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米携帯会社、年内にも「第4次再編劇」 中堅の「メトロPCS」が争奪戦の渦中に

ITジャーナリスト 小池良次

5月10日、米国の携帯電話事業第4位のTモバイル USAの親会社であるドイツテレコムが、中堅携帯電話会社の「メトロPCS コミュニケーションズ(メトロPCS)」の買収を検討していると米ブルームバーグ通信が報道し、話題を集めた。2011年12月のAT&TによるTモバイル買収失敗のあと、米国の携帯電話業界ではいくつものM&A(合併・買収)交渉が噂されてきたが、メトロPCSは常にその渦中にあった。これから米国の携帯電話業界は、12年中に起こるとされている「第4次再編劇」へとなだれ込みそうだ。

表舞台に登場してきた「格安」携帯事業者

報道によると、Tモバイルを傘下に持つドイツテレコムが、メトロPCSと株式交換による買収交渉をすすめており、TモバイルとメトロPCSの合併も視野に入れているという。

メトロPCSは1994年の「PCS(Personal Communications Service)」用周波数オークションで免許を取得し、携帯電話事業を開始した。09年末から第3世代携帯電話(3G)サービスを展開し、10年秋には米ベライゾン・ワイヤレスに先んじて「米国初のLTE商用サービス」を開始して注目を浴びた。

同社の加入者数は約1000万。AT&Tモビリティーの1億やベライゾンの9300万加入に比べて規模は及ぶべくもない。そのため「長期契約不要の割安携帯サービス」をキャッチフレーズに、大手とあまり競合しない低料金サービスに絞ってサービスを提供してきた。通話やメール、データサービスなどをパッケージ化した40~70ドル程度の固定料金プランを軸に据えている。

10年に始めたLTEサービスは端末の価格が高く既存のユーザーから不評を買ったため現在はフロリダやサンフランシスコなど約14地域にとどまっている。メトロPCSは最近になって3Gネットワークの強化へと再び方針を転換した。端末は、グーグルの基本ソフト(OS)「Android(アンドロイド)」を採用した安価なスマートフォンなどを投入した。格安料金で利用できる携帯事業者としては、同社とLeap Wireless International(リープ・ワイヤレス・インターナショナル)が大手となっている。

水面下で大手が買収交渉に奔走する

米国の大手携帯電話会社は「顧客単価が高く、解約率が低い」ポストペイド(後払いプラン)のサービスでユーザー争奪戦を繰り広げ、メトロPCSなどが得意とするプリペイド(先払いプラン)、低料金の市場とは距離を置いてきた。ところがこのすみ分け構造が、大きな転換期を迎えている。その原因となったのはLTEサービスのための周波数確保だ。それほど米携帯電話業界の周波数不足は深刻化している。

 AT&Tが周波数不足を補うためにTモバイル買収を画策したように、携帯電話大手は周波数を求めM&Aを積極的に展開している。それまで距離を置いていたメトロPCSとリープまでもが、買収ターゲットとして注目するようになった。

AT&TはTモバイル買収に失敗した直後、メトロPCSとリープに買収を持ちかけたとされている。交渉はうまく行かなかったようで、AT&Tは衛星放送を手掛けるDish Network(ディッシュネットワーク)が所有する携帯周波数へと狙いを切り替えたようだ。

2月には携帯電話3位のスプリント・ネクステルのダン・ヘス最高経営責任者(CEO)が、メトロPCSと買収交渉に乗り出した。メトロPCSの時価総額は約43億ドルだったが、ウォールストリートジャーナルによればメトロPCS株に30%のプレミアム(上乗せ)を付けていたという。しかしスプリントの役員会が反対し、提案は撤回された。

一連の報道をまとめるとスプリントは、まずAT&Tが買収に失敗したTモバイルに買収を持ちかけていた。その交渉はうまく行かず、メトロPCSと交渉したが提案を撤回した。その理由は明確ではないがスプリントがメトロPCSとリープをてんびんにかけ、交渉相手をリープに絞ったのではないかという噂が流れている。

そうしたなか、ドイツテレコムがメトロPCSと買収交渉をしているというニュースが流れてきた。

Tモバイルは復活するのか

10年に始まった米携帯電話会社のLTEインフラ整備競争は、現在ベライゾンが約2億5000万人のカバー人口を超え独走態勢にある。周波数に比較的余裕があるベライゾンだが、急激に伸びるモバイルブロードバンド需要に追いつかれ、13年には周波数が不足する恐れがある。最近になってCATV事業者が所有する周波数(AWS免許)を買収しようとしており、現在はFCC(連邦通信委員会)の承認待ちだ。

業界3位のスプリントは13年上半期のサービス開始を目指してLTEインフラを整備しているが、AT&Tよりも周波数が不足している。スプリントは傘下のクリアワイヤーが整備する予定のLTEインフラを使う予定だが、そうなるとコストアップは避けられなくなり、首位を走るベライゾンとの価格競争が苦しくなる。AT&Tも同じ問題に直面しており、手持ち周波数の拡大が急務となっている。

TモバイルがメトロPCSを手中に収められれば、上位3社の周波数争奪戦にTモバイルも加われる。10年以降、加入者の減少に悩むTモバイルは、ドイツテレコムの大きな経営課題となっていた。11年春にAT&TによるTモバイル買収が発表されたとき、Tモバイルは米携帯業界から消えると思われたが、米国政府がそれを許さなかった。

