富士通のデスクトップPC、被災から生産再開までの一部始終
福島県の拠点損壊、事業継続計画を基に復活

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2011/4/15付
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「生産設備に大きなダメージがなかったことが、短期間で生産を再開できた理由の一つ」(増田社長)。生産ラインは、下にキャスターが付いていたことが幸いした。地震の揺れで大きく横滑りしたものの転倒は免れ、測定装置などの破損が少なかったためだ。増田社長はさらに、復旧作業に携わった従業員のモチベーションの高さを早期再開の理由に挙げる。28日に生産を再開するまで、従業員は給与の保証はあるが出社義務のない「特別休暇」という扱いだった。

こうした中で、「自分たちの工場を一日でも早く立ち上げようと多くの従業員が作業に協力した。その中には自宅が被災した人もいた」(畑中リーダー)。生産が始まったパソコンを前にして浅野リーダーは、「復旧したいというみんなの気持ちが一つになった。そのことが分かって、みんなで乗り越えていけると感じた」と打ち明ける。

図10 富士通アイソテック パソコン製造課少量生産グループ総括リーダーの畑中芳浩氏(右)と、同社 パソコン製造課改善グループリーダーの浅野恵子氏

図10 富士通アイソテック パソコン製造課少量生産グループ総括リーダーの畑中芳浩氏(右)と、同社 パソコン製造課改善グループリーダーの浅野恵子氏

■復興の魂が入った福島産のパソコンを届けたい

福島では、個人向け製品の生産も再開した。4月上旬時点で、富士通アイソテックと島根富士通の2拠点でそれぞれ1日に約2500台、合計で約5000台のペースでデスクトップパソコンを生産している。通常時と比較すると、およそ8割のペースだという。「納入までの期間が若干長くなる場合もあるが、法人からの発注には対応できている。被災地などを除けば、個人向けの製品も提供できている」(富士通の齋藤本部長)。

生産再開にこぎつけたものの、課題は残っている。2拠点でのパソコン生産は、効率の点で最適とはいえない。部品によっては、島根富士通にまとめて納入してから、一部を富士通アイソテックに運び直すという措置も取っている。原子力発電所の問題もある。放射性物質の漏れが続いている東京電力の福島第1原子力発電所と富士通アイソテックとの直線距離は約60km。富士通としては、電力や水などのインフラの安定性なども考慮しながら、当面は2拠点体制でデスクトップパソコンの生産を続ける考えだ。

今や、パソコンは社会にとって、なくてはならない存在。業界団体などを中心に、東日本大震災で大きな被害を受けた自治体などに、パソコンを無償で提供する動きも始まっている。「震災後、富士通には70件を超すパソコンの緊急出荷要請が来ている。私たちはパソコンを提供することで、社会インフラを支えていきたい。福島産のデスクトップパソコンには復興の魂が入っている」。デスクトップパソコンの生産再開を振り返り、富士通の齋藤本部長はこう語った。

震災で被害を受けたモノ作りの現場は、東北地方を中心に数え切れないほどある。その多くで、富士通アイソテックのような復興に向けた地道な取り組みが進んでいることだろう。かつて、「メード・イン・ジャパン」のブランドは、高品質のイメージで世界に広がっていった。今後、震災から立ち直った日本のモノ作りによって、メード・イン・ジャパンに「不屈」や「希望」といった新しいイメージが加わっていくことを願ってやまない。

(日経パソコン 中野淳)

[PC Online 2011年4月14日掲載]

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