50年に160兆円市場、「水素社会」到来の巨大インパクト
水素をエネルギーとして利用する動きが、世界各地で起きている。日経BPクリーンテック研究所が2013年10月24日に発行したレポート『世界水素インフラプロジェクト総覧』によると、世界の水素インフラの市場規模は、2050年に約160兆円になる(図1)。

世界の70のプロジェクトをリストアップして内容を調査し、水素が利用される条件やシナリオを検討し、世界全体の市場規模を試算した結果である。
本格普及は2030年以降
世界の水素インフラの市場規模は、2015年ではまだ7兆円程度しかない。この内訳をみると、最も大きいのは液化水素基地やパイプラインなどの周辺インフラ市場である。定置型燃料電池が日本を中心に普及しつつあるが、投資のほとんどはこれから来る「水素社会」に向けて周辺インフラに振り分けられる。
その後、水素インフラ市場はスロースタートを切る。2020年の市場規模は約10兆円。2015年からの5年間で約40%の成長にとどまる。年率換算では7%増と市場がまだそれほど大きくない段階としては小さい成長率である。
しかし、その後は次第に成長が加速し、2025年までの5年間ではほぼ倍増の約20兆円市場になる。定置型燃料電池と燃料電池車(FCV)の普及が進むことが背景にある。しかし、両製品とも本格的な普及は2030年以降の見通しだ。特に燃料電池車は、本体価格の低下に加えて水素ステーションの整備が進み、5年ごとに市場を2倍に拡大しながら2045年には約60兆円の市場を形成する。
定置型燃料電池が家庭に普及
定置型燃料電池は、2015年時点では市場の大半が業務用だが、2025年には家庭用が市場規模で上回る。現在、家庭用は低価格化が急速に進んでおり、今のペースで行けば2015年には出力1kWで100万円の製品が発売されることになる。それが2020年には約60万円となり、電力会社から購入するよりも電力料金が安くなるケースが出てくる。2025年には、50万円を下回る製品が発売され、広く一般に普及するようになる。
出力1万kW前後の大型の定置型燃料電池を設置する動きもある。米国や韓国で始まった「燃料電池発電所」だ。分散電源として地域に電力を供給し、CO2(二酸化炭素)の排出量を抑制する。将来的に、再生可能エネルギーの電力を使って水を電気分解して生成する「リニューアブル水素」を使用すれば、CO2の排出量がゼロになるになる。
その他にも、南アフリカで電力サービスが行き届いていない場所に、大型の定置型燃料電池を設置する計画がある。マイクログリッドを構築して、燃料電池発電所から電力を地域に供給する。これが成功すれば、同様の計画ををアフリカ市場に展開する。
ドイツは水素ステーション1000カ所目標
FCVは、2015年から一般消費者向けに発売される計画だが、当初は価格が高いことと水素ステーションが十分ではなく利便性が悪いため、普及は限定的になる。自動車本体のコスト削減は、自動車メーカーの努力次第というところだが、水素ステーションは、各国政府や自治体の支援が重要になる。
米国カリフォルニア州では、2015年にFCVを1万台普及させることを目標に、約70カ所の水素ステーションを整える。2017年にはそれを100カ所以上にする計画である。ドイツでも、積極的な整備を予定しており、2015年までに50カ所、最終的には1000カ所にする。日本では、2015年までに100カ所、2030年までに1000カ所を目標としている。
水素を火力発電の燃料に使用する動きもある。他の火力発電とコストで対抗できるほど水素の価格が下がれば、CO2の排出量が少ない水素発電に各国がシフトする。そこまで水素の価格が下がるのは、炭田や天然ガス田で安価な水素が製造され、輸送できる体制が整う2030年以降になる。その際、各社が狙っているのは、現地でCCS(二酸化炭素回収・貯留)によって火力発電を「ゼロ・エミッション化」(CO2排出ゼロ)することにある。
欧州は積極的に水素を活用
国・地域別に水素インフラ市場を見ると、2015年から2050年まで一貫して欧州がけん引する(図2)。

欧州は、2050年までにCO2排出量を2000年比で80%削減する目標で、都市レベルでの取り組みが盛んに行われている。再生可能エネルギーの導入もその活動の一環だが、再生可能エネルギーの出力変動を吸収するために電力を水素の形で貯蔵する「水素ストレージ」のプロジェクトが始まっている。
欧州に続いて大きな市場は、米国とカナダを合わせた北米市場である。日本市場は、水素の導入比率は高く、燃料電池と水素発電を合わせると発電に占める水素比率で世界トップを走り続けるが、市場規模としては欧米に及ばない。
水素そのものの需要は60倍に
燃料電池車や定置型燃料電池などの普及に伴い、世界の水素の消費量は今後急速に増える(図3)。2015年から2050年までの35年間で、体積換算で消費量が約60倍になる計算だ。これは定置型燃料電池、燃料電池車、水素発電での消費量を積み上げた数字である。

売上金額は、同35年間で約20倍になる。水素価格がおよそ3分の1に下がるからだ。ここでは、課税額は考慮されていない。ガソリンの価格は、課税額が大きく、税率次第で価格が大きく変わる。すなわち、水素が普及するかどうかは、政府の方針次第といえる。先進国が2050年までにCO2排出量を2000年比で80%削減するのであれば、水素社会が来る可能性がぐっと高まる。
(日経BPクリーンテック研究所 菊池珠夫)