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「シンビアン」を捨てざるを得なかった巨人・ノキア

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携帯電話の「巨人」であるフィンランドのノキアが2月、これまで育ててきたスマートフォン向けの基本ソフト(OS)を"捨てる"決断をした。米マイクロソフト(MS)との提携により、MSのスマートフォンOSを優先して使い、さらに両社がOSを共同開発すると発表したのだ。4月には全従業員の5%にあたる7000人を削減し、シンビアンのソフト開発やサービス提供を米アクセンチュアへの外部委託に切り替えることを明らかにした。

「突然の方向転換」の裏にあった戦い

ノキアがパートナーにMSを選んだ理由には「ほかに選択肢がなかった」「マイクロソフトから支払われる10億ドルとされる金額をノキアが高く評価した」といった指摘がある。なかでも有力なのはスマートフォンOSのシェアが上位にある企業の中で唯一、対等に近い関係で手を握れる相手がMSだったという説だ。

米アップルやリサーチ・イン・モーション(カナダ)は独自色が強すぎるし、米グーグルと組むと他の携帯電話メーカーと競い合う格好になる。発表当日のインタビューでもノキアはグーグルとアンドロイドの採用について協議したが「アンドロイドのエコシステム(生態系)のなかでは(製品の)差異化が難しい」として採用を見送ったことを明らかにしている。

世界の携帯電話メーカーでトップの座に君臨してきたノキア。10年には4億6131万台の端末を販売し、世界シェアでは28.9%を占める(米ガートナー調べ)。売上高は424億ユーロ(約4兆9622億円)。日本の携帯電話シェアトップであるシャープが2011年3月期に携帯電話事業であげた売上高4132億円のほぼ12倍に相当する。スマートフォンOSのシェアでもシンビアンがトップで、10年は全世界のスマートフォンの販売台数2億9664万台のうちの37.6%を占めた。

そんなノキアが98年から10年以上にわたって主力OSとして育ててきたシンビアンを捨てる決断をしたことは、突然の方向転換に見える。だが、実際にはこの3年間にわたってノキアは新型スマートフォンの市場で苦しい戦いを強いられており、そこで少しでも優位に立つため背水の陣を敷いたとの見方が多い。これまでの資産を捨ててでも、シンビアンから次のOSに移行する必要に迫られていたのだ。

シンビアンは、日本の富士通やシャープのフィーチャーフォンが、ベースOSとして採用している。ノキアがそのOSを使わなくなると、シンビアンを使ったフィーチャーフォンにも新たな進化が望めなくなる。ノキアの方針転換は日本の携帯メーカーに大きな影響を及ぼす一大事といえる。

シンビアンの事業モデルの転換を模索していたノキア

シンビアンはそもそも英国サイオン(Psion)社の「EPOC」と呼ばれるPDA(携帯情報端末)用OSをベースに開発された。高度なリアルタイム処理が求められる携帯電話機に適したOSで、日本メーカーでは富士通が先頭を切って自社製品に採用し、三菱電機やシャープなどが追随。NTTドコモのフィーチャーフォン用端末プラットフォーム「MOAP」のベースとなるOSの一つとして使われてきた。

 シンビアンはスマートフォン用のOSとしても圧倒的な立場を誇ってきた。米ガートナーの調査によると07年のシェアは63.5%に達し、09年でも46.9%を維持。当時の予測では14年時点でも、グーグルのOS「Android(アンドロイド)」と市場を二分する強大な勢力になると見なされていた。

シンビアンOSがたどった経緯
年月動き
1998年6月英サイオン(Psion)、ノキア(フィンランド)、エリクソン(スウェーデン)が出資してシンビアンを設立
99年1月シンビアンが株式会社化
2003年富士通、世界初のシンビアンOS搭載の第3世代携帯電話を出荷
04年ドコモ、シンビアンOSをドコモのソフトウェア プラットフォームに指定。MOAP(S)となる
08年6月ノキアがシンビアンの買収とシンビアン・ファウンデーションの設立を発表。シンビアンOSをオープンソース化
09年2月シンビアン・ファウンデーション設立
10年ソニー・エリクソン、韓国サムスン電子がシンビアンOSからの撤退を表明
10年11月シンビアン・ファウンデーションがシンビアンOSの開発をノキアに移し、業務を縮小すると発表
11年2月ノキアが米マイクロソフトと提携。MSのスマートフォンOSを優先して使うと発表
11年4月ノキアがシンビアンOSの開発を米アクセンチュアへの外部委託に切り替えると発表

その裏でノキアはシンビアンを巡る事業モデルの転換を模索していた。

08年6月、ノキアは別会社だったシンビアンの買収とシンビアン・ファウンデーションを設立を発表。それまで端末1台当たり5ドル程度のライセンス料を徴収していたシンビアンOSを、無償で使えるオープンソースに切り替えた。「ライセンス料で成立していたOSのモデルが、アンドロイドの登場で再構築を迫られたため」と、シンビアン・ファウンデーション・ジャパンでコミュニティマネージャーを務めていた小西一弘氏は当時を振り返る。08年9月にソースコードの公開が予定され、オープンソースの無償スマートフォン用OSとして期待を集めていたアンドロイドに、ノキアが打ち出した対抗策だったのだ。

オープンソース化の"副作用"

だが、シンビアンはオープンソース化による強烈な"副作用"に見舞われる。「それまでライセンスでしっかり作られてきたソースコードが"荒れて"、品質が落ちてしまった」(シンビアン向けソフト開発に詳しいアイ・エス・ビー第一事業本部営業企画部の吉田昌平技術統括ゼネラルマネージャー)。様々な開発者が作ったソースコードが付け加えられたが、中にはあまり品質がよくないものも含まれていたという。さらにシンビアン・ファウンデーションには、ソースコードを精査できる人材が不足していたため、OSそのものに品質の劣化を招いてしまった。

