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「動かぬ者は去れ」 ソフトバンク自慢の超高速経営

 ソフトバンク幹部が自社の強みとして、口をそろえて指摘するのは、経営判断の速さ。「スピード(経営)では絶対に勝つ。世界中のあらゆる企業と比べても負ける気がしない」(幹部)。孫正義社長が「動物園」と表現する経営会議も、まさにそれを物語る。何事も即断即決。直ちに決定し、今からすぐにやれとなる。それゆえ、会議に参加したメンバーは自分の意見を我先に主張し、時には孫社長が「俺にもしゃべらせろ」と慌てるほどだ。
ソフトバンクは孫社長の"独裁国家"のように映るが、経営会議では孫社長も幹部たちにやり込められる

一般に経営会議と言えば、取締役や役員クラスの幹部が集まって意思決定を下す様子を思い浮かべるが、ソフトバンクは違う。役職に関係なく、議題に関連した分野について、最も詳しい知識を持つ人間をすべて招集する。一般の社員はもちろん、社外の人間が呼ばれることも珍しくない。ソフトバンクが今年(2013年)7月に買収した米スプリントの幹部はその様子を見て、「なぜ経営会議に普通の社員が参加しているのか」と絶句したという。

しかも、参加者がどんどん増えていく。議論の最中に不明点があれば、「これはどうなっているんだ。分かるやつを今すぐ呼べ」となるからだ。「最初は数人で始まっても気付いたら、20~30人が会議室にひしめいている」(幹部)。調査や確認のために議案を先送りすることはない。承認や決裁などの手続きは二の次だ。まずは意思決定を済ませ、現場を動かす。拙速に見えるが、「必要最低限の人間は必ず参加しており、後で振り返るとあの議論で十分だったとなる」(同)。

物事が即決でどんどん進んでしまうため、集まった人間は皆、自分の意見を我先に主張する。現場の担当者も無謀な議案と判断すれば、全力で阻止するために立ち上がって異議を唱える。孫社長が「待て。俺にもしゃべらせろ」と慌てるほどである。時には、孫社長でさえボコボコに言い負かされる。幹部たちは「そんなことをしたら、こうなりますよ」と営業や設備、財務など、それぞれの立場から反論して袋叩きにする。たまらず孫社長も「うるさい。なんでお前たちはそうなんだ」と捨てゼリフを吐くことがある。

議論の本気度は、議案の大小を問わない。あるときは、4億円の案件でもめた。4億円といえば同社にとってさほど大規模な案件ではないが、幹部らの怒鳴り合いとなった。たまたま視察に訪れていた別のスプリント幹部は、「これは芝居じゃないよな?」と目を丸くしていたという。

ADSL参入時に鍛えられた異常なスピード

スピード重視は孫社長の方針である。すぐに結果を求める孫社長のせっかちさに、周囲は常に巻き込まれる。「午前中に問題を報告したら、午後一番には社長が一緒に考えようと鼻息荒くやって来る。こっちは息つく暇もない」。ある幹部はこう苦笑いする。

とはいえ、スピード経営を会社全体に根付かせるのは簡単ではない。2001年9月のADSL事業参入がその大きな契機となったのは間違いないだろう。当時の様子を聞くと、尋常とは思えない実態が浮かび上がってくる。

ADSL事業参入期に培われたスピード経営が現在も受け継がれている

ISDN回線を用いたダイヤルアップ接続がインターネット接続の主流だった当時、ソフトバンクは高速かつ定額のADSLサービス「Yahoo!BB」を開始。絶対に売れると確信した孫社長は一気に攻勢に出るため、街角で通りすがりの人に声をかけてADSLモデムを無償で配る販促手法「パラソル部隊」を発案した。千葉・幕張メッセに数千人単位のアルバイトを集め、短期間の研修で販売員を育成。とにかく人の集まる場所に販売員を派遣した。ピーク時は1日だけで全国に8500人を配置したこともあった。

