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委託先から発信源に、インドで始まる途上国のゲーム世界展開

ゲームジャーナリスト 新 清士

"アングリーバード・エフェクト"――。5月にシンガポールで開催されたゲーム会議イベント「カジュアルコネクトアジア」の、インドのゲーム産業についてのパネルディスカッションで、筆者は「そんな言葉まで出てきたのか」と驚いた。この言葉を発したのは、インドのゲーム会社としては最も古い1997年に設立された「Dhruva Interactive(ドゥルバ・インタラクティブ)」のラジェシュ・ラオ氏だ。

Dhruva Interactiveのラジェシュ・ラオ氏

発展途上国の開発会社でも、米アップルの「AppStore」や、米グーグルの「GooglePlay」のほか米アマゾン・ドット・コムや米フェイスブックなどの世界規模のプラットフォームを活用することで、ゲームをネットを通じて世界に発信できる。ラオ氏はインドの会社にも、新しいチャンスが生まれてきたという文脈で発言していた。

誰もが狙う第二の「アングリーバード」

「AngryBirds(アングリーバード)」は現在、世界中でブームを巻き起こしているゲーム。フィンランドの小さなモバイルゲーム会社「Rovio Digital(現Rovio Entertainment)」が2009年にリリースした。1ドルもしくは無料で、スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)やパソコンといったプラットフォームにかかわりなくリリースし、全世界で10億ダウンロードを達成している。

シンガポールのおもちゃ屋の店頭に並ぶ「アングリーバード」グッズ

既にその効果はゲームの領域を超え、知名度が上がったゲームのキャラクターはブランドとして定着している。このキャラクターを玩具などにフランチャイズ展開することにより収益を上げる手法を開拓した。

シンガポールのおもちゃ屋にもアングリーバードのキャラクターグッズが並び、現地のコンビニエンスストアチェーンのセブンイレブンではスタンプラリーのキャンペーンを展開していた。中華街にはコピー品と思われるグッズまで出回っている状態で、その人気の高さを実感させられた。

小さな会社でも展開できたアングリーバードの成功を手本として、発展途上国のゲーム開発会社は世界進出を自分たちの目標として考えるようになっている。

Dhruva Interactiveのホームページ。公開されている過去の実績には欧米での有名ゲームが多数含まれる

 インドのゲーム会社は、ほとんどが家庭用ゲーム機向けゲームのグラフィック部分を開発する委託先として認識されてきた。ドゥルバは、マイクロソフトの「Xbox360」で動くレースゲーム「フォルツァモータースポーツ」シリーズの自動車部分のグラフィックを開発するアウトソース先として知名度を上げた。それから数多くの有名ゲームのグラフィックを担当し、インドで成功したゲーム会社の1社に数えられる。

この成功の影響で、インドには仏UBIソフトや米ジンガといった欧米圏の複数の企業も現地法人を持つようになった。しかしあくまでゲーム内の一部の開発を委託するアウトソース先か、自社ゲームの販売子会社と考えるのが普通だった。

急速に増加するインドのゲーム会社

その状況が劇的に変わろうとしている。インドでも自分たちが作りたいゲームを発信しようという機運が高まってきたのだ。「2010年にはインド全体に25社しかゲーム会社がなかったが11年には100社にまで広がり、現在は150社にまで増えている。新しいアイデアを持ち込み、有名なブランドを使うことによってチャンスが生まれている」(ラオ氏)。ネット流通を前提とした、小さな独立系のゲーム会社が次々に現れてきたという。

インドのムンバイなどの大都市には、5年あまり前からインターネットカフェが広がっている。ここに韓国のオンラインゲーム会社が大規模オンラインRPG(ロールプレイングゲーム)を積極的に持ち込んだという。当時、ユーザーサポートへの問い合わせが最も多かったのが、「どうして何も悪いことをしていないモンスターを殺さなければならないのか?」といった質問だったという。ビデオゲームを遊ぶ習慣がそれまでなかったインドでは、多くのユーザーがゲームの世界の「約束事」を理解できなかったようだ。

Indiagamesのホームページ。「クリケット」ゲームが強調されている

しかしインドでも始まったスマホの普及が、こうした状況に変化をもたらしている。調査会社ネットスクライブズの予測では2014年までにインド国内のゲーム市場は、194億ルピー(約270億円)と09年から30%も成長する。そのうちの57%を携帯電話向けゲームが占める。国民1人当たりGDPが12年に4万8700ルピー(約6万8000円。数値は国際通貨基金の予測による)に増えており、市場規模への魅力が高まっている。

「強調しておきたいのは、(インドの市場成長は)楽観的に考えられること。インドの潜在的な可能性は高く、新しいマーケティングや市場開発が可能」と述べたのは、インドの有力なゲーム会社として成長しつつある「Indiagames(インディアゲームズ)」創設者のニヤッド・チャヤ氏だ。同社は1999年に携帯向けゲーム会社として設立されたが、2007年にウォルトディズニーの子会社「UTV」に買収され、ゲーム部門は着実に大きくなってきている。同社は英国やインドで人気のある「クリケット」のゲームで成功したという。

