/

地デジ化後は「脱テレビ」、米放送局が歩んだ苦闘の道のり

ITジャーナリスト 小池 良次

米国の地上テレビ放送は10年以上の曲折の末、2009年6月に地上デジタル放送(地デジ)へと移行した。移行後も米テレビ局は、広告の「長期低落傾向」に悩まされながら、急速に広がる「脱テレビ端末」への対応を迫られるなど苦闘を続けている。

今週末の24日に地デジ化する日本にも、数年後には同じような変化がやってくるかもしれない。その準備はもうできているのだろうか。

地デジ化でテレビ局の疲弊ぶりを露呈

地デジへの完全移行から約2年。米テレビ局では「(視聴者の)テレビ離れ」と「企業のテレビ広告離れ」という課題がいまだに改善されていない。地上テレビはデジタル化により"大型画面でもクッキリ見える"ようになり、チャンネル数が増えた。ただしCATVや衛星テレビでは数年前からデジタル放送が始まっており、むしろ地上波が地デジでようやく追いついたと理解されている。

08年のリーマンショック以降に極端に減ったテレビ広告は、最近やや回復している。とはいえ「長期低落傾向」は変わらず、特に独立系地方テレビ局では厳しい経営が続いている。

各種視聴者調査によると、ここ数年の米国市民のビデオ視聴時間は増えている。実際にはCATVやIPTVなどによる"オンデマンド放送"や「ネットフリックス(Netflix)」に代表される"オンラインビデオ"が伸びているだけで、地デジの視聴時間は伸び悩んでいる。視聴率の不振から多くの企業はテレビ広告を減らし、インターネットを使うオンライン広告の予算を増やしている。

従来、オンライン広告は全国放送のテレビ広告に影響を与えていたが、最近では地域別に細かく露出できるオンライン広告サービスが充実し、ローカル・テレビ広告市場も侵食している。

IPTV 通信事業者のネットワークなど閉鎖型のIP網で提供する放送と通信の融合サービス

ネットフリックス 米国のDVD宅配レンタル大手。オンラインでのコンテンツ配信事業を原動力に急成長を遂げた

オーバーザトップビデオ(OTT-V) ブロードバンド回線を使って映像を提供するサービス。ブロードバンド放送の総称として米国で広く使われるようになった。インターネット経由で視聴できるサービスのほか専用のセットトップ・ボックスを使うものなどがある

広告収入が伸び悩むテレビ局は、地デジで増えたチャンネルを天気予報や交通情報で埋めた。なかには交通管制センターから流れてくる映像をキャスターの解説もなく、そのまま再送信するだけという"手抜き局"もある。

視聴者が待ち望んできた番組案内サービスも地デジで始まった。しかし番組情報をまじめに更新しないテレビ局が多く、サービスを十分に利用できない状況が今も続いている。チャンネルを変えても交通情報と天気予報ばかりでは地デジに移行した意味がない。結局、米国の地デジ移行は同業界の疲弊ぶりとサービス意識の低下を視聴者に露呈する結果となった。

グーグルも苦戦するテレビ向けブロードバンド

テレビを取り巻く環境は、この2年間で大きく変化した。なかでも、「オーバーザトップビデオ(OTT-V)」と呼ばれるブロードバンド回線を使った放送サービスの台頭が大きな影響を与えている。

 OTT-V市場には、多様な事業者が参入を続けている。たとえば10年10月、ソニーやスイスのロジテックが「Google TV(グーグルTV)」と呼ぶOTT-V用セットトップ・ボックスをホームページや米国の量販店などで発売した。米アップルの「Apple TV」の対抗製品という位置付けで、既存のCATVや衛星テレビ放送とOTT-Vサービスをシームレスに利用できるようにすることを狙っていた。

米グーグルはグーグルTVに、テレビ番組に最適化した高度な検索機能を乗せたが、一方でグーグル独自の広告も掲載できるようにした。この独自広告に対し、大手テレビ局は「他人のコンテンツを無断借用して、広告サービスを展開するのは不当」と反発し、グーグルTVからのアクセスを拒否した。

