北海道八雲町・佐賀県三瀬村…「町村酒場」が最先端
地域の食材を産地直送で提供し、地名をそのまま店名にした「産直居酒屋」が増えている。
その元祖といわれているのは、2005年に中目黒で創業した「根室食堂」。根室に特化した新鮮な魚介が安価で味わえることから人気を集め、東京・渋谷区の道玄坂、宮益坂上、新橋、新宿、八重洲と次々に店舗を拡大している。
そうした中、その進化系業態としてここ最近人気が高まっているのが、町村をクローズアップした「ピンポイント産直居酒屋」。その代表といえるのが「北海道八雲町」「北海道厚岸」「佐賀県三瀬村 ふもと赤鶏」「青森県むつ下北半島」などを展開しているfun function(東京都中央区)だ。2009年の初出店からわずか4年で7店舗と店舗数を伸ばしている。同社の合掌(がっしょう)智宏社長は「3年後には20店舗まで増やしたい」と意気込む。

「札幌」「沖縄」「博多」など、ブランドバリューのある地域名を冠した産直居酒屋はよく見かけるが、なぜ同社はあえてマイナーな町村を前面に出すのか。そして何より、なぜ繁盛しているのか。その秘密を探るべく、2013年11月14日にオープンした「佐賀県三瀬村ふもと赤鶏」2号店(東京・八重洲) に足を運んだ。

まるで地元の居酒屋にいるような特産尽くし
「佐賀県三瀬村ふもと赤鶏 八重洲店」は東京駅八重洲北口から徒歩3分。地下鉄日本橋駅から徒歩2分のビジネス街の路地裏にある。
店に入ってまず目に入るのが、カウンターの前に部位別にずらりと並べられた鶏の串。佐賀県三瀬村産の「みつせ鶏」は、スーパーでもなじみのあるブランド鶏だが、「ふもと赤鶏」は3年前に新しく生まれた鶏種。解体した翌日に店に届くそうで、どれも淡いピンク色でツヤと張りがあり、見るからに新鮮そう。

また、甘みが強くて歯触りのいいタマネギが多くの料理で使われており、これも地元の特産品。特にポテトサラダでは主役と言っていいほどの存在感を放つ。佐賀産のトマトや三瀬村産の牛乳を使ったドリンクなども含め、とにかくあらゆるメニューが「地元特産尽くし」となっている。食べ進むにつれ、聞いたこともなかった三瀬村が身近に感じられ、まるで地元の居酒屋で飲んでいるような錯覚に陥ってしまいそうなほどだった。


さらに、卓上には佐賀県産の調味料が並ぶ。料理が運ばれてくるたびに、スタッフが料理に合った調味料を説明してくれるのだが、マニュアルっぽさが一切なく、とても熱のこもった説明が印象的だった(てっきり地元出身の方かと思ったが、そうではないそうだ)。
なぜこれほど地元感の強い店を作ることができたのか。合掌智宏社長に、その経緯を聞いた。


自治体にはお金ではなく「情報と熱意と労力」を求める
福井県出身で都内に2店の居酒屋を経営していた合掌社長が、遠く離れた北海道八雲町の存在を知ったのは2009年。たまたま八雲町に転勤した親友が、ホタテ貝やサケなど、地元の新鮮な海産物を送ってくれたのがきっかけだった。商売柄、多くの産直食品に触れていたが、八雲町の海産物の質の高さにショックを受け、「八雲町にフォーカスした産直居酒屋」のアイデアがひらめいたという。

しかし、海産物を送ってくれた友人は地元の鮮魚店で購入しただけ。特別な仕入れルートがあるわけでもなく、誰と交渉すればいいか分からなかった合掌社長は、とりあえず八雲町役場の農林水産課に電話し、八雲町を前面に出した産直居酒屋を提案。電話に出た担当者はけげんそうだったが、ともかく関係者を集めてプレゼンテーションをすることになった。
「東京から来た見知らぬ人間がいきなりそんなことを持ちかけても、相手にされないだろう」と予想した合掌社長は、商談を成功させるため、いくつかの作戦を立てていた。

