/

「おばあちゃんの原宿」の価値とは

ホンダの「ワイガヤ」(4)

 ホンダでエアバッグを開発した小林三郎氏(現在は中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授、元・ホンダ 経営企画部長)が、ホンダ流のアプローチを紹介しつつイノベーションの本質に迫る本連載。今回は4回にわたって解説してきたホンダの「ワイガヤ」についての最終回である。(日経ものづくり編集部)

本連載の前回に、筆者が講演や授業などで「5秒で答えてください」と断ってから必ず聞くこととして、次の3つを挙げた。

(1)あなたの会社(組織)の存在意義は

(2)愛とは何か

(3)あなたの人生の目的は何か

このワイガヤの基本となる3つの質問には共通点がある。「基本的な価値」に対する問い掛けである点だ。筆者は、これまで10社近くでワイガヤのサワリを指導したことがあるが、いつも3つの質問を出発点として価値論をテーマにしてきた。

何が価値かを常に考える

取っ掛かりである3つの質問に対しては、本連載の前回で説明したようにほとんどの参加者は答えることができない。もちろん、3日3晩のワイガヤを1回やったからといって、価値の本質を究められるものでもない。ただ、出発点にはなる。参加者の感想で印象に残っているのは、「今まで全く使っていなかった脳の部分を使ったような気がする」というものだ。1回使うことを覚えれば、あとは使い続ければよい。

ホンダでエアバッグを開発した小林三郎氏(現在は中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授、元・ホンダ 経営企画部長)。 (写真:栗原克己)

こうした価値論は、グループで3日3晩にわたって議論することが望ましいが、皆さん一人ひとりでも取り組める。(1)の会社の存在理由について考えたら、次に皆さんが担当している仕事の目標を考えてみるとよい。何が本質的な目標なのかをとことん考えるのだ。3代目のホンダ社長の久米(是志)さんは、常々こう話していた。「あることをすべきか、すべきでないかを決めるときには、2つのことを考える。『お客様の喜びにつながるか』と『現場の社員の元気につながるか』だ」。これは大きな指針になるだろう。

話題の場所に出掛ける

もう一つ、価値に対するセンスを磨くのに有効な方法がある。話題になっている場所にとにかく出掛けてみることだ。ワイガヤの指導の際にも、東京・秋葉原のメイド喫茶や新宿の歌舞伎町に出掛けた。話題になるということは、そこに新しい価値が生まれているのである。

これは、筆者がホンダの経営企画部長だったころの経験を生かしたものだ。外国から来たお客さんに日本らしい場所を紹介するため、東京・巣鴨の地蔵通り商店街を訪ねた。2002年春のことだ。地蔵通り商店街は当時、「おばあちゃんの原宿」として注目され始めていた。何が価値だろうかと考えながら歩いていると、ふと気付いたことがある。通りまで出ている店員の数が多く、しょっちゅう話し掛けられるのだ(図1)。

図1 東京・巣鴨の「地蔵通り商店街」の価値は何か  (a)は「おばあちゃんの原宿」といわれる地蔵通り商店街で、(b)は東京・新宿の歌舞伎町。歩いている人の年齢層も服装も丸っきり違う。(撮影:2010年8月)

筆者の近くにいたおばあちゃんに、「お孫さん元気?」と突然声が掛かった。知り合いには見えない。なのに、そのおばあちゃんは、何ともうれしそうな顔をした。これかもしれない。下町風のコミュニケーションが、商店街の大きな価値になっているのだ。

これは、クルマにも生かせる。例えば、カー・ナビゲーション・システム(カーナビ)。情報を伝えるだけではなくコミュニケーションとして特徴を持たせることが、新たな価値になるかもしれない。実際、その後にコミュニケーションを工夫したカーナビが、ホンダからではないが商品化された。こうした発見は、価値に対する感度を高めておけば1人でもできる。

ワイガヤは、一般的な意味では効率的なものではない。しかし、お客様の将来価値に対するセンスを磨くことができるのである。常にルーティンワークに追われているようでは、新しい発想は出てこない。 (次回は本田宗一郎氏のDNAについて8月16日に掲載)

………………………………………………………………………………

【今回のバカヤロー!】決断しない役員

英語で役員のことを「director」というように、方向(direction)を決めることは役員の最も重要な仕事の1つである(ちなみに、もう1つの重要な仕事は人材育成だ)。データがなくて分析もままならず、どちらの方向に向かえばよいか分からないときに、自分の価値観や哲学で「こっちに行け!」と、決断しなければならない。

1986年秋に、ホンダの東京・青山本社でエアバッグシステムの量産の可否を決める会議があった。俺はプロジェクト・リーダーとして参加した。10数人の経営会議メンバーのうち3分の1は反対。暴発や不発などの重大な不具合を恐れてのことだ。そのリスクを負うのは時期尚早という論理だった。残りの3分の2は消極的反対。賛成とは決して言わない。さすがに「これは駄目だ。お蔵入りか」と思った。ところが、当時の社長だった久米さんが最後に、こう聞いてきた。

「小林さん、エアバッグシステムを量産すると、あなたがやってきた高信頼性技術はホンダに残りますか」

「絶対残ります。通常の機械部品の故障率は1000分の1。ブレーキなどの重要保安部品でも1万~10万分の1くらいです。一方、エアバッグシステムは100万分の1。この技術はホンダに確実に根付きます」

俺がこう答えると、久米さんは会議メンバーをぐるりと見渡しながらこう言った。

「分かった。エアバッグの高信頼技術は、お客様の価値である品質の向上につながる。よし、やろう。皆さんよろしいですね」

誰も反対しなかった。この一言でエアバッグの量産が決まった。イノベーションは全く新しいことなので、データを論理的に分析しても答えが出ない部分が必ずある。だから、最後は論理を超えて決断しなければならない。しかし、それを避ける役員が多い。

「ライバル他社の動向は?」「もう少しデータを集めて、可能性を見極めてくれ」「案は3つくらい必要だ」と、判断を先延ばしする。中には、リスクの高いプロジェクトに対して「大丈夫か」を連発して、心配しているかのように見える役員がいる。しかし、これは失敗した場合に「最初から私は難しいと思っていた」という言い訳をするためであることが多い。逃げ腰の態度は現場にすぐ伝わる。決断しない役員のおまえ、バカヤローだ。

………………………………………………………………………………

小林三郎(こばやし・さぶろう)
 中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授。1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。2012年7月30日に「ホンダ イノベーションの神髄」(日経BP社)を上梓。

[日経ものづくり2010年9月号の記事を基に再構成]

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連企業・業界

企業:

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

新着

注目

ビジネス

暮らし

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン