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震災に立ち上がったボランティア技術者は何をしたか

地震後4時間足らずでオープンした「sinsai.info」

「何か、我々IT技術者にできることはないか」――。東日本大震災やそれに続く原子力発電所の事故、計画停電のさなか、ボランティアで立ち上がった技術者たちがいる。日本中が混乱に陥っていた時期にもかかわらず、数多くのWebサイトやスマートフォンのアプリケーションが、被災者や復興を支援するために開発された。

その代表的なWebサイトが震災や復興関連情報を集めた「sinsai.info」だ(写真1)。sinsai.infoは2011年3月11日、東日本大震災発生後4時間足らずで開設された。被害状況や避難所、安否情報や雇用情報など現在までに1万件以上の情報が登録されており、地図上で情報の位置を見ながら閲覧できる。アクセスするユーザーは月間50万以上。250人以上のボランティアが登録している。

写真1 「sinsai.info」の画面

sinsai.infoはなぜこのように短時間で開設できたのか。そして多くの人々の力を結集できたのか。

「とりあえずUshahidiサイトを立ち上げました」

3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生した。そしてその日の午後6時29分、首都圏では交通機関が停止し多くの帰宅困難者があふれていた頃、あるメーリングリストにメッセージが投稿された。「役に立つかどうか分かりませんが、とりあえずUshahidiサイトを立ち上げました」

これがsinsai.infoのスタートだった。

メッセージが投稿されたのは、自由に利用・改変できる地図を作成するボランティアプロジェクト「OpenStreetMap」のメーリングリスト。投稿したのはそのメンバーである東修作氏だ。Ushahidiとは、ハイチ地震やニュージーランド地震の際に災害情報集約システムとして利用されたソフトウエアだ。オープンソースソフトウエアとして無償公開されており、誰でも自由に利用できる。

ここに震災の情報を集めて、避難や救援活動に役立ててもらおう。そう考えたOpenStreetMapのメンバーたちはデータの登録に取りかかり、Twitterなどで地震に関する情報を集めた。19時6分に登録された最初の情報は「宮城県東松島市のグラウンド付近で津波で取り残されている人たちが救助を待っています」というものだった。

大量のアクセスやバグ修正と戦う

最初個人サーバーで立ち上がったsinsai.infoは翌日、現sinsai.info 代表 関治之氏が代表を務めるGeorepublic Japanのサーバーに移行、sinsai.infoというドメインも取得して、本格稼働を始めた。また、メーリングリストやTwitterなどで呼びかけて協力者を募った。

呼びかけに応じてボランティアが集まり、情報がsinsai.infoに集積され始めた。とともに、sinsai.infoにアクセスが押し寄せる。翌13日にはもうベンチャー企業のサーバーではパワー不足に陥ることが予想される事態となった。

そこでAmazonのクラウドサービスへの移行を決意する。メンバーにはAmazonのサービスのエキスパートはいないが、Twitterで募ると、すご腕の技術者たちが集まってきた。20数人の技術者たちが、Skypeのチャットで議論しながら仕事を進める。「一人ひとりの得意技が同時に炸裂(さくれつ)した」(sinsai.info副代表の三浦広志氏)。

中核となったメンバーは、地震以来不眠不休。こうした突貫工事の中で、思わぬ事件も発生した。14日午前4時、あるミス操作により、それまでの作業内容が失われてしまったのだ。それでも技術者たちはあきらめることなく移行作業をやり直し、朝に移行を完了させた。徹夜で作業したボランティア技術者たちは月曜日の朝、眠い目をこすりながらそれぞれの職場へと出勤した。

誰も命令しない自発的な共同作業

サーバー移行の他にも、多くのボランティア技術者による貢献があった。Ushahidiが日本で本格的に利用されるのは初めてであり、顕在化した日本語に関するバグの修正も必要だった。

sinsai.infoに関するバグや修正要望などは、オープンソースのバグ管理システム「Redmine」で管理している。6月13日時点で、登録されたバグや要望作業は691件(写真2)。完了済みの作業だけみても約400件ある。