この成果もあって、わずか10日前後で約100万件の予約を獲得したが、NTT局舎の通信設備の準備が全く追い付いていなかった。それまでに開通できたのはわずか数万件。孫社長は当初、設備工事の遅れに対処するため、自ら建設本部長として陣頭指揮を執り、毎日のように午前2時まで働いていたという。

しばらくして、孫社長は今井康之氏(現ソフトバンクモバイルとソフトバンクテレコムの取締役専務執行役員)を「2日間だけ手伝ってくれ」と呼び出した。今井氏は大手建設会社出身で、2000年に孫社長の引き抜きでソフトバンクに転職。当時は建設業界向けのEC(電子商取引)サイト立ち上げを進めていた。それがある日、急に呼ばれ、会議で工事の工程をアドバイスすると、「そうだ、お前が建設本部長をやれ」となり、それから過酷な日々が始まった。

数十万件規模の開通遅れを取り戻すというミッションを担う今井氏は連日、深夜までの作業を余儀なくされた。そんななか、今井氏の元に午前2時になると毎晩必ずやって来る訪問者がいた。孫社長だ。目的はいつも同じ。工事進捗を確認して問題点を聞き、最後に「これを明日の朝までに頼むよ」と言い残して帰っていく。社長の宿題を片付けるため、今井氏はさらに1~2時間、作業に没頭するのが常だった。ソフトバンクでは午前8時半に朝礼が始まるため、帰宅できないどころか、睡眠時間もろくに取れなかった。月曜日に1週間分の着替えを持って出社し、日曜の夜だけ帰宅する。そんな缶詰状態が1年半近く続いた。「1日でも早く、1件でも多くの顧客がサービスを使えるようにしなければ」との思いが今井氏を支えたという。

ハイヤーの中まで孫社長を追いかけた

ソフトバンクモバイルとソフトバンクBBの取締役専務執行役員を務める榛葉淳氏も、ADSL事業参入時は「不眠不休の状態が数年間は続いた」と振り返る。毎週火曜日午後6時に始まる経営会議が終わるのは、常に翌日の午前0時か午前1時頃。経営会議で決定したことは翌朝までに終えなければならないため、午前3時や午前4時まで働いていたことが多かった。

当時の切迫度を示すエピソードは多くある。孫社長自身も忙しいから、経営会議だけでは販売や技術、建設、財務などの意思決定が間に合わない。このため、孫社長が帰宅するハイヤーに同乗し、車中で承諾を得たら下車。そこからタクシーを拾って会社に戻ることが多かった。孫社長が関西出張の際は、東海道新幹線で新横浜まで同乗する。議論が白熱した場合は小田原まで行くことも。ポスターを決める際も承諾を得るための時間が取れず、孫社長が戻って来る本社地下の駐車場に通じるエレベーターの中にポスターの案を全部張り、乗っている間に指示を受けたこともあったという。

もっとも、ADSL事業で無謀な計画を立てたゆえに、多くの顧客に迷惑をかけた事実は無視できない。そこは非難されるべきだが、こうした経験がソフトバンクのスピード感を育んだことは間違いない。当時のアルバイトや若手社員が部長や課長になり、スピード感の継承に努めている。社員数が大幅に膨れ上がった現在でも「機動力重視のマインドや経験は脈々と受け継がれている」(榛葉氏)。

大手メーカー出身の中堅幹部も当初、スピードの違いに驚いたという。「スピードが速いというよりは、期限が短いと言ったほうがふさわしいかもしれない。(新たな提案や問題の解決策を)『3秒後に出せ』は大袈裟かもしれないが、遅くてもせいぜい翌日まで。1週間の余裕は相当に長いと感じるようになった。他社と協業すると、その違いが顕著に分かる。ある協業相手は目標を半年後に設定して動いていたが、こちらからすれば半月の作業。直前まで何も作業を進めていなかったら、なぜ何もしないのかと協業相手に本気で怒られたことがあった」。

