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ヒルズ族よりノマド族(若者、地方へ)

低温世代の経済学パート4(1)

大企業や金融機関の本社ビルが立ち並び、起業家が野望を抱く大都会。そんな華やかな舞台に背を向け、あえて地方から事業を興す若者が現れ始めた。一極集中是正、Uターン就職支援……。行政主導では遅々として進まなかった地方活性化。彼らは今なぜ、地方を目指すのだろうか。

宮崎空港から約10分。JR宮崎駅で列車を降り、ヤシの木が整然と並ぶ南国らしい駅前広場に出ると、目的地の真新しいオフィスビルはすぐ目の前にあった。

訪れたのは、このビルの第1号入居企業になった「アラタナ」。ネット販売サイトの構築などを手がけ、2012年4月期に約5億円の売上高を見込むITベンチャーだ。創業5年で、社員の平均年齢は27歳と若い。

アラタナ本社が入るビル(奥)は宮崎駅から目と鼻の先

本社は宮崎の方がプラス

「オフィスはワンフロアで仕切りなし。立地も良く、働く環境としては申し分ない」。創業者で社長の濱渦伸次さん(28)は笑顔を見せる。60人ほどが働くオフィスは11年秋に完成したばかりの新築で、約200坪の広さ。「東京で同じようなオフィスを探したら、賃料が数倍かかるでしょ。うちのような規模の小さな会社は、敷金の時点で諦めなきゃならないですね」

濱渦さんは地元生まれの地元育ち。県内の高等専門学校を卒業後、いったん神奈川県の大手メーカーで働いたが、起業の夢を果たすために地元に戻った。起業のきっかけは「ヒルズ族」に代表されるITベンチャーブームだったという。

中心市街地でも家賃が安く、社員は徒歩圏に住める(宮崎市内)

「東京や大阪で事業を展開した方がいいと思いませんか」。そう尋ねると、意外にもこんな返事が。「むしろ宮崎に本社があった方がビジネスにプラスなんです」

優位性の1つは、不動産賃借料などの費用の安さだ。オフィス賃料に限らず、社員も会社の近くに住むことができる。

2年前に東京の大手IT企業から転職した営業企画事業部・本部長の木村薫さん(37)に聞くと、東京では月16万円だった2LDKの部屋も、宮崎だったら月6万円台。通勤時間は「自転車で10分」という。別の社員に聞いても「歩いて10分」「自転車で5~6分」という答え。「通勤費だけでも、会社や社員の負担はかなり小さい」(濱渦さん)

濱渦さんが案内してくれたオフィスには広い休憩スペース

もっとも顧客の大手メーカーは大都市に集まっている。アラタナの売上高も9割超は首都圏や関西圏など九州以外だ。営業で不利益を被らないか、商談に費用がかからないか、優秀な人材は集まるのか……。素朴な疑問がどんどん湧いてくる。だが濱渦社長は「全く問題ない。むしろ宮崎に拠点を置く強みがあります」と笑顔を崩さない。

情報格差は格段に縮まる

東京の大学を11年春に出た入社1年目の工藤真都衣さん(23)は営業担当。だが「通常の営業で出張することはまずありません」という。新規顧客への売り込みもその後のやり取りも基本的に電話か電子メール。関係者が集まる会議もネット電話「スカイプ」のビデオ通話を使う。高速通信の整備が急速に進む日本。都会と地方の情報格差は一昔前よりも格段に縮まっている。

それだけではない。さらに驚いたのは、社員から地方ならではの「武器」もあるという話が次々と飛び出したことだ。

「取引先の開拓で『宮崎からです』と電話をかけると、もの珍しさから興味を持ってくれるんです」「もし先方が九州人だったりすると、一気に話が弾みます」「遠隔地だから『すぐに説明に来てほしい』なんて呼び出されることもありません」――。

遠隔地の取引先との連絡も電話やネットが中心

人材確保にも不安はないようだ。

「会社の通勤時間が1時間以上ってもったいなくないですか」。アラタナのウェブサイトの採用ページには、こんなフレーズ。魅力的な言葉はさらに続く。「仕事前にサーフィンをする人もいる」「地元産の野菜が福利厚生で安く買える」……

こんな考えに感じ入った1人が、20歳で始めたサーフィンが週末の楽しみという取締役の山本稔さん(34)。首都圏の冷凍機メーカーの技術者だったが、宮崎での転職を決めた。「大都市でなければできないと思っていた仕事が、宮崎でもできることが驚きだった」。定着率も高い。人材の流動性が高いIT業界で、エンジニアの退職は5年間で40人のうち1人だけという。

