幻の「マッカーサー道路」開通 変わる虎ノ門・新橋
環2プロジェクトの舞台裏を探る
東京・霞が関の官庁街に近いオフィス街、虎ノ門地区が大きく変貌を遂げようとしている。起爆剤は幹線道路である環状2号線の未開通区間、幻の「マッカーサー道路」と超高層ビルを一体で建設・整備する大規模な再開発事業「環状第二号線新橋・虎ノ門地区の再開発・道路事業」だ。東京都が事業主体となり、2014年の完成を目指して工事が進んでいる。コンベンション施設やホテルなどが入居する超高層ビルの地下を環状2号線が通るユニークなビルを建設するほか、地上に表参道を上回る大通りも完成。にぎわいのあるビジネス・商業ゾーンへの衣替えを目指す。規制緩和で生まれた制度活用や街づくりのソフトウエア、施工技術――。行政と民間の知恵と工夫を集めて進んでいるプロジェクトの舞台裏を探った。

「環状2号線」悲願の開通

環状2号線の工事区間は全長約1.35キロメートル、幅員が40メートル。上下2層構造になっており車道の本線部は汐留から虎ノ門まで地下を通る。建物は1、2、3街区に分かれ1、2街区は既に完成、マンションや商業施設ができている。3街区にできる超高層複合ビルは地下5階地上52階、高さは247メートルと都内で2番目となる。延床面積は24万4305平方メートルあり会議施設やオフィスのほかホテル、住宅が入る。
そもそも環状2号線は1946年に戦災復興院が新橋から赤坂・四谷を経由して神田佐久間町まで延長9.2キロメートル、道幅100メートルの道路として決定されたのが始まり。連合国総司令部(GHQ)が虎ノ門の米国大使館から東京湾の竹芝桟橋までの軍用道路整備を要求した、などの俗説もあり、虎ノ門から新橋までの区間は「マッカーサー道路」ともよばれる。
その後、道幅は40メートルに縮小されるが、虎ノ門―新橋区間は長く事業化できなかった。このエリアは商業的・経済的に超一等地。店舗などを営業している人が用地補償を提示されてもなかなか了解しなかったという。バブル期には2兆円以上かかるとされた用地取得費も事業進行の障害となっていた。だが、神田佐久間町―虎ノ門までは供用開始。93年には都市計画が変更され、汐留を経由して有明まで4.7キロメートルの区間が延伸された。両区間をつなげる虎ノ門―新橋間の整備が急務となっていた。
転機になったのが、89年の「立体道路制度」の創設。土地の高度活用のため道路法や都市計画法など関連する4つの法律が改正され、道路の上に建物を建てることが法律的に可能になった。「現地で引き続き生活したい地域の人たちが道路上の建物に入居することで生活環境が継続できる。これで再開発の機運が高まった」。東京都市街地整備部再開発課の担当者は説明する。
98年に市街地再開発事業として都市計画、02年に事業計画がそれぞれ決定した。当時の小泉内閣が掲げる構造改革の下、「金のかからない公共事業」と都市再生を進めていた内閣府幹部の強力な後押しもあり、プロジェクトは一気に動き出す。立体道路制度の活用で、1~3街区の事業費は用地取得費などで2340億円(再開発ビルの保留床部分を除く)。バブル期の土地取得費用と比べ単純比較はできないが、費用を大幅に圧縮した。
特定建築者に森ビル
東京都は今回のプロジェクトで街区ごとに「特定建築者」を指定している。再開発ビルの建設と保留床の処分を施行者にかわり担当する制度で、「民間企業の資金力やノウハウなどを積極的に活用することで事業を円滑に進める」(再開発課)のが狙いだ。
3街区の特定建築者には事業計画決定以来、事業協力者として参加していた森ビルが09年に指定された。森ビルにとって発祥の地でもある虎ノ門。かつては人気のオフィス街だったが、最近はやや他のエリアに比べてやや魅力が低下し、空きビルも目立つという。御厨宏靖・森ビル執行役員企画開発2部部長は同社が手掛けた六本木ヒルズなどを引き合いに出し「職住近接の複合型の街づくりが、国際化していく東京の姿として求められている」とみる。同社が推進している再開発によるビルの高層化と空間の高度利用、地上緑化などを垂直的に展開する「ヴァーティカルガーデンシティ」(立体緑園都市)を具現化し、「虎ノ門の地にふさわしい街づくりをしたい」と話す。

