ロケットの概念変えた「イプシロンの人工知能」
13年の注目技術1位
2013年のランキング1位には、純国産ロケットの「イプシロンロケットの人工知能」が選ばれた。2位には、前走車と衝突の危険性が高まると自動でブレーキをかける自動ブレーキを低価格化した技術が、3位には、予報もなくいきなり発生するゲリラ豪雨を予測する技術が入った。本連載では、ベストテンに選ばれた技術をランキング1位から順に振り返っていく。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)とIHIエアロスペースが開発した「イプシロンロケット」は固体燃料を使う小型ロケットで、1.2トンまでの小規模な人工衛星を軌道に乗せることができる。
2013年9月14日午後2時、JAXAはイプシロンの初号機を鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げた(写真1、写真2)。1時間後、イプシロンは搭載していた衛星を計画通りの軌道に乗せた。

ロケットの打ち上げを日常的なものに
イプシロンの狙いは「ロケットの打ち上げをもっと簡単で日常的なものにすること」(森田泰弘プロジェクトマネージャ)である。このため、コストダウンや組み立ての簡素化、準備時間の短縮などが図られている。
打ち上げコストは初号機で50億円程度、2号機以降では38億円で済むという。2017年に打ち上げる次期イプシロンでは30億円以下に引き下げる。これに対し、液体燃料を使う大型ロケット「H2A」の場合、打ち上げに100億円近くかかっていた。
発射台にロケットを設置してから打ち上げ、後片付けまでの期間はイプシロンの場合、7日であった。これに対し、イプシロンより1世代前の小型ロケット「M-V」では42日間かかっていた。
低コストかつ短時間で打ち上げを成功させる肝となるのが、打ち上げ前の点検を自動化する打ち上げ管制システムだ。人工知能(AI)機能を組み込んだ、「ROSE(ローズ)」という愛称を持つコンピューターをイプシロンに取り付け、ROSEが電気機器の状況を監視し、地上側のパソコンに伝達するようにした(写真3)。


何らかの異常を検出した際には、システムが即座に打ち上げを中止する。こうした仕組みにより、人為ミスの排除による信頼性向上、点検時間の短縮、管制要員の削減などを実現した。2台のノートパソコンだけで打ち上げ管制ができるため、管制室内の要員はM-Vの10分の1で済んだ(写真4)。
イプシロンと管制システムの可能性
ただし、今回の初号機の打ち上げでは、点検作業を自動化したがゆえのトラブルに見舞われた。8月27日、発射19秒前に打ち上げを中止したのは打ち上げ管制システムのトラブルが原因だった。
イプシロンロケットの姿勢を点検した際、イプシロン側のコンピューターからデータが送られてくるよりも、わずかに早く地上側のコンピューターが姿勢チェックの処理をしてしまった。その差は0.07秒であったが、地上側のコンピューターは異常を検知したと誤認し、打ち上げを自動停止した。
しかし、最終的に打ち上げに成功したことで、イプシロンロケットと打ち上げ管制システムの双方について将来の可能性が広がった。
新興国に採用を働きかけ
東南アジアを中心に新興国で小型衛星の打ち上げニーズが高まっている。日本としては今後、今回の実績をアピールし、新興国にイプシロンの採用を働きかける。
打ち上げ管制システムはイプシロンだけではなく、将来は再利用可能なシャトルの打ち上げにも活用される。 その意味で、イプシロンロケットとその管制システムは日本の宇宙開発のエポックメイキングになる技術である。
(日経コンピュータ 木村岳史)
[ITPro 2013年10月29日付の記事を基に再構成]関連リンク
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