その1つがプレゼン前の段階で、店舗用の物件を用意したこと。しかも場所は日本橋三越前という都内の一等地で、島根館、新潟館、奈良館などの人気アンテナショップが集中している好立地。「手ぶらで行っても怪しまれるだけ。『すごい!』と思ってもらえる物件を用意することで、こちらの熱意と真剣さを感じてもらえると考えた」(合掌氏)。もし交渉が決裂したら、ほかの業態の店舗に転用すればいいと、決断したそうだ。
またこうした提案では、地域活性化のための補助金を当てにする企業が多いが、「補助金は一切もらわない。提供してほしいのは、情報と熱意と労力」と強調。町の中のどこにどんな特産物があり、誰が作っているかを地元以外の人間が調べるのは困難だ。その部分の協力を自治体職員などに依頼し、あとは農家、漁師、もしくは道の駅などから自分たちが直接仕入れる形にする。さらに農産物の場合、農協には卸せない形の悪いものも含めて、農協より1個10円でも高い金額で買い取る姿勢を伝えた。

1カ月間にプレゼンを3回行い、ようやく協力をしてもらえることになったが、当初、自治体側は「応援はするが公認はしない」というスタンス。「"町ぐるみ"といった表現は控えてほしい」とくぎを刺されていた。
しかし2009年8月、三越前に「北海道 八雲町」をオープンすると、すぐに月商1100万~1200万円を稼ぎ出す繁盛店となり、「八雲町」は3店舗(三越前店、浜松町店、日本橋別館)に拡大。八雲町の関係者も何度か来店し、オープンから半年後には「八雲町公認」のお墨付きがもらえたという。
続いて「焼き鳥の店も始めたい」と考え、日本中から40種類以上の鶏肉を取り寄せて研究した結果、選んだのが鶏肉の名産地として知られる佐賀県三瀬村で3年前に誕生した鶏種「赤鶏」。生産地の三瀬村を訪ねてタマネギなどの新たな名産品も発見し、2012年7月に「佐賀県三瀬村 ふもと赤鶏」を東京・田町に開業。現在、八重洲店と合わせて2店舗展開している。
さらに2012年8月にはカキを中心にした「北海道 厚岸」を、2012年12月にはむつ下北半島の食材を中心にした「青森県むつ下北半島」オープンした。
町のブランド価値が上昇すれば、店の価値も上がる
同社が魅力的な食材を発見することと同じくらいこだわっているのが、「魅力を料理だけでなく言葉でも伝えること」。そのため、新店のオープン前には多くのスタッフを産地に出張させ、生産者と一緒に農作業を経験したり、酒を酌み交わしたりさせるそうだ。まるで地元民かのような、熱のこもった説明ができる理由が分かった気がした。


その甲斐あってか、この店をきっかけに八雲町に興味を持ち、実際に八雲町に行ってきた常連客もいるという。「僕たちが目指しているのは、まだ知られていない小さな産地の価値を都会の人に伝えることだったので、非常にうれしかった。さらにその町の産品がブランド化すれば、僕たちの店も同じように価値が上がり、お互いに利益を得られる」(合掌社長)。

合掌社長は生産者からよく「食べた人の感想を教えてほしい」と言われるそうだが、そのたびに生産者と食べた人がつながらない、現在の流通の問題点を痛感するという。札幌中央市場でも、海産物のラベルには「北海道」と大ざっぱにしか表示されていない場合も多いそうだ。
流通の発達で食材自体は産地からすぐに届くようになっても、間に介在する業者が増え、生産者と消費者の距離はむしろ遠くなっている。今まさに問題視されている産地偽装表示問題も、そのことが遠因の1つだろう。お金だけでなく、無名の生産地の認知度を上げることに意義を見いだす「ピンポイント産直居酒屋」のビジネスモデルに、そうした構造的な問題を解決するヒントがあるのかもしれない。



(ライター 桑原恵美子)
[日経トレンディネット 2013年11月21日付の記事を基に再構成]関連リンク
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