この中堅幹部は、さらにこう話す。「全員が同時に多くの仕事を抱え、超マルチタスクで働く。何事もすごいスピード感で進む。動かぬ者は去れといった厳しい雰囲気もあるが、短期間で多くの事に取り組めるので逆に楽しい」。

モーレツさを支える「数字至上主義」

ADSL事業参入時代のモーレツぶりから、ソフトバンクは気合いと根性の会社と見る向きは多い。しかし、同社の成長を根性論だけでとらえるのは乱暴である。徹底的に考え抜いた具体的な数字をよりどころにしているからこそ、社員は目的に向かって自信を持って突き進める。モーレツ企業を支えるのは、数字至上主義にほかならない。そう考えると腑(ふ)に落ちる。

突拍子もないアイデアでイケイケというイメージと裏腹に、ソフトバンクは極度なまでの慎重派である。数字がすべて。数字の明確な裏付けがなければ動かない。一度動き出したら進ちょく状況をまた数字でつぶさに確認し、修正を繰り返す。ごく普通の取り組みに見えるが、そのスピードが半端ではない。

まずは数値目標と達成時期を定め、必要な施策を検討する。個々の施策の効果を具体的に算出し、達成時期から逆算して線表を引いていく。この逆算スタイルがソフトバンク流である。あとは、効果の予測と検証を日々繰り返す。予測が外れたら、たとえ良いほうに外れても「なぜ違うんだ」とその理由を追求する。一過性の外部要因による偶然の結果であれば、将来も継続するとは限らないからである。逆に施策自体が予想以上に当たったのであれば「うれしい誤算」として社内で共有し、他の施策にどんどん取り入れていく。

マイナス材料の数字も歓迎する幹部たち

ウィルコムの「だれとでも定額」の提供に当たっては、通話回数や料金の組み合わせを変えたテストマーケティングを北海道や広島などで実施していた

数字至上主義の下、マイナス材料の数字も歓迎される。通常の会社であれば、既に動き出した施策そのものを否定するような都合の悪いデータを出せば上司のカミナリが落ちて終わりだろう。しかし、ソフトバンクの幹部は「え、そうなの。それなら変えなきゃ」と素直に受け入れる。

ソフトバンクは新商品や新サービスの投入前に、一部地域に限定してテストマーケティングを展開することも多い。例えばウィルコムの「だれとでも定額」。月980円の定額料を支払えば、同社の加入者同士だけでなく、他社の携帯電話や一般加入電話への国内通話も話し放題になるサービスである。

ウィルコムは2010年2月に会社更生法の適用を申請後、起死回生の策として、「だれとでも定額」の検討を開始した。2010年4月に沖縄県で試験サービスを始めたが、最初は支援するソフトバンクからダメ出しが入った。話し放題にすれば他社への接続料が支払い超過となって赤字になる可能性が高いからだ。そこで、通話回数や料金の組み合わせを変えたテストマーケティングを北海道や広島などで実施。ARPU(1契約当たりの月間平均収入)と変動利益の面で問題ないと判断できる組み合わせ(月980円で10分以内の通話が500回まで)を導き出した。

実際、ユーザーの通話回数は0~500回の間で山型の分布になっており、他社への接続料の支払いは問題ないという。話に夢中になって10分以上通話すれば、超過した分は通話料収入になる。この戦略は実に練られており、ユーザー層を劇的に変えた効果も大きい。ウィルコムは元々、加入者同士の通話が24時間無料な点を売りにしてきたこともあり、中学生や高校生を中心とした若者に人気だった。特に中高生はコストにセンシティブで話し放題の利点をフル活用するため、一時期は自慢の通話品質が劣化するほど混雑していた。だが、ソフトバンクの支援後はメインターゲットを30~60歳台にシフトすることで影響の緩和に成功している。