 ドイツテレコムは、2月にTモバイルのLTE整備計画を発表し、今回はメトロPCSとのM&A交渉を進めるなど、矢継ぎ早に経営再建策を進めている。メトロPCSとの交渉がうまくいかなければ、Tモバイルの新規株式上場も検討しているようだ。

ただメトロPCSを手に入れられなかったあとでTモバイルが上場に成功するかどうかは難しい。顧客流出が続き、LTEインフラの整備も緒に就いたばかりで、経営内容が悪すぎるからだ。ドイツテレコムがTモバイルを手放す気があるなら、ハイテク系に強いプライベートエクイティファンドへの株式売却も選択肢のひとつと考えられている。

これから本格化する周波数争奪戦

米携帯会社は94年、99~00年、04年と3回の業界再編を経験し、その過程で約12社あった大手電話会社は4社に集約された。では12年中に起こるとされている「第4次業界再編」はどうなるのだろう。各社の設備投資計画や周波数確保対策をベースに、状況を分析してみたい。

競争軸は大きく2つに分かれる。トップを走るベライゾンと、それを追う2番手グループの周波数争奪戦だ。ベライゾンはCATV系AWS周波数を買収し、優位に立とうとしているが、2番手グループはこの周波数買収を認めないようFCCに要請している。

ベライゾンが買収に失敗すれば、CATV系AWS周波数を巡り2番手グループによる周波数買収交渉が活発化する。この場合、AT&TとTモバイルの競争になる可能性が高い。スプリントは既存周波数とのネットワークの整合性を考えると、AWS周波数の買収に積極的にはならないだろう。

Tモバイルにとって、AWS免許は現在使っている周波数と親和性が高く、のどから手が出るほど欲しいもののはずだ。しかし資金力に余裕があるAT&Tに勝つだけの条件提示をドイツテレコムから引き出すのは至難の業と言える。

逆にCATV系AWS免許の買収に成功すればベライゾンはいっそう優位になり、2番手グループは他社の買収交渉を強化する。メトロPCSやリープは予想以上の金額で買収される可能性が高まる。

ただし無線ブロードバンド需要は予想を超えるペースで進んでおり、メトロPCSやリープを買収しても大手携帯電話会社の周波数不足は続く。2013年後半から14年という中期的な視野に立てば、LTE整備投資に苦しむスプリントは、資金的な余裕ができ次第、Tモバイルやクリアワイヤーに買収交渉を持ちかけるだろう。このころには、AT&Tがディッシュの周波数を買う可能性も高まる。

放送業界を巻き込み始めたLTE整備競争

第2の競争軸は、CATV業界と衛星放送業界の携帯放送サービスを巡る戦略だ。

周波数買収案をきっかけにベライゾンはCATV大手と業務提携し、携帯電話とのセット販売を強化。コムキャストやタイムワーナーケーブルのサービスをベライゾンの販売店で積極的に販売している。ベライゾン・コミュニケーションズは、AWS免許の買収がうまく行けばCATV各社のためにLTE放送サービスを投入すると明言している。

 そうなればCATV大手とベライゾンによる新たなマルチプレー(テレビ、固定電話、ネット接続、携帯モバイル放送のセット販売)が始まる。その対抗上、AT&Tは衛星テレビに接近する可能性がでてくる。たとえばディッシュが持つ携帯電話用周波数を買収するか合弁会社を設立することで、ベライゾンへの対抗サービスを提供する可能性がある。ただしAT&Tはこれまで衛星放送最大手のDirecTV(ディレクTV)と密接な関係を維持してきた。AT&TがディレクTVからディッシュに乗り換えることは「考えにくい」と指摘する専門家もいる。

CATV業界と疎遠になったスプリントが、AT&Tに対抗してディッシュと提携する可能性も捨てきれない。ディッシュは昨年からスプリントと水面下で交渉を続けてきたと噂されている。しかしスプリントは当時、LTEベンチャーのライトスクエアードと、広域WiMAXからLTEに乗り換えようとしているクリアワイヤーとの交渉に翻弄されており、ディッシュとの連携戦略を検討する余裕がなかった。ライトスクエアードはFCCからの免許交付見送りによって破綻したため、現在はクリアワイヤーにスプリントのパートナーは絞られた。13年にピークを迎えるスプリントのLTEインフラ整備投資が落ち着けば、ディッシュとスプリントが連携することもあり得る。

周波数調達で頼りにならない米国政府

12年3月22日、携帯電話の業界団体CTIAは、FCCに独自の無線オークション日程案を提示した。15年までに300MHz幅の帯域がモバイルブロードバンドのために確保されることが、全米ブロードバンド計画で公約されているからだ。

周波数の調達を進めているFCCは、デジタルTV放送が保有する周波数のうち120MHz幅を確保するため、自由参加による競売を準備している。しかしこの競売は地上テレビ放送業界の反対で難航している。

CTIAによる日程表では、最初の無線競売が13年11月に予定され、2回目は14年8月となっている。周波数不足に悩むAT&Tやスプリントの「13年末には新しい周波数を確保したい」という願いが同提案書に込められている。ただし政府からの周波数の追加開放は、バラク・オバマ大統領が再選されるかどうかにも絡んでおり、不透明感が高い。

米携帯事業者の業界再編劇の第4幕は、もう秒読み段階に入っている。

小池良次(Koike Ryoji)
 米国のインターネット、通信業界を専門とするジャーナリストおよびリサーチャー。88年に渡米、93年からフリーランスジャーナリストとして活動している。サンフランシスコ郊外在住。主な著書に「クラウド」(インプレスR&D)「クラウドの未来」(講談社新書)など。

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