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大津波で鉄筋コンクリート造の建物が横転した理由

津波で周囲の水深が15mに達した時点で、建物は自重の5倍に相当する津波の水平力を受けて転倒。一方、く体に生じた浮力が転倒に及ぼす影響は小さかった――。

東日本大震災の津波によって、宮城県女川町にある複数のRC(鉄筋コンクリート)造の建物が横転した。国土交通省が津波避難ビルなどの構造的な安全性を検討するなかで、横転に至るメカニズムが次第に明らかとなってきた。

RC造の建物は従来、津波に対して強いと言われてきた。自重が大きく、耐震要素を兼ねる丈夫な壁などを備えているからだ。

女川町で横転した建物を巡っては当初、津波の水平力のほか、開口部が少ないく体に浮力が作用したことなど、様々な原因が推測された。上向きの浮力が加われば、建物の自重が相対的に小さくなり、より小さな水平力で転倒する恐れがある。

東京大学生産技術研究所の中埜良昭教授らは、開口部の比率や浮力などが建物の転倒に及ぼす影響を詳細に分析した。

対象としたのは、女川町で横転した4階建てRC造の建物。床平面4m×6m、階高3mの耐力壁付きラーメン構造で、外壁面に占める開口部の比率は5.2%だった。

浮力によって見かけの自重は32%に

この建物は津波を受けて横転し、地震前に建っていた位置から約70m山側に移動した。基礎にあった直径30cmのPC(プレキャストコンクリート)杭の大部分は、杭頭部がフーチングに埋め込まれた状態のまま破断していた。女川町における津波の浸水深は最大で約15m。東北大学災害制御研究センターの越村俊一准教授らの調査によると、ピーク時には6分間で水位が12m上昇した。

こうした条件に基づいて、中埜教授らはまず、津波を受けた際に建物の正面と側面の開口部から流入する水の量を算定。建物内部の浸水状態を考慮して浮力を求めた。

建物内に流入する水の流速は、「トリチェリの定理」と呼ぶ流体力学の考え方を使って計算。建物周囲の浸水深と開口部との高低差が大きいほど、流速が大きくなるとした。流速を時間で積分した値に開口部の面積を乗じて、建物内に流入した水の量をはじいた。

流入する水は各階の垂れ壁の高さまでとし、垂れ壁よりも高い空間には空気が残留するとして計算した。横転した建物内を現地調査した際、各階の垂れ壁の高さに水の痕が残っていたからだ。

浸水深1mごとに建物に作用する浮力の推移を計算した結果、浸水深が7mのときに浮力が最も大きくなり、見かけの自重は浮力が作用しない場合と比べて32%になることが分かった。浸水深が最大の15mに達したときは、建物内に流入する水の量が増えて浮力が減少。見かけの自重は浮力が作用しない場合の80%程度まで回復していた。

転倒モーメントは抵抗モーメントの1.7倍

次に中埜教授らは、津波の波力によって建物に作用する転倒モーメントのほか、浮力を考慮した建物の自重による抵抗モーメントと、建物の転倒時に引き抜き抵抗力が生じる杭の抵抗モーメントとを比較した。

津波の波力による転倒モーメントは、浸水深に応じた静水圧荷重を想定。転倒モーメントは浸水深の上昇とともに増大する。浸水深が最大の15mに達した際、層せん断力係数4.88に相当する津波の波力を受けて転倒モーメントが発生することが分かった。建物の自重の4.88倍に相当する水平力が加わったことを意味する。

一方、自重と浮力による抵抗モーメントは、浮力が最も大きく作用する浸水深7mで最も小さくなるものの、転倒モーメントが最大となる浸水深15mでは浮力が減少。層せん断力係数0.38に相当する抵抗モーメントとして作用する。

杭の抵抗モーメントは、転倒時に引っ張り力が生じる12本の杭の引き抜き耐力を基に計算した。杭の周面摩擦力と杭頭鉄筋の破断強度がほぼ同じなので、杭の引き抜き耐力の算定には杭頭鉄筋の破断強度を採用。浸水深にかかわらず、層せん断力係数2.55に相当する抵抗モーメントが作用することが分かった。

2つの抵抗モーメントの合計は、浸水深15mで層せん断力係数2.93に相当。津波による転倒モーメントは抵抗モーメントの合計の1.7倍と大きく、建物が横転した実際の被害結果と整合する。2つの抵抗モーメントのうち、自重や浮力が転倒に及ぼす影響は相対的に小さかった。

開口部の大きな建物は転倒せず

女川町と同程度の高い津波に襲われたにもかかわらず、転倒を免れた建物もある。

例えば、岩手県陸前高田市にある3階建てRC造の建物は、浸水深が最大で14mの津波を受けたにもかかわらず残存した。

この建物は直接基礎で、杭基礎の建物と比べて転倒に対する抵抗力が小さいものの、開口部の比率が27.4%と大きい。津波の波力を受ける面積が小さくなるため、転倒モーメントが減少。建物内に水が一気に流入することで、大きな浮力も生じなかった。