数字の根拠があれば、億単位の予算もすぐ下りる

孫社長の数字好きは、新商品発表会や決算説明会でのプレゼンテーションを見てもよく分かる。とにかく数字を押してアピールする。そのほうが相手に伝わりやすいからだ。幹部などに対しても同じく数字を求める。

ソフトバンクでは社員に目標を数字でコミットすることを求める。「半年で売り上げを100倍に伸ばすと役員に宣言し、実際に契約数を40件から4000件に伸ばしたことがある。ほとんど費用をかけず、数億円の売り上げを達成した」(中堅幹部)というツワモノ社員もいる。

とはいえ、単純に大きな数字をコミットすれば良いわけではない。「社長も幹部も数字の信頼度が肌感で分かる。ゲタを履かせてもすぐにバレる。根拠となるデータも必ず求められるので、ごまかしは通用しない」(同)。

その代わり、数字による明確な根拠があれば1000万円でも1億円でも平気でポンと予算が出る。普通の会社であれば稟議と決裁に相当な時間を費やすところを即決する。「予算1億円で、3億円のリターンがあるんだな。よし、すぐにやれ」といった具合だ。大きな仕事を平気で任されるため、やりがいを感じる社員は多い。「ちゃんと成果を出せばしっかり評価される。やらざるを得ないし、やらないよりはやったほうが断然楽しい」(中堅幹部)。

数字至上主義とはいえ、何も数字に強い人材ばかりを採用しているわけではない。社員は上司や先輩から常に数字とその根拠を問われる。答えられなければ叱られる。だから、事前に調べておく。数字の意味合いを理解し、説明できるように準備する。たとえ文系でも自然と数字にまみれていく。表計算ソフトで独自に数値を収集・分析したり、先輩から代々受け継がれた「マクロ」を駆使して工夫したりするようになる。

転職者が驚いた「営業部隊の予測力」

ソフトバンクでは施策と調査を必ずセットで進める。詳細は非公開とするが、社内にはリサーチ専門の部隊が存在する。大手メーカーから転職した中堅幹部は、統計処理能力が高い人材が社内に多く、驚いたという。「外部の調査会社に依頼すれば1カ月で数百万円かかるような資料を、頼めば翌日にすぐに出してくれる。仕事の速さに加え、施策の背景と必要な情報の概要を伝えるだけでぱっと作れるスキルを持っている」(同幹部)。

同幹部は、営業部隊の予測精度の高さにも衝撃を受けた。営業部隊は自社だけでなく、競合他社の数字と動向を毎日確認し、今後の見通しを緻密に分析・予測することを徹底的に叩き込まれる。「ほかの会社に比べて、市場に対する肌感が異様に鋭い。様々なデータを積み上げた予測はほぼ当たる。無謀な目標を掲げたにもかかわらず、3カ月前の見積もりから達成日が2日しかずれていなかったことがあった」(同幹部)。

孫社長も営業部隊の予測を重視する。コンサルティング会社やマーケティング会社などの数字より、現場の最前線で顧客と接している営業社員の感覚のほうがよほど信頼できるというわけだ。「その代わり、売れる売れないは営業がすべての責任を負うことになる」(今井氏)。だから営業部隊も必死になって予測の精度を高めようと努力する。いい加減に作った数字は、自分たちの首を絞めることになるからだ。

ソフトバンクには失敗を恐れず、とにかく実践する文化がある。成功も失敗も含め、これまで様々な角度で取り組んできた実績が膨大に蓄積されている。数字重視といっても第三者のデータに頼るわけでなく、自社で積み上げた実績を最も重視する。失敗を含め、経験値の豊富さが前提となっている面がある。

(日経コミュニケーション 榊原康)

[ITpro 2013年12月13日付の記事を基に再構成]

キレるソフトバンク

著者:日経コミュニケーション 榊原康
出版:日経BP社
価格:1,890円(税込み)

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