「東京でグリーやDeNAと同じ土俵で正面から戦うも良し。だけど一緒に宮崎から世界を目指したい人に集まってほしい」。濱渦さんが導き出した答えだ。

厳しい競争社会から逃れ、のんびり働きたい人が地方を選ぶ時代は去った。ITや高速交通網の進展は都市と地方のインフラ格差を縮め、逆に低コストを武器に地方から競争を仕掛ける時代が近づいている。行政に頼るのではなく、自らの実益性や価値観から、最適な場所で最適なビジネスを興す。そんな彼らには「ヒルズ族」よりも「ノマド族(遊牧民族)」という言葉がふさわしい。

就職氷河期の洗礼を受け、高度成長もバブルも知らない20~30代の若者世代。経済の動きはよく体温に例えられるが、彼らの温度は決して高くない。そんな「低温世代」だからこそ、厳しい時代を生き抜くすべとして、地方に価値を見いだせたのかもしれない。

徳島で古民家をオフィスに再出発
東京で働いていた平松さんが…

こんな若者たちもいる。

「本社は築80年の古民家の2階です」。12年2月まで東京・渋谷にある広告代理店の最高執行責任者だった平松玲さん(31)は、3月にこんな環境から再出発した。本社は徳島県の山あいに位置する神山町。全国的に知名度が低い四国や九州の地場産品を国内外にネット販売する会社「ローカルアクション」を設立した。

平松さんが神山町を選んだのは、田舎生活への憧れからではない。「プランを練れば練るほど、東京に本社を構えることが不利に思えてきた」からだ。

不審がられる「東京から来た」

地場産品の交渉でも仕入れでも、現地に足を運ぶ必要があるが、いちいち東京から泊まりがけで交通費を何万円もかけて出かけるのは経済的でない。しかも「東京から来た」と言うと、決まって地元の人から不審がられるのだという。

賃料も断然安い。渋谷だと数十万円かかる事務所賃貸料が神山町では月2万5000円だ。「スローライフなんて全然考えてない。年収だって起業から3年で渋谷時代の水準まで戻したい」。あくまで追求するのは、ビジネスでの成功だ。

ネット販売なので、東京でも徳島でも消費者への距離感は同じ。田舎でネット利用者が少ない分、回線も混雑しない。「僕らの世代は『大企業で大きなビジネスがしたい』なんていう生き方が全てじゃない。地方でもビジネスができることを証明したい」

池田秀紀さん(31)と菜衣子さん(28)は11年夏、住み慣れた東京を離れ、夫婦で熊本市に引っ越した。「以前から『別に東京に執着する必要なんてないね』って、2人で話し合ってたんです」

池田夫妻が住み始めた歴史ある城下町の町家(熊本市内)

秀紀さんの仕事はウェブ制作、菜衣子さんはカメラマン。「ネットさえあれば、仕事はできます」(秀紀さん)。10年に結婚した当初から「1~2年たったら、東京以外で生活したい」と思っていたという。

秀紀さんは生まれてからずっと首都圏。札幌生まれの菜衣子さんも小学3年生から神奈川で育った。満員電車に揺られるたびに「みんな首都圏に集まる必要なんてない」(菜衣子さん)と感じていたという。夫婦で全国を旅するうち、熊本で城下町の一角にある築100年の町家に出会った。

ただ池田夫妻のようなクリエーターでも、情報や仕事は大都市に集まる。熊本に拠点を移して支障はないのだろうか。

2人に聞くと、やはり熊本に移っても、仕事で東京に出向く機会が多いという。特に菜衣子さんは仕事で月1~2回は東京に滞在する。ただ自宅から熊本空港まではバス1本。飛行機で1時間ほどで羽田空港に着く。家賃や生活環境を考えると、不便さもコストもあまり気にならない。

町家を暮らしやすいように改築してウェブで発信する取り組みも始めた。 【facebook】 http://www.facebook.com/heymeoto

地方暮らしのモデルケースに

「カメラの機材がすぐに手に入る」(菜衣子さん)など、離れてみて東京の良さを再認識することもある。それでも2人は「東京に戻る必要はないし、必要な時に東京に行けばいい話」。ここには歴史の織りなすインスピレーションがある。町家を現代に合わせて改築する取り組みも始めた。「東京以外で暮らすモデルケースになりたい」。2人は今、地方での仕事や生活に夢中だ。

話を聞いた20~30代の若者たちは、もはや都会に憧れを抱かない。彼らの暮らしを見て聞いて分かったことがある。「東京でなければできない」なんてことは意外に多くないかもしれない。