さらに、建物の高さに対して津波の進行方向となる奥行きが大きく、津波を受けても倒れにくい形状となっていた。浸水深0mでは建物の自重によって層せん断力係数2.01に相当する抵抗モーメントが働いていた。

中埜教授らが女川町の建物と同様の方法で計算すると、浸水深14mに達した際、建物は層せん断力係数0.98に相当する津波の波力を受けて転倒モーメントが作用。一方、浮力を考慮した建物の自重による抵抗モーメントは転倒モーメントをわずかに上回り、解析結果と実際の状況とが一致した。

津波避難ビルなど、津波で横転しない建物をつくるためにはどのように設計すればよいか――。中埜教授らは、建物の階数を増やして自重を大きくする方法や、津波の進行方向に建物の奥行きを長くして抵抗モーメントを増やす方法などについて比較した。

検討結果によると、15mの浸水深が予想される地域の場合、7階建てなら奥行き32m、9階建てなら同26m、11階建てなら同22mの規模の建物が必要となる。階数があって自重の大きい建物ほど、奥行きは小さくて済む。

いずれも単位床面積当たり13kN/m2の重量があるRC造耐力壁付きラーメン構造の建物として計算。階高は3.5m、開口部の比率は30%で、津波による浮力や滑動は生じないと仮定した。津波の波力は、流速の2乗に比例する抗力の影響などを考えて、浸水深15mの2倍に相当する同30mの静水圧荷重を想定した。

ピロティやALC外壁で波力を低減

津波の抜け道となるようにピロティ構造を採用したり、面外耐力の小さいALC(軽量気泡コンクリート)の外壁を採用したりすれば、建物の奥行きが小さくても津波で横転しにくくなる。

中埜教授らの試算によると、1、2階を開口部の比率が70%のピロティ構造とした場合、7階建てなら奥行き26m、9階建てなら同23m、11階建てなら同20mで済む。ピロティ構造でない場合と比べて、奥行きをそれぞれ6m、3m、2m短くできる。

試算では、ピロティ部分の開口部の比率に応じて津波の波力を受ける面積を低減。それ以外の条件は先と同じにした。

外壁や間仕切り壁をすべてALCとした場合も、建物の奥行きを減らせる。津波を受けるとALCが壊れて津波を通すので、大きな転倒モーメントが生じにくい。

外壁などに占めるALCの面積の比率を70%とし、ALC面は津波の波力を受けないとして計算した。ただし、ALC3枚分の面外耐力として計15kN/m2だけ見込んだ。

その結果、7階建てなら奥行き17m、9階建てなら同15m、11階建てなら同13mでも津波で横転しないことが分かった。

津波避難ビルの設計に当たっては、津波に伴う漂流物の衝突による建物の倒壊や、基礎部分の洗掘による建物の沈降や傾斜にも注意しなければならない。

漂流物の衝突について、中埜教授らは衝突する物体と建物との運動量保存則を基に検討した。

5階建てRC造で1階の層せん断力係数(ベースシアー係数)が1.0、構造特性係数(Ds値)が0.55、1スパン6mの建物の場合、1×1スパン当たりの許容力積は66トン・m/sとなる。重さ6.6トンの漂流物が、秒速10m以下で衝突しても耐えられる。小規模の建物でも、数十トンを超える巨大な漂流物が大きな速度で衝突しない限り、耐震設計されたRC造は倒壊しないことが分かった。

ただし、漂流物が建物の自重を支える柱や壁などの部材に直撃するのを防ぐため、建物の周囲に防護設備を設けるといった計画が考えられる。

洗掘対策も欠かせない。津波を受けた建物の隅角部から側面にかけて地盤がえぐられ、建物が傾いた事例は少なくないからだ。

対策として、杭基礎を採用して建物の沈降や傾斜を防止する。建物下部に地盤改良を施したり、シートパイルや地中連続壁で建物を囲って地盤の流出を防いだりする方法も有効だ。

東日本大震災での大きな津波被害を受けて、津波避難ビルへのニーズは高まっている。内閣府と国交省の調査によると、岩手と宮城、福島の3県を除く全国の沿岸の自治体が指定する津波避難ビルは、2011年6月の1876棟から同年10月には3986棟へと倍増した。

ところが、11年6月の調査時点で津波避難ビルの17.7%が「耐震性不明」のまま指定されていたり、1階建ての建物が指定されていたりするなど、災害時に十分に機能しない恐れがある。震災の教訓を踏まえて、構造的な安全性を備えた津波避難ビルの整備や指定が急務となっている。

(日経アーキテクチュア 瀬川滋)

[ケンプラッツ 2012年1月18日掲載]

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