写真2 sinsai.infoのバグ管理システム

これらの作業は、誰かの指揮命令によって行われたのではない。集まった技術者たちは、各自がやるべき事を見つけて、自分でバグ管理システムに登録し、自分で問題を修正していった。それが、オープンソースソフトウエアプロジェクトの流儀である。

技術者の多くがオープンソースソフトウエアプロジェクトに参加した経験を持ち、そのやり方を理解していたからこそ、このようなやり方が可能だったと三浦氏は言う。「sinsai.infoでは、誰も命令しなかった。かわりに『グッジョブ!』『よくやった』という言葉が飛び交っている」(三浦氏)。参加したボランティア技術者は、3月17日には70人を超えていた。

集まったボランティア技術者の中には、中学生もいる。Rubyのコミッタ(ソースコード変更権限を持つ開発コアメンバー)でもある福森匠大氏だ。Rubyの作者であるまつもとゆきひろ氏にその実力を認められ、2011年2月にコミッタとして迎えられた。実力さえあれば誰にでも開かれているオープンソースの世界でも、中学生がメジャーなプロジェクトのコミッタになるのは異例のことだ。福森氏が開発したのは、Twitterの情報を集めてsisnai.infoに登録するためのクローラと呼ぶプログラムなどだ。

sinsai.infoには全員が個人のボランティア技術者の立場で参加しているが、企業のバックアップもあった。sinsai.infoはAmazon Web Servicesのクラウドサービスを無償で利用している。ハートビーツが運用管理サービスを無償提供している。グリーやヤフー、NTTデータは、社員に勤務時間内にsinsai.infoのための活動を行うこと認めている。NTTでは約40人の社員が参加している。

情報を集めたのもすべてボランティアだ。sinsai.infoでは、Webフォームから投稿された情報、メールで送られてきた情報、Twitterから収集した情報を掲載している。すべての情報は、ボランティアのモデレーターが人間の目で確認して公開している。重複する情報は一本化し、信頼できるソースが確認された情報は「検証済み」、そうでないものは「未検証」と分類するなど、適切な情報の掲載に務めている。

ケニアで生まれ世界の災害復旧に

sinsai.infoのプラットフォームであるUshahidiは、もともと、ケニアで選挙の不正を監視するために開発されたシステムだ。政権側の不正に対抗するため、情報をインターネット上で共有しよう――Ushahidiは2008年、そのために作られた。スワヒリ語で「証言」が名前の由来だ。

写真3 UshahidiのPatrick Meier氏(中央)と、sinsai.infoのメンバー

そのUshahidiが、2010年、ハイチの地震の際に「Haiti Crisis map」として災害情報システムとして活用された。立ち上げたのは、UshahidiのDirector of Crisis Mapping & Partnershipsを務めるPatrick Meier氏だ。ハイチで大地震が発生した際、Meier氏はハーバード大学に所属し、米国のボストンにいた。

「何か自分にできることはないだろうか」。Meier氏はUshahidiを使った災害情報サイトを立ち上げることを思い付く。Ushahidiチームの技術リーダーと協力し「Haiti Crisis map」を開設、インターネット上でサイトへの情報入力を呼びかけた。Meier氏の呼びかけに応じ、大勢のボランティアが衛星写真やインターネットの情報をハイチの地図上に入力していった。米国以外からも数百人のボランティアが参加した。

Haiti Crisis mapは米海軍の救助活動にも利用された。Ushahidiはその後も、エジプトやリビアの民主化運動など様々な場面で使われている。

日本のsinsai.infoは「Ushahidiの最大級の事例となった」(sinsai.info代表 関治之氏)。sinsai.infoで開発された新機能や大量アクセスをさばくための改良は、今後Ushahidi本体に提供されていくことになる見込みだ。

(ITpro 高橋信頼)

[復興ニッポン 2011年6月17日掲載]

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