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「震災遺構」で揺れる被災地、南三陸庁舎も撤去

また1つ、津波の猛威を伝える「震災遺構」が消えていく。保存か撤去かで町の方針が二転三転していた宮城県南三陸町の防災対策庁舎も、正式に撤去が決定。震災を風化させないために残すのか、惨事を思い出させないために撤去するのか、賛否が渦巻くなかで被災自治体は揺れている。

南三陸町の防災対策庁舎は、東日本大震災の津波で町の職員など43人が犠牲になった3階建ての建物だ。佐藤仁町長が2013年9月26日の記者会見で撤去の方針を表明した。町は10月14日に遺族への説明会を開き、撤去が決まったことを伝えた。

防災対策庁舎は、震災直後に佐藤町長が震災の記憶を伝える遺構として保存する意向を示したが、遺族の反対によって2011年9月に撤去を決定。しかしその後、住民から保存要望が出たことから、保存か撤去かを再び検討していた。

佐藤町長は撤去の理由として、周囲のかさ上げなどの復興事業に対し、防災庁舎が物理的な妨げとなることを挙げた。数億円かかるとされる保存費用も影響したとみられる。会見で佐藤町長は「震災を知らない世代に何を残すべきか悩んだ。苦渋の決断だ」と述べた。町は11月2日に慰霊式を開き、年内に撤去を終える予定だ。

津波で横転した建物はどうなる?

被災地では南三陸町の防災庁舎のほか、岩手県陸前高田市の市庁舎や宮城県気仙沼市の港に打ち上げられた漁船など、震災遺構が続々と姿を消している。

震災遺構について、国は原則として自治体の判断に委ねる方針。宮城県の村井嘉浩知事は9月30日の会見で、「自治体に全て負わせるのは無理がある」として、国が費用負担するなら県が保存候補を選定する考えを示した。根本匠復興相はこの発言に対し、10月8日の会見では「価値の合理性を十分検討しなければならない。個人的には、残すべき価値を有するものもあると思う」と述べるにとどめた。

被災地では、震災遺構として残すかどうかの判断がついていない建物がまだ多く残っている。津波によって横転した宮城県女川町の鉄筋コンクリート(RC)造の建物3棟もその1つだ。女川町復興推進課は10月10日時点で、「住民との協議を進めたうえで判断したい」としている。

「奇跡の一本松」を保存した岩手県陸前高田市は4つの施設を保存する方針。ただし、4施設は国と岩手県が事業主体となる都市公園エリアに入っており、最終的な結論は出ていない。

(日経アーキテクチュア 島津翔)

[ケンプラッツ 2013年10月21日掲載]

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