ソーシャル住宅に希望者殺到 寄り添いたい現代人
ブロガー 藤代 裕之
マンションのプライバシーを保ちながら共用部分を充実させたソーシャルアパートメントと呼ばれる賃貸住宅が、情報感度の高い若手社会人を中心に人気を集めている。入居者同士が食堂やワーキングスペースでつながる、リアルなソーシャルネットワーキングサービス(SNS)ともいえる住宅の人気の秘密はどこにあるのだろうか。
共有キッチンで交流

ソーシャルアパートメントを手がけるグローバルエージェンツ(渋谷区)。山崎剛社長が東工大の学生時代に起業し、2005年から企画を手がけている。山崎社長は卒業後にゴールドマン・サックス証券で働き、09年に退職して事業を本格化させた。
従来のプライバシー重視のマンションではなく、適度なプライバシーとシェアハウスにおける交流の楽しさを両立させながら、異なる職業や年齢、国籍の入居者が交流し、ネットワークを広げてもらうライフスタイルを提案した。企業寮や学生寮などを借り上げ、改装し、運用している。
蒲田の17戸の物件からスタートし、現在は28棟、1422戸を展開する。年間平均稼働率は94%と高い。貸し出す部屋の広さは11平方メートルから、40平方メートルまでと多様だ。共用スペースとして、キッチン、ワーキングスペースなどを用意する。
デザイナーを起用したカフェ風のおしゃれな空間となっており、若者一人では手が届きづらい大画面テレビや広いソファが設置されている。コミュニケーションの場となるキッチンスペースには特に力を入れる。料理をしながら会話できるように広いシンクや外国製の調理器具などを用意している。入居者は25~35歳の会社員が中心で、学生は5%にとどまる。
永砂智史事業推進室長は「ようやくソーシャルアパートメントの認知が広がり事業が軌道にのってきている。今後は年10棟のペースで開発していきたい」と話す。
ソーシャルで憧れが浸透

180戸と最大物件「ワールドネイバーズ護国寺」(文京区)を訪ねた。もともとは1997年に建てられた学生寮だ。地下1階地上9階建てで、昨年9月にリノベーションを行い、ソーシャルアパートメントとして再オープンした。キッチン、ワーキングスペース、ビリヤード台を備えたバー、屋上スペースもある。同社として初めてカフェも併設している。賃料の中心は8万円。同地区の物件より2割程度高いという。ただ、1万5千円分のカフェチケットが含まれており、好評だ。

キッチンのオープンカウンターで3人の入居者が雑談しており、話を聞くことができた。北海道出身の大学生とアメリカからの留学生、もうひとりは社会人だった。大学生は「家賃は少し高いが、トータルではお得。社会人の話を聞いたり、仕事の状況が分かったりするのもよい」、社会人は「仕事以外で人に出会うのは大変だが、ここにいれば自然と出会える」と話す。
同社は仲介業者を通さず、ウェブサイトだけで入居者を募集している。自社サイトは年間400万ページビューで、問い合わせは年間6000件、内覧は月に150件ある。検索エンジンの広告も使っているが、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアによる認知が大きな影響を与えているという。既に住んでいる人がソーシャルメディアで暮らしぶりを紹介し、新しい入居者を呼び込む。
コミュニティー運営の工夫
不動産事業とはいえコミュニティー運営が事業の大きな割合を占める。入居者同士が良い関係を築かなければ、交流を売りにするソーシャルアパートメントの魅力は半減するからだ。そこで同社ではいくつかの工夫を行っている。
まず、物件を案内する営業担当者が、入居した際のメリットだけでなく注意事項も説明することでミスマッチを防いでいる。「だいたい1時間から1時間半かけて案内する。非効率に思えるが、コミュニティーを維持するためには重要」と永砂室長は話す。
運営面では共有部分に私物を置かないようにしたり、冷蔵庫は各部屋に用意してもらったり、といった細かなノウハウを積み重ねている。キッチンなどの共用部分を通らなくても部屋に入れるように導線を確保している。特定の入居者がキッチンを占有したり、冷蔵庫内に大量に物を置いたり、ということがないように注意している。入居者に均一なサービスを提供するためだ。また、共有スペースでのパーティーなどイベントを開催することもある。
入居者はフェイスブックや無料通信アプリ「LINE」のグループをつくり情報を交換していることが多い。そこには元入居者も入っておりイベントに参加したりすることもあるという。

複数の施設が合同で開くイベントや地域社会とつなげるゴミ拾いやお祭りといったイベントを行っているソーシャルアパートメントもあるという。護国寺のカフェは地域のお年寄りや子育て中の主婦らが利用していた。イベントやカフェは外部に開かれた「窓」であり、ソーシャルアパートメントの良さを知ってもらい、入居者とつながりを作る効果がある。
従来のマンションはプライバシーを重視し、「ホテルライク」といったうたい文句や豪華な共有部分を売りにしてきたが、コミュニティーの形成は難しいとされてきた。だが、近年、災害や修繕の際などには入居者のつながりが必要で、資産価値を維持するためにもマンションのコミュニティー運営は重要だとの認識が広がっている。
「大手デベロッパーから運営に関する問い合わせもいただいている」と永砂室長。同社のソーシャルアパートメントは現在、単身者や若手社会人が中心で、ファミリー向けでコミュニティー運営が可能かどうかなど未知数の部分もある。建築や管理に加えて、入居者同士のコミュニケーションをどう設計していくのか。リアルな場のソーシャル化に注目していきたい。
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。法政大学社会学部准教授。2004年からブログ「ガ島通信」(http://d.hatena.ne.jp/gatonews/)を執筆、日本のアルファブロガーの1人として知られる。
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