無償化で開発者やユーザー層の広がりを期待したが、ノキアの思惑とは逆に、それまでシンビアンを使ってきた開発者の離脱を促すことになってしまった。「ライセンスの下でしっかり管理されてきたシンビアンを使っていた開発者には(品質の劣化が)耐えられなかったのでは」と吉田氏は語る。

オープンソース化後はシンビアンを使うメーカー・開発者との間に溝が広がっていったという。一つはソースコードの2重化問題。ノキアが開発した最新のコードとシンビアン・ファウンデーションで配布されるオープンなコードが別建てになっていたという。「ノキアが自前で開発したソースなどを守るため」(小西氏)という側面はあったが、ライセンスを受ける側の企業は「現実と建前が違う」と不満を募らせたという。

さらに「オープンソース化を境に『S60』(と呼ぶプラットフォーム)のサポートをノキアが打ち切った」(小西氏)。メーカー各社は、開発者コミュニティの運営やアプリケーション流通などを自ら運営せざるを得ない状況に追い込まれた。これも1つの要因となり、韓国LG電子や米モトローラ、ソニー・エリクソン、サムスン電子などがシンビアンの搭載を打ち切った。その結果、富士通とシャープ、ノキアだけしか同OSを使う端末を作らない状態に追い込まれた。そのうえ「ノキアに魅力的な端末がなかったため、アプリ開発者もアンドロイドやiPhoneのアプリ開発に移ってしまった」(情報通信総合研究所グローバル研究グループの佐藤仁研究員)。

技術的進化でも動きが遅く

技術的な問題も抱えていた。特に「タッチパネルへの対応がうまくいかず苦しんだ」(小西氏)という。iPhoneが搭載し、アンドロイドが追随したタッチパネルを使った操作は、スマートフォンの標準ユーザーインターフェースとして浸透し始めていた。しかしこの技術をシンビアンで採り入れようとしても「使い勝手が悪いものしかできなかった」(同)。ノキア製の端末が搭載していたCPUのスペックが一昔前のもので、タッチパネルの操作に対応するには動作が遅かったからだ。

 こうした技術面での遅れは、ノキアが事業を世界展開するうえで、ちぐはぐな状況を生んだ。

中国をはじめとする新興国では、安価でそれほど性能の高くない端末が多く売れるため、ノキアは高いシェアを獲得。中国でのシンビアンのシェアは76.9%(2010年第2四半期、英カナリス調べ)。それが米国では上位3位にも食い込めず、存在感を発揮できなくなっていた。BlackBerryやiPhone、そしてアンドロイドといった最新の端末が競い合う市場では、軒並み苦戦している。

その背景にはシンビアンが、まだ大型のカラーディスプレーや第3世代携帯電話(3G)といった高速通信などの機能が使われていない98年に生まれた技術だったことがあるようだ。ノキアは上位機種のスマートフォンからタブレット端末に対応するOSとして「MeeGo(ミーゴ)」を米インテルと共同で開発することを2010年に発表していた。

そのミーゴの開発も遅れ、製品が出荷されないまま時間が経過していった。これに対してアンドロイドは08年9月に最初のバージョンがリリースされてから、スマートフォンからタブレット端末まで勢力を広げ、11年末には9代目のバージョン公開が予定されている。ノキアはOSの進化速度という点でも完全に後じんを拝していた。

「ノキアは端末の中核部分はシンビアンでまかなえたが、地図やアプリケーションストア、開発ツールは弱かった。ここが中途半端だったためマイクロソフトとの連携を選んだのだろう」と小西氏は分析する。ノキアがMSのOS採用発表後に公開されたガートナーの予測では、15年のシンビアンのシェアは0.1%。前年にアンドロイドと競りながら14年時点もトップにあるといわれていたシンビアンの評価が、1年のうちにここまで変わってしまった。関係者からは「アンドロイドの台頭に過剰反応して、焦ってビジネスモデルを変えようとした結果、自分から転んでしまった」と辛辣な指摘も聞こえてくる。

富士通はシンビアンでの端末開発を継続

シンビアンが変わるなか、同OSをベースとしてきたNTTドコモのフィーチャーフォンに変化はあるのか。今もシンビアンを使っている富士通は、ノキアの方向転換にかかわらず従来の資産を使って継続するという。

富士通は「シンビアンのプラットフォームは技術的には限界は何一つない」(モバイルフォン事業本部の松村孝宏マーケティング統括部長)と10年間にわたって使い続けてきた同OSを高く評価する。富士通がシンビアンを採用したのはNTTドコモが第3世代携帯電話サービスの「FOMA」を始めたころ。数百億円かかるとされるプラットフォームの開発費がメーカーの負担となるため、ドコモの呼びかけを受け入れ三菱電機と協業した。その後でシャープも陣営に加わり、「富士通のために作った機能のうちNTTドコモ部分だけを切り出してMOAPを作ったが、とてもうまくいったと思う」(松村統括部長)。

フィーチャーフォンでは十分な成果を上げた富士通だが、現在は海外市場の開拓という課題に直面している。「グローバルに通用する端末でないともう戦えない」(富士通の高田克美モバイルフォン事業本部長代理兼モバイルフォン事業部長)。富士通は5月16日、自社開発のスマートフォン「F-12C」を初めて投入すると発表した。「端末を開発するだけではコスト競争に巻き込まれる。クラウドと連携したサービスや他社にはない端末の機能を盛り込まないと差異化ができない。ここが最大の難題だ」(同)。富士通はフィーチャーフォンとスマートフォンを並行して売るが、海外展開はこのスマートフォン1号機が試金石となる。

(電子報道部 松本敏明)

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