愛について君は何を知っている  ホンダの「ワイガヤ」(3)

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2012/8/2 7:00
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そして最終的に我々は、次のような共通認識にたどり着いた。冷蔵庫の開発で重視すべきは機能/品質/性能といった定量化できるものだが、クルマはそれだけではない。定量化できない、お客様の心を揺さぶるような極めて情緒的な価値が必要になるのだ。それによってクルマは愛車になる。「だから、冷蔵庫と同じようにクルマを開発しては駄目だ」。

愛は、クルマの開発になくてはならないものだったのである(図1)。

図1 クルマは「愛」が付くハードウエア

図1 クルマは「愛」が付くハードウエア

研究所の幹部には、そうした議論の内容を報告した。すると、「ファ!ファ!ファ! やっとここまで来たか」と言い残して、その場を立ち去ってしまった。この雰囲気はなかなか伝わりにくいかもしれないが、それは最大級の褒め言葉だったのだ。

冷蔵庫の開発技術者には別の視点もあるだろうが、この認識は、若かった我々にとって、その後にさまざまな技術開発に取り組む際の座標軸になった。技術開発は、多くの実験を通じて膨大な定量データを扱う。ややもすると、その数字を良くすることだけを考えるようになる。そこで立ち止まって考えるのだ。クルマには定量化できない愛のような価値が必要なのだ、と。

特にイノベーションは、愛と共通する。2つとも論理を超えている点だ。人は、ほれた理由を論理的に説明できないし、イノベーションも論理を超えないと、未知の領域に到達できない。

普通に考えれば、愛について何時間も語るワイガヤは全くの無駄、ひいき目に見ても非効率の極みに思える。しかし、このワイガヤは筆者が技術者としてキャリアを積んでいく上で大きな財産になった。その効果は計り知れない。

おやじ[注2]は、「本田技術研究所は技術の研究をする所ではない。人間の研究をする所だ」と語っているが、その真意がなかなか理解されていない。実際は、とても単純で文字通りの意味である。研究所の技術者が第1にすべきことは、お客様の心を研究し、お客様が求める将来価値を見つけることだ。それが分かったら、手段である技術を使って、その将来価値を実現すればよい。だから、技術ではなく「人間の研究をする所」なのである。

そして、人間の研究をする以上、技術者は自律した人格を備えていなければならない。これが3番目の質問をする理由だ。自分が生きる目的、つまりは最も重視する価値について考えていない人間に、お客様の将来価値が分かるわけがない。 (次回は8月9日に掲載)

[注2] おやじとは、ホンダの創業者である本田宗一郎氏のこと。我々は、敬意と親しみを込めて「おやじ」や「おとっつぁん」などと呼んでいる。

小林三郎(こばやし・さぶろう)
 中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授。1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。2012年7月30日に「ホンダ イノベーションの神髄」(日経BP社)を上梓。

[日経ものづくり2010年9月号の記事を基に再構成]

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