2019年2月24日(日)

パンダは入園者数増加の起爆剤になるか

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2011/2/24付
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トントン誕生を機に建て替え

パンダ舎は、トントンの誕生で手狭になったことと、トントンの人気で来園者が増えたことから、拡張するかたちで建て替え、1988年4月にオープンした。これが現存の建物だ。同年6月、ホァンホァンは人工授精でユウユウ(雄)を出産した。

1992年には、日中国交正常化20周年を記念して、中国側と雄同士を交換した。繁殖適齢期になったトントンの相手として、同年11月5日にリンリンが来日。ユウユウは11月13日に中国へ渡った。

トントンとユウユウの父親のフェイフェイは、1994年12月に死亡。1997年9月には、母親のホァンホァンも死亡した。トントンとリンリンは1994年から毎年、人工授精をしていたが出産には至らず、トントンは2000年7月、腸の腫瘍で死亡した。

2000年には、残されたリンリンとメキシコの動物園のパンダとの間で、5年間の共同繁殖計画がまとまった。これにしたがい、リンリンは3度メキシコへ行ったものの、出産には至らなかった。5年契約の最後の2年は、メキシコからシュアンシュアン(雌)が来日することになり、2003年12月から2005年9月まで上野動物園に滞在したが、出産とはならなかった。2008年4月30日にリンリンが慢性心不全で死亡して、約35年間続いた上野動物園によるパンダの飼育が途切れた。

歴代のパンダが上野動物園で暮らした期間(東京動物園協会の資料と写真を基にケンプラッツで作成)

歴代のパンダが上野動物園で暮らした期間(東京動物園協会の資料と写真を基にケンプラッツで作成)

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