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「古里プレミアム」にこだわる(若者、地方へ)

低温世代の経済学パート4(3)

1990年代以降に社会人になった20~30代の若者たち。高度成長の熱気もバブルの興奮も知らない「低温世代」の彼らにとって、出世や高給への期待がしぼんだ大都会は必ずしも魅力的に映らない。むしろ幼い頃から慣れ親しんだ住環境や風習、利害のない学生時代の友人、そんな古里の居心地の方が貴重なものに感じられるようだ。

寒空の下、3000人が集まった

1月28日、氷点下の土曜夜。JR福島駅周辺に約3000人の若者が集まった。目的は全国最大規模の合コンイベント「福コン」への参加だ。20~30代中心の参加者の約7割は県内在住で、出身者も含めると、ほとんどが福島県人で占められた。

「福島にもこんなに若者がいたんだ」。実行副委員長の高野寿治さん(37)は感慨深げにその様子を眺めた。「福コンで出会った男女が福島でデートを重ねて結婚し、生まれた子供も福島に愛着を抱く。そんな風になったらいいよね」

原子力発電所事故に揺れるフクシマ。この1年で約6万人が県外へ避難した。にもかかわらず、こんなに多くの若者が地元での出会いを求めている。

1時間でほかの店に移るのが福コンのルール。氷点下の週末の夜、出会いを求めて若者が飲食店街を回る

いったい何が若者をひきつけるのか。

まず話を聞いたのは、高校の同級生で30歳という川俣町の女性4人組。全員が「彼氏募集中」という。彼女たちが相手に求める条件はとにかく細かい。マキさんは「川俣町内はお母さん同士がみんな友達だからダメ。二本松市とか福島市とかがいいなあ。太平洋側の浜通りは気性が荒いからイヤ」。エミさんの場合は「私は4人兄弟だから、子供がいっぱい欲しい」という。

福コンの開催前には古里・福島で多くの恋が生まれるように祈願した

そんな彼女たちにも共通条件がある。相手は福島県人であること。「福島は物価が安いし、家も広いから、子育てをしやすい。東京なんて犯罪が多いから怖くて住めない」(エミさん)。結局、この日は「アプローチを待ったけど、いい人が来なかった」と会場を後にしてラーメン店に消えた。

こんな声も聞いた。

「地元を離れてみて、人のつながりが大切に思えた」。福島市出身で新潟県に住んでいる30代の女性は「昔は噂話がすぐに広がる密着感がイヤだった。でも外へ出て初めて、そんな濃いつながりもいいかなと思えるようになった。いい人が見つかれば、福島に戻りたい」と話す。一緒に参加した高校の同級生という30代の女性も「並んでベビーカー押してママ友やりたいね」と会話が弾んだ。

粉雪が舞うなか、若者たちは出会いを求めて街の中を歩き回った

同郷なら、お互いに分かり合える

ただ、そんな若者たちの間にも原発事故が影を落としている。今春に看護学校を卒業するという2人組の女性(ともに21)は地元で結婚したい理由として、こんな複雑な胸の内を語ってくれた。

「もし県外の人と結婚したとして、相手自身は気にしなくても、その親から『福島出身で大丈夫なの?』なんて言われたら、やっぱり傷つくよね」

「うん、県内の人なら、お互いの気持ちを分かり合えそうだよね」

生まれ育った古里で暮らしたい。そう思うのは、決して低成長下で活気を失った大企業サラリーマンへの幻滅だけが理由ではない。若者たちは古里で暮らすことによる「プレミアム」をちゃんと計算している。

前田さんは、よく知っている生徒を教えることで、その家族や地域との結び付きも強まるという

「子供の夢に乗っかりたい。伴走というか、支えてあげたいんです」。前田重樹さん(36)は2月6日、古里の静岡県伊東市で学習塾を開業した。運営する塾は難関校に合格させることを目的としていない。だから引きこもりの生徒も受け入れる。「伊東市には引きこもりなどで不登校の児童が100人もいるんです。何とか学校に復帰できるきっかけを与えてあげたい」