こうしたなか台湾のD-LinkはオープンソースのOTT-Vソフト「Boxee」を搭載した製品に活路を見いだした。最初のアイデアはBoxeeをパソコンにインストールすると、OTT-Vボックスに変わるものだった。パソコンなので、仲間同士のチャットなどソーシャルネットワーク機能も提供できる。しかしパソコン版は普及せず、専用端末として製品化した「Boxee Box」が周囲の予想を上回る販売数を達成した。難航していた「Hulu(フル)」のビデオ配信を有料で実現したことも、販売拡大に弾みをつけた。

大きな注目を浴びたグーグルTVが、テレビ局から番組の提供を拒否されたことで不振に陥る一方、台湾メーカーが展開するBoxee Boxが人気を集めるなど、新しい展開が相次いでいる。

とはいえ、テレビ受信機でブロードバンドサービスを楽しむ製品は、大きな成功をつかめていない。米国は、米アップルの多機能端末「iPad」やパソコンなどで番組を楽しむ「脱テレビ端末」へと向かっているためだ。

「脱テレビ端末」の動きが環境変化を加速

Google TV 米グーグルが開発を進めているネット接続テレビ用プラットフォーム。セットトップボックス型のほか同機能を内蔵したテレビがある

Apple TV 米アップルが開発したセットトップ・ボックス。同社の「iTunes Store」で提供する映画配信サービスをテレビで利用できるようにする

Hulu 米メディア大手のニューズ・コーポレーションやウォルト・ディズニーなどが出資するインターネット動画サービス

ブラウザー向けのOTT-Vでは、大手番組供給会社が運営する「Hulu.com」や「CBS.com」、「ESPN3.com」などが人気を集めていた。これらのサービスは対応するブラウザーさえあれば、パソコンでもテレビでも携帯電話でも番組を楽しめる。iPadを筆頭とするタブレット端末も、OTT-Vサービスの普及を促進している。

そうしたなか、ネットフリックスがOTT-Vサービスを提供して大成功を収めている。10年だけで約1400万の新規加入者を獲得し、急成長を続けている。

 総加入者数は11年第1四半期に2360万に達し、CATV最大手コムキャストの加入者数2280万を追い抜いた。ネットフリックスは独自番組の制作を検討しており、ブロードバンド放送で商業的に成功する最初の企業ではないかと期待されている。

iPad向け番組配信が大きな争点に

過去5年、米国の有料ビデオサービスではCATV事業者と通信事業者がトリプルプレー(放送、電話、インターネット)競争を展開してきた。これは三つのサービスを抱き合わせ販売するビジネスモデルだが、ネットフリックスなどの急速な普及がこの競争環境を変えている。

CATV事業者やIPTV事業者はブロードバンドビデオへの警戒感を強め、トリプルプレー競争を棚上げにしてOTT-V対策に乗り出している。なかでもiPad向けCATV放送は有効な対策と考えられている。

11年春、CATV業界2位のタイム・ワーナー・ケーブル(TWC)はiPad向け番組配信サービスを開始し、ほかのCATV事業者やIPTV事業者たちもその追従の準備を進めている。同サービスは、セットトップ・ボックスに届いているビデオ(RF)信号をIP信号に変えて無線LAN(Wi-Fi)などを経由して家庭内の端末に配信する。多様な番組をタブレットなどから視聴できるようにして、新興のOTT-Vサービスに対抗しようとしている。

これに対して番組供給会社からは、iPad配信に追加のライセンス料を求める動きが広がっている。TWCと大手番組供給会社のバイアコムがニューヨーク地方裁判所で、その是非を争っている。

脱テレビ端末の動きは長期的なものになりそうだ。CATV最大手のコムキャストは6月「次世代Xfinity TVプラットフォーム」を発表し、既存のCATV網を大幅に改善し、15年以降に本格的なIP-Video配信を実現しようとしている。つまり、ネットフリックスなどの台頭が、CATVネットワークの近代化にまで影響を与えたわけだ。

ブロードバンドでFCCの施策にも変化

米国政府は、10年3月に「全米ブロードバンド計画(NBP)」という政府プロジェクトを発表し、その一部としてOTT-Vの普及促進の道を模索した。その一環で連邦通信委員会(FCC)は10年4月21日に、「テレビをとりまく新たなビジネスのあり方」について意見募集(Notice of Inquiry)を開始した。

