複数のアプリケーションで利用できれば、センサーのコストはアプリケーションの数だけ下がったと考えられるからだ。

介護業務の改善に向けたIT活用を研究する法政大学デザイン工学部の小林尚登教授は、各種のセンサーを使って、要介護者の健康状態や介護施設内での歩行状態などの継続的な把握に取り組んでいる。その中で、睡眠計を使って要介護者の睡眠時のデータなども取得する(図2)。小林教授は、「ここで得られるデータを介護士の視点で見れば、夜間に介護が必要な人を早期に把握・対応するためのアラームということになる」と指摘する。

睡眠時のデータがなければ、介護士は一晩中起きて待機している必要がある。一方、データが常に取得できていれば、数値に異常があったらすぐに警報を出し、介護士に知らせることができる。「待機は必要だが、介護士も仮眠をとれる。高齢化が進む中、体力のある若者ばかりが介護してくれるとは限らない。介護士の労力の低減も大事な課題だ。健康関連のデータ活用だけでなく、介護業務の一部自動化を図るためのデータ活用といった視点が不可欠」(小林教授)なわけだ。

ビッグデータの分野では今、集まった大量のデータを分析したり、新たなパターン(価値)を見いだしたりできる人材が足りないことから、そうした能力育成の重要性が強調されている。しかしそれと並行して、データそのものを収集するために、どんなセンサーをどう利用すればよいかを企画立案・設計できる人材も欠かせない。

(日経BPクリーンテック研究所 志度昌宏)

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