前田さんは順風満帆な人生を歩んできたわけではない。弁護士を目指して勉強したが失敗し、何も仕事をしていなかった時期もある。

「大学を出てもプータローです」。前田さんは自重気味に語るが、その経験が今の塾につながった。「社会からはみ出したからこそ分かる気持ちもある。ドロップアウトした子供にきっかけを与えたい。それが古里への恩返しかも」と思う。

「顔が見えるんですよ」

なぜ古里なのか。「近所のおじいさんから『うちの孫を頼む』なんて頼まれたりとか、七五三の写真を見せてもらった子が中学生になって教えるとか。顔が見えるんですよ。うれしいですよね」。なかには生徒の担任教師が前田さんも習ったことがある先生だというケースもある。よく知っている生徒を教えることで、家族や地域との結び付きも強まる。その充実感が仕事に加わるプレミアムだ。

ただ理想だけで塾は運営できない。JR伊東駅から前田さんの塾に行くまでに、同業者は大手も含めて10教室以上ある。「知り合いの業者に商圏分析をしてもらったら、やめた方がいいと言われました。でもやっぱり伊東でやりたかった」と話す。

だから効率化のためにITの力も借りた。黒板に向かって授業を聞くのではなく、生徒はインターネットで教材を呼び出し、パソコンに向かって勉強する。前田さんの夢は同級生の子供を生徒に迎えること。「同級生の子供はちょうど小学生ぐらい。親をよく知っている子供なら、どんな風に教えたらいいか相談もしやすい」と笑顔を見せた。

「どうしてもこの町に戻ってきたくなったんです」。和歌山県白浜町で暮らす鈴木保さん(40)はこう振り返る。

鈴木さんは神奈川県内の品質検査会社に就職後、2009年から長期出張で和歌山市に1年半住んでいた経験を持つ。10年に神奈川の本社に戻ったが、和歌山での幸せな生活が忘れられなかったという。ようやく見つけたのが白浜のソフト会社だった。

夢をかなえるため「Sターン就職」

「神奈川→和歌山→神奈川→和歌山」。鈴木さんは夢をかなえるために「Uターン就職」ならぬ「Sターン就職」を選んだ。

出身は神奈川県秦野市。ただ祖父母の家が三重県芸濃町(現津市)にあり、子供のころ夏休みに海岸線伝いで白浜に何度も遊びに行ったことを覚えている。「古里と言って浮かぶのは、神奈川県よりもこっち。いつか暮らしたい。子供のときからずっと夢として温めていました」

鈴木さんにとって、古里と言って思い浮かぶのは和歌山県白浜町だという

10年12月に今の仕事に転職し、白浜で2階建ての一軒家を借りた。毎朝4時に起床し、畑で農作物の出来栄えを確認してから会社に向かう生活。昼休みは近くの海岸で磯遊びを楽しむ。「貝を捕って自宅で煮て、晩酌のつまみにするのが何よりの楽しみ」という。

収入は4分の1に減った。ただ白浜には、都会では絶対に手に入らない澄んだ空気と優しい自然がある。「不満といえば、大好きなケンタッキーフライドチキンが50キロも離れていることぐらい」。たまに自転車を駆って食べに行く。それもまた楽しい。

IT分野が得意の鈴木さんにとって、就職したばかりの頃は田舎で仕事を見つけるなんて考えられなかったという。だが今は違う。「ITの展示会や勉強会への参加機会は減ったけど、インターネットで事足りる時代。神奈川にいた頃は大学の同級生同士で収入や出世、持ち物なんかを競ったこともある。でもここにきたら、どうでもよくなった」

1度きりの自分の人生にとって、何がプレミアムなのか。経済成長下の大企業神話が崩れかけた今、若者が古里へ帰るのは合理的な選択でもある。

(西雄大)

 低温世代 就職氷河期の洗礼を受け、やっとのことで会社に入っても賃金は上がらず、好況といった浮かれた状況は知らないまま社会人として生活している世代。いくら働いても給料は上がらないので転職して給料を増やしたいという気持ちもあるし、やりたいと思う仕事もあるのだが、やっとの思いで入れた会社だから、失敗したらと思うと思い切って挑戦することもできず、そのまま現在の会社に残っている。
※「現代用語の基礎知識」(自由国民社)より抜粋
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