森ビルが新しい街づくりの目玉に位置付けているのは地上にできるシンボルロードだ。新橋から3街区まで地上部は幅40メートル、全長760メートルある。表参道のけやき並木(幅35メートル・全長750メートル)や銀座通り(27メートル・1キロ)と比較しても、遜色ない大通りになる。緑豊かなシンボルロードは2年後に完成する。これに合わせる形で3街区とその周辺の開発を考えていく。
ビルはオフィスやホテル、住宅といった複合的な用途で魅力を高める。立地場所は地下鉄各駅などから若干距離があるが、「目玉となるホテルやオフィスも入居する。離れた立地でも光るものがある象徴的なビルにしていきたい」(御厨執行役員)という。「表参道も(森ビルが手掛け、78年に開業した)ラフォーレ原宿が呼び水となり、にぎわいが生まれていった」(御厨執行役員)といい、平日だけでなく休日も人が行き交う商業ゾーンとして生まれ変わらせたい考えだ。
超高層ビルの下を幹線道路が通過する都内で初めての構造で、景観も注目を集めそうだ。「これほどユニークな材料がそろっている開発エリアはない。他のエリアと比べて高い競争力を持つポテンシャルがある」と御厨執行役員は断言する。森ビルが先行して開発している赤坂や六本木地区と連携する青写真も描く。

247メートル支える「精度3ミリ」
3街区の工事現場を訪ねた。ビルは地上15階部分まで工事が進み、複数のタワークレーンが作業している様子が見える。
都心部の限られた敷地内で247メートルの超高層ビルの下を道路が貫通する珍しい工事だけに施工上の難点も多い。施工する大林組環二・3街区工事事務所の井上隆夫所長は「超高層のビル建築に必要な資機材をどうさばくかが、最大の課題だった」と説明する。
敷地内を環状2号線が通るため、その部分には1階の床がない。敷地面積1万7000平方メートルのうち、作業や資材置き場として使えるのは3分の1程度しか使えない。さらに今回のビルは工期短縮のため、1階から地下1階と掘削を進めるのと同時に上部の構造物を建設していく「逆打ち工法」を採用している。掘削と建設という2つの工種が進むだけに、同じ期間で必要になる資・機材の量が多い。
今回、地下を掘削し掘り出す土砂は41万立方メートル。掘った後に鉄筋・型枠工事で打設するコンクリートの量は16万7500立方メートルに及ぶ。この作業は1階で行うので、荷さばき場所がますます狭くなる。


そこで解決策として考えたのが、立体的な仮設ヤードだ。施工機械や生コン車などの走行と資材の仮置きに使う構台を2階建てにし、南側の環状2号線の部分に設置した。1階は掘削や地下部分の建物工事に使い、2階は鉄骨材料をさばくスペースとした。通常は1階でさばく内装材など仕上げの材料も地下2階から仮設のエレベーターに積み込んでから各階に運ぶ。

現場の形状の問題もあった。地下トンネルはカーブしながら超高層ビルの足元で地上に出る。ビルの下を道路が走るため、トータル237本ある建物の杭も垂直・平行ではなく、道路をまたぐ形で弧を描くように打っていかなければならない。「1本ごとに施工位置を座標計算しなければならない。いかに精度よく施工するかがポイントだった」(井上所長)
鉄骨についている梁の向きも平行・直角ではないため、各柱の回転方向も指示する必要があった。光波を用いて距離を計測する3次元測量システムを使った。携帯型の小型パソコンを使い、周囲のビルに設置した基準点をもとに杭を打つ位置を光波で測定し決めていく。

間違いを防ぐため、2班に分かれて測量するダブルチェックをした。2班の測量のズレはわずか3ミリまでしか許されないという厳しいものだ。3ミリを超えるとやり直し。「1本、芯がずれるとこの建物が成り立たなくなる。このリスクがあるので、費用がかかってでも入念にチェックした」(井上所長)
東日本大震災の復興事業の影響で既存の建物を解体した廃棄物を運び出すダンプカーや鉄筋加工の作業員などが不足気味になっているが、今のところ工事は計画通りに進んでいる。作業従事者は現在、約700人。ピークとなる来年の後半には2500人くらいまで増えるという。
臨海部へアクセス向上
完成する超高層ビルは翼のような外観。縦の線を意識させるデザインになっており、スレンダーで軽快感のある印象だ。
環状2号線は17年に湾岸の有明まで接続する予定で、都心から臨海部や羽田空港へのアクセスが向上する。来年の春ごろには建物がほぼ完成、景観面からも新名所として話題になりそうだ。「虎ノ門地区にシンボルができて都市再生の強烈なインパクトを打ち出すことができる」(都再開発課)
このエリアを含む都心・臨海地域などは昨年末に外国企業のアジア統括部門を誘致するための「アジアヘッドクォーター特区」として国際戦略総合特区にも指定された。東京都の活性化だけでなく、日本再生のカギを握るプロジェクトとして期待は膨らむ。
(電子整理部 村野孝直)
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