(宮坂正太郎)

 低温世代 就職氷河期の洗礼を受け、やっとのことで会社に入っても賃金は上がらず、好況といった浮かれた状況は知らないまま社会人として生活している世代。いくら働いても給料は上がらないので転職して給料を増やしたいという気持ちもあるし、やりたいと思う仕事もあるのだが、やっとの思いで入れた会社だから、失敗したらと思うと思い切って挑戦することもできず、そのまま現在の会社に残っている。
※「現代用語の基礎知識」(自由国民社)より抜粋
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読者からのコメント
40歳代男性
なかなか考えさせられる記事です。価値観は人それぞれなので、都会なのか古里なのかは自由であるし、個人にとって正解は無いと思います。ただ、記事最後のクダリが気になりました。個人にとっては合理的選択だが、日本全体にとってはどうなのか?若者が古里にて生活、仕事をすることは地方の活性化には良いと思いますが、日本全体にとっては、よく考えないとならないような。今後も日本の産業は国内だけの自給自足だけでは成り立っていかない。海外展開が不可欠であり、優秀な若者が都心の海外に強い大企業を敬遠してしまったら?と懸念します。どうも、内向きに感じてしまうのです。地方であろうが、都会であろうが、世界で活躍することもうまくやらないと。例えば、大企業は、地方で働く優秀な若手とのネットワークを構築し、その才能を世界で活用できるようにしなければならないと思います。
船乗りさん、40歳代男性
ようやくトーキョーの新聞社もこういうことに気付いたみたいですね。小生北海道ですが、就職したてのころの80年代は、東京の大学とか会社に入ったというと「すごいね~」「えらいね」と言われたものですが、ここ10年くらいは「たいへんだね~」「こっちに帰ってこれないの?」とか言われます。ちなみに仕事は外航船の機関長です。トーキョーの本社勤務もあるのですが、単身赴任ですね。家族は「絶対行かない」というもので・・・確かに住んでていいところでははありませんね。
40歳代女性
高度成長期に祖父世代が築いた地方のインフラに対して、父世代は利益誘導型政治の遺物だ、無駄そのものだった、愚痴をこぼすことが多い。ところが孫世代は、ちゃっかり「便利なものなら使わせてもらおう」とビジネスモデルをひねりだす。投下した資源の有効活用として考えれば、とても正しく有難いことだし、若者らしい柔軟さ、風を読む嗅覚に面白さを感じた。多くの米国企業は日本の基準から言えば田舎にある。地方は地価が安く、製品や在庫にかかる費用が安い。日本は国土が狭いというが、人の住んでいないところが殆どだ。集中して住むがゆえの地価の高さが、生活を、生産を圧迫している。何もない山中を走り抜ける素晴らしい高速道路に怒りを覚えているばかりでなく、その道路に沿って、生産と消費の小基地が自然と共生しながら点在していく、そんな日本列島のあり方を歓迎するのも悪くないのではないのだろうか。
トモちゃんパパさん、40歳代男性
私は人口6万人強の町と、東京近郊のそれぞれで会社を経営しています。そこでわかるのは地方と言っても限度があるということ。特に人材という面では地方は大変厳しいです。地方は人間的な繋がりが非常に強いので、良い面もありますが、一方で全員が縁故入社のようなモノです。また、子供の教育についての環境は非常に厳しく、特に勉学については大変なハンディキャップを抱えることになります。そういった、多角的な面からの検討をしなければ刹那的な判断になりかねません。私は、特に本部機能については首都圏を離れるべきではないと思います。
海外在住さん、40歳代男性
10年以上前から不思議に思ってたのが、なぜ日本人の東京志向が変わらないのかということ。海外売上の比重が急激に高くなっている今、東京に本社を置くメリットは低い。成田空港や関西空港、地方の拠点空港の近くに本社を置いた方が余程効率的。そこから世界にマーケットを求めればいいだけの話。結局、無能企業経営者が寄り添ってお互いの傷を舐めあっている内向き志向としか映らない。若者の考え方の方が先を行っており、そこに日本再生の息吹を感じる。
rurbanさん、30歳代男性
ネット販売支援で起業し10年目です、興味深く読ませていただきました。コストだけを考えると都内まで電車で片道1~2時間程度の郊外もいいですよ。都内で食事しても都内勤務の人と一緒に電車で帰れます。 住居は中古なら買っても借りても記事に取り上げられていた地方都市とそれほど変わりません。月に一度海外に行きますが国際空港に近くLCC含め航空会社も選び放題、ゴルフが趣味なら車で10分、会員権もバブル期比なんと2ケタ安~です。 激安スーパーやモールも林立し、食品や生活用品は日本に居ながら東南アジア並みで都内通勤さえなければ郊外生活も穴場です。