スマホユーザーほどゲームを遊ぶ率が高い

Indiagames創設者のニヤッド・チャヤ氏

ただし、特に国内市場の成功がすぐに約束されているわけではない。インドで売れている携帯電話は100ドル以下の安い従来型(フィーチャーフォン)で、スマホは全体の10%程度しか購入されていない。一般の人に広がるにはまだ価格が高く、購入者は所得が高い層に限られている。

一方で、10%でもゲームユーザーの登場に大きな影響を与えうる。調査会社ニールセンによると、インドで強いスマホは、グーグルの基本ソフト(OS)「アンドロイド」搭載機とカナダのリサーチ・イン・モーションの「Blackberry(ブラックベリー)」だが、フィーチャーフォンに比べ1日あたりの利用時間が長い。特にアンドロイド搭載機が顕著だ。1日にゲームで遊んでいる平均時間はアンドロイドが14分なのに対して、ブラックベリーは6分だ。アップルの「iPhone」はインドではほとんど市場を作れていないため、インドでは時間はかかるがスマホはアンドロイドが引っ張っていくと考えられている。

NASSCOM Game Developer Conference 2011の公式ページ

「今の課題は、すべての開発会社が十分な品質のゲームを作り上げられていないことだ」(チャヤ氏)。一方で、良いアイデアのゲームを作り、早くに参入して、それを改善していくという「エコシステム」が育ち始め、インドのゲームの情報が集まるポータルサイトがインド独自にできつつある。「まだ決済方法という大きな弱点もあるが今後数年で解決できると考えている。インドのローカルの開発者がコラボレーションしていくことが大切」(同)。

インドでは、「NASSCOM Game Developer Conference」という開発者向けイベントが09年秋に始まっている。NASSCOMとはインドのソフトウエア産業振興のための機関だ。09年の参加者は150人だったが、11年には700人となり「今年は1500人に増えるだろう」(チャヤ氏)。11年の講演者には、米ジンガ、米エレクトロニックアーツ、仏UBIソフトといった企業が並んでいる。

日本にもインドへの進出に取り組みを始めたゲーム会社がある。スクウェア・エニックスの名誉会長の福嶋康博氏が、4月24日にインド進出のための記者会見をムンバイで開き、インドの開発者向けにゲーム開発コンテストを4月30日から始めると発表した。

 7部門が用意され、最高賞金は100万ルピー(約140万円)だ。日本では安く感じられるかもしれないが、この賞金はインドの物価で考えるとかなり大きな金額だ。もちろん支援と同時に、有能な人材の発掘と将来的なパートナーシップも視野に入れたものだろう。

アウトソース先が発信する時代に

インドの開発者たちに広がり始めているのは、新しいスマホ市場の可能性と、世界市場に対等な条件で展開できることへの期待だ。

「Ra.One」のゲームはインドのiPhone用ゲーム部門でトップになった

ドゥルバのラジェシュ氏は、06年に出版されたトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」(日本経済新聞社)にも登場する。本物の西部劇に登場する酒場を見たこともないのに、ネット上の情報だけで3D(3次元)で動くデモンストレーションを作成し取引先に持ち込んだことで、多くの下請け業務を得られるようになった経緯が書かれている。同氏のエピソードは、無料に近い開発ツールが数多く登場し、インターネット回線の発達によって場所に関係なく仕事を受けられる、という時代の変化を物語っていた。

それからさらに6年がたち、彼ら自身がコンテンツを発信する時代に変わりつつある。インドのゲーム会社でも、インド独自の国内事例や、海外への進出の成功事例が登場し始めている。

RoloculeGamesのホームページ

ラオ氏の一つの目標が、インド映画(いわゆる「ボリウッド」)のブランドを使って、インド独自のゲームを世界に展開していくことだ。昨年公開された「Ra.One」というSF映画の公開にあわせて、アップルのiOS向けアイテム課金型シューティングゲームを全世界にリリースした。ボリウッド映画が世界ヒットに成功するならば、ゲームも連動して売れるという相乗効果を期待しているようだった。

「RoloculeGames(ロロキュールゲームズ)」がリリースし、インド国内で賞を受けたiOS用ゲーム「FLICK TENNIS:COLLEGE WARS」は、全国大会で優勝を目指すストーリー仕立てのテニスゲームだ。タッチパネルの操作を効果的に使ったテニスゲームとして、日本のユーザーからも5点満点中4.5点と、高い評価を獲得している。一見、米国産のゲームのような展開をするので、このゲームがインドで作られたことに多くの人は気がつかないだろう。

"フラット化した世界"は、世界のどこでも仕事を請け負えるという状況を生み出したが、現在では発展途上国製でも先進国のゲームと対等に争える段階に変わりつつある。世界全体に広がったネット流通のチャネルは、インドの事例からも見えるように世界のゲーム産業の形を変えようとしている。

新清士(しん・きよし)
 1970年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)副代表、立命館大学映像学部非常勤講師、日本デジタルゲーム学会(digrajapan)理事なども務める。
 また、グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にメンバーとして参加している。

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