3兄弟の写真が語るもの(震災取材ブログ)
@福島・大熊

2012/2/22 7:18
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1月末、福島第1原発の事故で、福島県大熊町から避難を余儀なくされた男性(51)が1枚の写真を見せてくれた。一時帰宅の際に持ち出したデジタルカメラに入っていたものだという。撮影はちょうど1年前の昨年2月。長女(19)の独立を前に「しばらく兄弟そろったのは撮れねえぞ」と長男(17)、次男(12)と写した写真だそうだ。

無邪気にポーズを取る3人。その春には県外に出て、社会人としてスタートを切る予定の長女も希望に満ちあふれた表情だ。

しかし、背景にはあの最悪の事故を起こした福島第1原発。家も、学校も、仕事も奪った原発が、今となっては幸せそうな写真の印象を一変させてしまっていた。

撮影場所は東京電力の敷地内で、「展望台」と呼ばれるところ。福島第1原発を一望でき、子どもたちもよく遊びに来ていた場所だそうだ。「何気なく背景に写しこんだ」という男性は直接、原発関係の仕事をしていたわけではないが、自宅から近いこともあり、やはり身近に感じていたのかもしれない。その何気なく写しこんだ背景が、わずか数週間後に自分たちの生活基盤のすべてを奪うことになるとは思いも寄らなかっただろう。

現在、男性一家は千葉県にある妻の実家に身を寄せている。塗装業を営んでいた男性は、独立前の「師匠」から仕事を請け負い、同町内の工場に勤めていた妻(47)はまったく畑違いの介護の仕事に就いた。長女は会社の寮暮らし。長男、次男は新たな学校に通い、それぞれが新生活を送っている。

昨年11月下旬、男性一家に一時帰宅が認められた。年齢制限で警戒区域に立ち入りできない次男は、残念ながら千葉で留守番だったが、震災以来8カ月ぶりの里帰りが実現した。「しばらくは戻れないかもしれない。家族にとっての節目だね」。男性はそう話した。自宅までの道中、車窓を流れる懐かしい町並みに家族みんなで歓声を上げ、盛んにシャッターを切った。

自宅ではまるで「宝探し」。使えそうなものを見つけては車に積み込んだ。ただ、時折みせる淡々とした様子が気にかかった。「だって、あきらめてるもん」。長女の言葉が胸に突き刺さった。その隣で長男が独り言のようにいった。「俺はあきらめてねえぞ」。家族の間でさえ、ふるさとへの思いはひとつではないのだ。

いずれこの兄弟が写真を手に「こんな時もあったよね」と、この異常事態を笑って話せる時が来ることを祈りたい。その頃、大熊町はどうなっているのか。ふるさとを奪ったものが記憶のよすがになってしまうのは皮肉としかいいようがない。(柏原敬樹)

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