ICHIさん、50歳代男性
かれこれ30年程、幾つかの会社で電子機器制御関係のソフトウェア開発をしてきて、3分の2程が地方での仕事(生活)だった。若い時期はさすがにITの恩恵にあずかれなかったので会社・装置がある都会での仕事が多かったが、後半は地方にいても何の不利も感じなかった。極端な時には、アメリカの会社にあるシステムをリモートで使いながらデバッグを進めることも出来た(当然相手方は夜中で無人)のだから、いわゆるIT産業に限らず、都会に集中して暮らしながら仕事をするメリットは果たして何なのだろうか?「ヒルズ族」「ノマド族」というようなマスコミ好みの単純な言い回しで括られると違和感を持つ人も多かろうが、現実的に複雑な社会生活の効率・経済性を考えると、都会に集まっての仕事というのは、業種にも依存するとは思うが、意外と既に破綻をきたしているのかもしれない。
20歳代男性
この記事を読んでノマド族を目指そうと正直思えなかった。ノマド族にはヒルズ族にあるような「一発大逆転の大成功を夢見た若者たちが、東京で起業し大成功をする」というようなジャパンドリームがまるで感じられないからだ。田舎や地方が好きな人が地方に行ってビジネスを始めてもいいとは思うが、若者のあこがれの対象にはなりえない。
読者からのコメント
30代なり立て駐在員さん、30歳代男性
記事内容もさることながら、コメントも興味深い。センチメンタルと感じられた方もいらっしゃるようだが、私にはそれは感じられなかった。 なぜならば記事中の彼らの選択は『地方に恋い焦がれた結果』あるいは『都会で夢破れたナレノハテ』ではなく、『都会に居るアドバンテージがない』という点で共通しており、なぜその発想に至るかというところにITが存在するからである。 ネットを介して仕事ができるから、旧来のようにヒト・モノが集まる都心に居なくても仕事ができる、そしてヒト・モノの空洞化が起こっている地方だからこそ、物理的な拠点(本社)を設置するコストを下げられる。 これら論理にはどこも感傷的な要素がないと思う。『低体温世代』の要点は、まさにここにあるのではないか。地方=ネガティブ(負け)という固定観念を捨てる必要がある。
50歳代男性
自分は自営業で、フリーでクリエイター系の仕事に就いてます。東京が好きで、お店もあるのでそこに来てくれる、興味深い方々との出会いのチャンスも東京だと可能性は多いと思います。しかし、大きな視点でかんがえると、今はネットの力も大きくて、それを上手く利用すれば日本という枠も越えて仕事ができます。そう言った観点からも、コストの掛かる東京に拘る事は無いかと思います。
30歳代女性
たしかにバブルを経験した40代以上と経験してない20代30代では根本的に考え方価値観がことなると思う。わたしのまわりをみまわしてもやはり地方に憧れを抱くものは多い。現実はまだ地方では不自由であろうが今後の地方の可能性に期待できるとおもう。
田舎太郎さん、40歳代男性
渋谷のオフィスで昼休みにこの記事を見た。 コスト、環境、時間の観点で田舎暮らしはありだと思った。 今の会社には在宅勤務制度があるが、このネットの時代、その在宅が東京近郊になきゃいけない理由が正直分からない。 たまに東京に出かけることはあるだろうけど、それこそLCC(ローコストキャリア)で良いんじゃなかろうか。
CORONAさん、30歳代男性
登場した人々が地方に活動の拠点を移した理由は様々。 それを今回の題名のような「ヒルズ族よりノマド族」と一纏めにする必要は無いのでは?と思ってしまいます。 結局は個人がある目的を満たすための手段としてたまたま地方に活動の拠点を置いただけなんだなぁと思ってます。 日本人の働き方の概念が多様化してきたんですね。
namuruさん、20歳代男性
単身だと都会暮らしでも楽しいですが。 世帯を持ち家族が増えると、 のんびりした場所に住居を構えて家庭の方に重点おいた暮らしをしたいなと、最近思う事が良くあります。 今の心境に凄く合致した記事でした (関西でweb関係の仕事をしています)
A12さん、50歳代男性
ノマド族についての記事を読む。 肝心のことが何もないと思う。 肝心な内容とは、 企業の、個人の、経済的な拡大についての記述。 全体的にセンチメンタルな内容で、 メリットが、「通勤時間」ぐらいでは、説得できない。 地方でどう発展拡大したのか、がないとね。

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