日米外交60年の瞬間 第3部

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賠償条項でアジアに配慮した最終草案明らかに サンフランシスコへ(42)
日米外交60年の瞬間 特別編集委員・伊奈久喜

2012/6/2 7:02
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1951年当時の日本は夏時間を採用していた。だから国際的なニュースには発生時刻に現地時間に「日本夏時間」を添えて報道することがあった。このニュースもそうだった。

米英両政府が対日講和条約の最終草案を公表したのは、日本夏時間の8月16日午前7時だった。既に通告を受けていた日本外務省は、最終草案で修正あるいは追加された条文を発表した。

講和条約の一言一句が当時の日本にとって重大関心事だった。日本経済新聞は17日付朝刊2面に米東部時間15日に発表された草案と7月20日付で発表されたそれとを比較する形で全文を掲載した。

最終草案には基本的変化とは言えないまでも、新しい点が2つあった。

■「引き揚げ」促進に連合国の誓約

ひとつは引き揚げ条項を盛り込んだ点であり、もうひとつは賠償をめぐる表現の変化である。

賠償はともかく、「引き揚げ」は現代の読者にはピンと来ない。

帰還船から手を振る引き揚げ者たち=朝日新聞社提供

帰還船から手を振る引き揚げ者たち=朝日新聞社提供

敗戦以前、日本は南樺太、台湾、朝鮮半島、南洋諸島などを支配していた。満州と呼ばれた現在の中国東北部にも日本人が移住していた。戦争捕虜もいた。これらの人々の帰国が引き揚げである。現代風にいえば、人道問題だった。演歌「岸壁の母」の世界である。

吉田茂首相はダレスに引き揚げ条項を条約に挿入するよう求め、米国は受け入れた。引き揚げ条項は第6条2項として新たに設けられ「日本軍人の本国帰還を約束したポツダム宣言の規定は引揚が完了していない限り、実行するものとする」と規定された。

何を意味するかわかりにくい。だから当時の新聞は解説記事を載せている。

それによれば、ポツダム宣言が講和後どのような効力を持つかにかかわらず、またソ連が講和に参加しない場合でも、ソ連、中共地区の日本人捕虜の今後の引き揚げ促進が連合国によって確認されたという。連合国とりわけ米国の引き揚げ問題についてのコミットメント(誓約)をかちとったわけである。

賠償については実質的な意味は変わらないと日本国内では説明されたが、最終草案第14項は「日本が連合国に賠償を支払うべきことが承認された」と改められた。日本が連合国に賠償を支払うとの原則が明記されたわけである。

ただし日本の資源は完全な賠償を行うには現在十分でない、とも後段で述べている。要するに経済力を回復したら賠償をせよとの趣旨である。

その点ではこれまでと比べて大きな変化ではなかった。だが、それではなぜこのような「修正」がなされたのか。アジア諸国への米国の配慮だった。

この物語でも既に述べたが、例えばフィリピンは賠償条項に対する不満を理由に対日講和会議への参加を渋るそぶりをみせてきた。米国務省は、新たな条項をまずフィリピンに示して了解をとりつけた。

ビルマ、インドネシアからも前向きの感触を得たとされ、これらの諸国が参加すればインドも参加すると米政府は読んだ。講和会議の参加国を増やすための外交技術だった。

■社会党委員長が千島、南樺太も返せ

1951年
4月11日
トルーマン大統領がマッカーサー元帥を連合国最高司令官、国連軍最高司令官、米極東軍・極東陸軍総司令官から解職。後任にリッジウェー中将
4月16日ダレス特使再来日
6月20日日本政府、第1次追放解除を発表
8月6日日本政府、第2次解除を発表。鳩山一郎ら追放解除される
9月1日米、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋安保条約に調印
9月4日サンフランシスコ講和会議始まる
9月8日吉田首相、対日講和条約、日米安全保障条約に調印
12月24日吉田首相、ダレスに台湾の国民政府との講和を確約(「吉田書簡」)

最終草案が公表された16日には、臨時国会が開会された。民主党の三木武夫幹事長、社会党の鈴木茂三郎委員長は、最終草案についてそれぞれ談話を発表した。

三木談話は、引き揚げ条項を歓迎するとともに、賠償条項には不安を述べる野党らしい談話で今日の目からは新しさはない。面白いのは鈴木談話である。

「日本としてはソ連に対し、歯舞、色丹、千島はもとより南樺太に関する領土権の回復、引き揚げ問題の誠意ある即時解決、日本を目標とする中ソ友好同盟の廃棄などを要請せねばならぬ」とある。

社会党、それも左派の鈴木の談話である。社会党左派はソ連、中国のような社会主義体制を目指していたはずだが、なぜかここではソ連に対し、いまでいう北方四島だけでなく、千島、南樺太まで要求している。この党の、あるいは日本の左翼に内在するナショナリズムなのだろうか。

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