All Video政策 インターネット放送に対応した競争促進策。CATVや衛星テレビ放送、IPTV業界に、インターネット放送にも対応可能な汎用的なセットトップ・ボックスの採用を促す

ケーブルカード政策 96年の改正通信法には、有料放送サービス事業者への機器端末解放規制が盛り込まれた。どの端末でもCATVやテレビやデジタルビデオレコーダーをCATV網や衛星放送に直接接続できるように、ケーブルカード(CableCARD)と呼ばれる認識用機器を付けるようにする。そのためケーブルカード政策と呼ばれている

これは既存のCATV事業者や衛星テレビ放送事業者にブロードバンド放送への対応を求めるもので、「All Video政策(AllVid)」と呼ばれている。以前から行われてきたCATVや衛星テレビネットワークに対する機器開放指導(ケーブルカード政策)をブロードバンド時代に合わせて拡張する意味合いもある。

 当初FCCはCATV事業者や衛星テレビ放送事業者に、OTT-Vに対応するゲートウエイの設置を義務づけようと考えていた。しかし意見募集では、多種多様なビデオ配信ネットワークが競争するなか、どのシステムにも対応する汎用ゲートウエイの開発は「技術的にも難しく、開発費用も高額になる」との反対意見が多数集まった。

このためFCCは汎用のゲートウエイではなく、OTT-Vに対応するオープンインタフェース(公開接続手順)へと軌道修正を検討している。機器メーカーは各有料放送事業者が示すインタフェースに対応して設計すれば、OTT-Vと既存CATVや衛星放送を同時に取り扱う製品が開発できる。

FCCの施策はこうした曲折を経てきたが、ブロードバンドと既存有料放送サービスとの競合関係は時々刻々と変化しており、規制導入そのものが時期尚早であるとの意見も根強い。今後もOTT-Vを取り巻く規制の在り方を巡っては議論が続きそうだ。

地方テレビ局を待ち受ける「系列化」

米4大テレビネットワークは「高品質な番組制作力」や「プロスポーツやオリンピックなどの高額放映権の保持」といった企業体力を生かした戦略で、台頭するOTT-V勢に対抗している。大手映画スタジオも、番組配信契約の多様化で対応している。

地方の地上テレビ局は、ブロードバンド放送の台頭を"静観"している。長年の「テレビ広告離れ、視聴者離れ」にむしばまれているためだ。地方テレビ局は本来なら2年前の地デジ化を契機に新たなIPサービスに参入すべきだった。しかし、地方テレビ局が単独で解決するには、投資額でも技術面でも課題が大きすぎた。

FCCは今年「マスメディア資本集中排除規制」の見直し作業に力を入れだした。同規制は4年ごとに見直しが義務づけられており、本来なら昨年見直される予定だったが、NBPとの兼ね合いから今年に先送りされていた。今回の見直しでは新聞社などメディアを超えた系列化を大幅に認める"規制緩和"が期待されている。同緩和が実現すれば、地方地デジ局の系列化が大幅に進むと予想されている。

All Vid政策を進める米国政府は「どこでも、どんな端末でも、多チャンネル・双方向テレビサービス」を目指す一方、地方テレビ局には大幅な統合と系列化による生き残りを指導することになりそうだ。

幸か不幸か、米国と比較して日本のブロードバンド放送はまだ黎明(れいめい)期にある。とはいえ、日本の地上テレビ局も近い将来「映像配信の脱テレビ化」に直面するだろう。日本の地デジ移行はテレビ局にとって大きなステップだが、それは次世代放送サービスの最初の一歩にすぎない。地デジ化は、日本でも多彩なモバイル端末で番組を楽しむ脱テレビ時代の幕開けと考えるべきだろう。

小池良次(Koike Ryoji)
 米国のインターネット、通信業界を専門とするジャーナリストおよびリサーチャー。88年に渡米、93年からフリーランスジャーナリストとして活動している。サンフランシスコ郊外在住。主な著書に「クラウド」(インプレスR&D)など。

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン